五十九話 ラウンジ集会
夏休みに入って一週間。
約束していたアルバイト期間も無事終了し、俺の手元に財布に入りきらないくらいの額が転がり込んでいた。数人分の働きプラス王族を宿泊客として迎えられたことへの特別ボーナスだそうだ。
アルバイト最終日はまるでお通夜のようであった。
どこの部署に行っても「はぁぁ、明日から君いないんだよね」「貴方みたいなのどこを探せばいるのかしら」などと嘆く人間で溢れていた。
正社員にならないかとしつこく勧誘されたが、卒業後に就職先がなければとお断りさせてもらった。
手に入れた給金の使い道についてだが、これと言って特に決めていなかったのでとりあえず貯蓄することにした。必要な物があればそこから出すって感じで、学院生活を円滑に進める費用にするつもりだ。ちなみにオリジナルからは「好きに使え」との返事をもらっている。自分のことながら驚くほど金に無頓着。コピーとしてオリジナルの将来が不安だ。
「さて、必要な物はこれで全部かな」
ばたん、と衣類などを詰めたトランクケースを閉じる。
開け放たれた自室の窓からは、初夏の風が緩やかに吹き込んでいた。
三日後から始まる別荘暮らしに備えての準備である。
前回行われたダンジョン攻略レースの優勝賞品であるバカンスがいよいよ明日から始まるからだ。
目的地はここから南方に下ったところにある『グレイトノック』だ。豊かな森を抱えながら美しい海にも面した王国でも指折りの観光地である。治めているのはもちろんあのグリーンピース家。もてなしに関しては期待して良いだろう。
「ウィル、悪いけどラウンジに下りて来てくれないかな」
部屋の外からテオの俺を呼ぶ声がする。
学生寮一階の大部屋に呼び出すなんて珍しい。まぁちょうど荷造りも終えたところだから暇ではあるけど。しかし俺に何の用だろう。
自室を出て古めかしいデザインの木造の階段を下る。
廊下を玄関に向かって進むと、左手にガラスがはめ込まれた扉が見えてくる。
この学生寮には特別な理由がない限り一年生から三年生のほぼ全ての男子学生が暮らしている。ラウンジはそんな彼らの憩いの場であり交流の場となっていた。
(なんだこのひどくよどんだ空気は・・・・・・)
ドアを開けるなり重い空気が這い出てくる。
ラウンジ内ではクラスの男子どもが、テーブルを囲むようにむすっとした表情で沈黙していた。
「まぁまぁみんな落ち着いて。ひとまず冷静になろうよ」
テーブルの前で爽やかな笑顔を振りまくのは主人公のテオである。
しかし、彼でもまとめきれないのか、その笑顔にはどことなく焦りのような色があった。
さらにその隣ではガウェインが腕を組んで様子を見守っている。こちらは眉間に皺を寄せ理解しがたいと言った様子であった。
他にもマーカスにデンターにルルの姿もあった。
テオの目が俺へと向く。
「待っていたんだウィル。僕じゃ彼らを納得させられなくて、君に何か妙案がないか訊いてみたかったんだよ」
「・・・・・・そもそもこの場は何の集まりなんだ?」
よくぞ訊いてくれたとばかりにデンターが真剣な顔で説明を始めた。
「男女混合のグループを作るべきだと提案したんだよ」
「班分けを? 一応プライベートな旅行だよな?」
「せっかくの機会をむさ苦しい男どもで棒に振りたくねぇんだよ。胸を焦がすような夏の恋、やがて燃えさかった恋は愛に変わり結ばれる。そう、これはチャンスなんだ。一人で惨めに学院生活を過ごすか最高にハッピーになれるかはこれにかかっている」
すがすがしいほどはっきり欲望をさらけ出してきたな。
テオが補足を入れる。
「彼らの言い分は否定しないけど、この班分けは主に行動を把握する為の措置だね。人数が多いとそれだけ僕もグリーンピースの人達も所在確認に多大な労力を割かないといけなくなる。事前に班を決めてまとめて動いてくれれば報告は最小限で済むし対応もしやすいと思うんだ」
「なるほど」
ひとまず理解はした。
恐らく誰が誰と組むかで揉めていたんだな。
俺はテーブルに近づきテオへ疑問を投げる。
「女子側はなんて? 男子だけで決められるとも思えないが」
「あっちも班分けには賛成しているんだ。ただ、やっぱり誰をグループに入れるかで揉めたらしくて。紆余曲折あって最終的に男子に決めて貰おうってことになったらしいんだ」
「投げてきたのか」
「まぁ、うん・・・・・・一応女子の班はできてて預かってるんだけどね」
テオとガウェインに希望者が殺到したのだろう。女子では決められないと判断し男子に投げた、ってところか。だが、こっちもこっちで相手選びに難航していると。
しかし、俺に妙案を求められても困るのだがな。興味もないし。
「くじ引きで決めればいいじゃないか」
「僕もそう言ったんだけどデンター達に猛反対されてさ」
視線をテオからデンターへ移せば、その背後にいる男子達が「選ばせろ!」「俺達に青春を」などと全面対立の姿勢をあらわにしていた。普段は好き勝手に主張しているくせにこういうときだけ異常な結束力を見せるなこいつら。
「相手を選ぶってことは言い換えれば告白みたいなものだぞ。その辺りはよくよく理解して主張しているんだよな?」
俺の発言に波紋が広がるように静まりかえる。
やっぱりな。本能と危機感だけで突っ走って深く考えてなかったな。
女子が投げてきたのもつまるところ本当の気持ちを悟られたくなかったからだ。もちろんテオやガウェインへの好意も嘘じゃない。人には表に出せる好意と出せない好意があるってだけだ。
「くじ引きでもいいじゃないか。誰と一緒になってもくじ引きだからと言い訳ができる。向こうだってこんな形で気持ちを知りたくはないはずだ」
男子から「確かに」とざわつく。
テオにアイコンタクトをする。
はっとした彼がくじの入った箱をテーブルに置いた。
(やれやれ、こんな奴らと3年間一緒なのか。先が思いやられる)
すっと俺の隣にルルがやってきた。
「くじをひくの面倒ですよね。代わりに引いてもかまわないでしょうか?」
「ん? ああ、頼んだ」
「お任せくださいっ!!」
くじの入った箱に手を突っ込んだ彼は『3班』の紙を抜き出した。
さらに彼は箱に手を突っ込み、俺が入る班を選ぶ。
一瞬、ルルの身体から魔力が漏れた。
常に注意を払っている者にしか感じ取れないような極めて微量な魔力だ。目の前にいるテオですら彼の魔力に気が付いていないようであった。
「ボクと同じ3班です! 一緒ですね!」
「あ、ああ」
眩しいくらいの明るい笑顔で報告してくるルルに俺はうなずく。
絶対いま魔法を使ってくじを選んだよな? そうだよな?
一部の男子があからさまに落胆する。
全ての男子がくじを引き終えると、テオから女子の班分けが発表された。
俺とルルがいる3班には、セルシア・レインズとオリビア・ピグザリオの名前があった。
セルシアはもちろんオリビアも前回の宿泊学習でも同じチームだったから全く知らない相手ではない。ただ、二人の関係が問題だ。ピグザリオ家は同じ水属性のレインズ家をライバル視してて仲は良くないと噂だ。もしかしたらはずれ班を引いたのかもしれない。
「ガウェインは僕と一緒だね」
「よろしく頼むぞ」
テオとガウェインは4班になっていた。
デンターとマーカスは1班。運が良いのか悪いのか結局いつもの組み合わせだ。
「ちくしょう、こんなの不公平だ」
「しょうがないさ。俺達にはレイアちゃんがいるだろ」
「そうだな。我が友よ」
デンターはマーカスと慰め合っていた。
二人は非公式のレイア人形を取り出すと気持ちを分かち合えたのか泣き顔で笑みを作る。
また非公式グッズか・・・・・・。
取り締まりを強化しないといけないな。
主人公を庇って死亡する親友ポジに転生したのでゲーム知識をフル動員して幸せな大往生を目指します 徳川レモン @karaageremonn
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