五十八話 死蝶月花剣
鋭い軌跡がコートの裾を切る。
さらに流れるように繰り出される刺突。キャットは迫る全てを紅色の聖剣で弾き防いだ。
暗闇で瞬く火花。
二人の女性の息づかいと激しい足音が響く。
「わたくしとこうまで張り合えるなんてどこのどなたなのかしら。見覚えのない聖剣、身のこなし、高い技量――剣術すら該当する記憶がないなんて信じられませんわ」
「知らなくて当然よ。私が使用するのはアース様が生み出した最強にして最高の剣技」
「っつ!?」
キャットの剣がカナリアの頬を僅かに切る。つうぅと血が僅かに垂れた。
それを目にした途端、キャットの喉が乾きを覚えたようにごくりと鳴った。
「・・・・・・あまり時間は掛けられそうにないわね」
「舐められたものですわね。私を前にしながら逃げられるとお思いなんて。いいでしょう。ならば刻みつけて差し上げます。カナリア・サンドレットの妙技を」
カナリアは光魔法を行使しながら斬り込んだ。
剣撃を防いだキャットはカナリアを押し返しすかさず斬る。
しかし、刃は寸前のところでカナリアに届かなかった。
――距離を見誤った?
違和感を抱きつつキャットは追随してさらにカナリアに攻撃を加える。
が、再び刃は届かず、カナリアの鋭く速い反撃がキャットの肩口を僅かに切った。
――まただわ。確実に届く距離だったのに攻撃が外れた。違う。外された。
キャットの戸惑いを感じ取ったカナリアは口角を僅かに上げた。
これこそがカナリア・サンドレットが得意とする幻剣。光魔法を高い水準で剣術に融合させたサンドレット家の十八番である。自身と相手との距離を誤認させるシンプルながら強力な対人剣技である。
「ただの魔法剣技、ではなさそうね」
「サンドレット家が代々改良に改良を加え洗練してきた幻剣に驚いていただけたかしら」
切っ先を向けるカナリアを目の前に、キャットは周囲へ視線を巡らせた。
――空間を幻で包み込んでいる感じじゃなさそうね。だとすると魔法はあくまで補助で根幹を成しているのは身体捌きや移動技術なのかしら。だとすると厄介だわ。たとえトリックがわかったとしても強さは変わらないもの。
「負けをお認めになったらどうかしら。貴女に勝ち目はありませんわ」
「さすがね。十二士なだけあるわ」
キャットは構えを解き、聖剣【死蝶月花剣】をすっと前に出す。
「
「アース様が負けるなんてあり得ないわ。格の違いもわからないのね。そして、私と貴女の違いも」
キャットは「フェアリーガーデン」と告げる。
直後にキャットを中心とした広範囲に赤い花が咲き乱れた。
「こ、これは、具象領域!? SS級の聖剣のみが扱える奥義をどうして賊ごときの貴女が・・・・・・青い蝶?」
花の群生からひらひらと青い蝶が舞い上がる。
その羽は美しく息をするのも忘れるほどに見る者の目をとめた。
妖精のように怪しくも蠱惑的な光をたたえた無数の蝶は青い鱗粉を散らせる。
「ぼーっと見入っていていいのかしら。すでに
「力が・・・・・・抜ける? なんなの、これ?」
カナリアはめまいのようなものを感じると足に力が入らなくなり地面に両膝を突いてしまった。辛うじて奉剣を地面に突き刺し支えてはいるが、それは再び立ち上がるという意味ではなく無様に倒れまいとする彼女の意地であった。
一匹の蝶がキャットの指に止まり羽を休める。
「この青い蝶の鱗粉には体力・魔力・精神力、思考力を奪い最後には死に至らせる効果があるの。そして、貴女が触れている足下の花々も同様の効果があるわ」
「――四種のドレインなんて、ありえませんわ」
ドレイン効果を有する刀剣奥義は実はそれほど珍しくはない。数多の奥義の中では弱い分類に入れられ、ドレイン量の少なさ、効果を発揮するまでにかかる時間の長さ、最大の効果は初見時のみなど、対策を練られた時点で勝率が大きく下がる汎用性のなさがどうしても評価を引き下げていた。
しかし、フェアリーガーデンはそれらとは決定的に違っていた。
ドレイン量、即効性、汎用性、いずれにおいてもカナリアがかつて体感したことのないレベルのドレインであった。そして、最も恐るべきは四種の効果である。体力、魔力、精神力、思考力を同時に奪うことで敵は抗うことすらできず死を迎えるのである。
「早くしないとご自慢の剣技すら振るえなくなるわよ?」
「くっ、負けるものですかぁああああ! わたくしは十二士ですのよぉおおおお!」
立ち上がったカナリアは底の抜けた心の器に新たな闘志を注ぎ込む。
だが、一歩前に出た途端に彼女は何をすべきか分からなくなり呆然とたたずんだ。
「わたくし、なにをしようと?」
「アニマル騎士団を捕らえるのでしょ」
「そ、そうでしたわ! 今すぐそのふざけたかぶり物を引き剥がして・・・・・・や、る」
カナリアの目は焦点が合わなくなり遂に倒れる。
「未熟ね」
コートをひるがえしキャットはその場を後にした。
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