五十七話 焦圏・日輪烈火

 

 真上から閃光が落ちる。


 それは恐らく俺を狙ったものではなかったのだろう。

 魔法を放ったカナリア・サンドレットはキャットと向かい合っていた。


 俺以上に焦っていたのはレオンであった。


「馬鹿! こんな住宅地でなんて攻撃を!」

「出力は絞っておりますわ」

「そういう問題じゃ――」


 閃光がキャットへと直撃する。照射時間は僅か、しかしその熱量は鋼鉄を容易に溶かすほど、まともに晒されれば骨すらも残らない攻撃であった。光の柱が細くなり消える。舞い戻るのは暗闇だ。

 そこにいたのは完全障壁を展開するほぼ無傷のキャットであった。


「わたくしの魔法を受けて無傷ですって・・・・・・?」

「奉剣というから期待をしていたのだけど、この程度の魔力でなれるのならたいしたことはなさそうね」

「侮辱は許しませんわよ!」

「なら本気できなさい。カナリア・サンドレット」


 刹那にカナリアの剣をキャットの剣が受け止める。

 キャットはひらりと後方へ飛び下がり、それを追いかけてカナリアが疾駆した。


「とんでもない魔力だ。十二士以外にあれほどの魔力を有する者がいたとは。それ故になおさら惜しく感じる。彼女や君ほどの魔法使いなら十二士入りも可能だったはずだ。それとも?」


 レオンから訝しむような目が向けられる。

 正体を探っているのは言うまでもない。もしくは返答で何者かを絞り込もうとしている。彼は勘の鋭い人物だ。ゲームを経てよく理解している。返答次第ではウィル・スターフィールドにたどり着くかもしれない。


「黙秘させてもらう」

「肯定――ととるには早計すぎるかな。そう思い込ませて目をそらす狙いかもしれない。それどころか面識すらない国外の人間かもしれない。やはりここでその仮面を剥ぎ取るしか正体を知る方法はなさそうだ」


 ぎぃいん、金属音が響き赤い火花が散った。


 強烈な打ち込み。

 咄嗟に弾いたが僅かに手がしびれている。


 脳筋の息子なだけある。

 しっかり人外のような身体能力を受け継いでいる。それでいてこの魔力――。


刀剣奥義ブレイクアーツを使う暇は与えない。魔法と剣技のみで勝たせてもらう」

「自信があるみたいだな」

「努力は裏切らない。積み重ねた鍛錬はただの技を絶技にまで昇華させる」


 彼から放たれた濃密な魔力は、圧力となって俺を押す。

 魔力を放出するのはいわば威嚇のようなものだ。差を理解させ矛を収めさせる無形の前戦。


 魔法使いにとって魔力の大小は己の力を表す大きな指標の一つだ。特に放出魔力は=出力と直結する。出力はすなわち強さの表れである。どれほど莫大な魔力を抱えていても一度に放出できる最大出力が小さければ宝の持ち腐れなのである。

 ただ先天的に決まる魔力量とは違い、出力に関しては訓練次第でいくらでも伸ばせるので、結論を言えば結局物を言うのは魔力量なのだが、まぁ大きな蛇口がある方が良いというのは正しい。


 金属音が再び夜の帳を揺らす。


 彼の剣は速く重い。それでいて正確だ。

 確実に急所を狙ってくる。


 下がって距離を開けようものなら、即座に攻撃魔法が飛んでくる。威力よりも手数を優先しているのは、先ほどの発言から容易に予想ができた。元々彼は力よりも技に重きを置いた魔法使い。その彼が隙を与えないと宣言した以上本当にそうなのだろう。


「大人しく投降してくれないか。君達とその仲間の安全は保証しよう」

「交渉しているのか?」

「我々には君達の情報が必要だ。これまでの非合法活動を見逃す代わりに『敵』の居場所と正体を教えてほしい。このまま捕まるより悪くない取り引きだと思うが?」


 交渉を持ちかけるのはいい。俺だって王国を憂う国民の一人だ。内容次第では耳を傾ける気持ちもある。だが、どうにも材料にそそられない。その条件をのむのは追い詰められた人間だけだ。提示するならもっとメリットのある材料、力を貸すに足るだけの何かがなければ。


 実は交渉下手かこいつ。


 剣を弾きつつ後方へ跳躍した俺は、着地とほぼ同時に横へ駆ける。

 直後に無数の火球が降り注いだ。


 爆発が発生し昼間のような明るさが辺りを照らす。

 光に照らされて浮かび上がるのは、回り込んだ先で剣を振り下ろそうとするレオンの姿であった。俺は反射的に剣を切り上げ刃をはじき返す、独楽のように横に回転しながら衝撃を逃がし、追撃に再度剣を振り下ろそうとする彼の大腿部めがけて輝石をコートの内側から射出した。


「うぐっ!?」


 輝石は狙い通りの箇所を撃ち抜いた。

 痛みに顔を歪ませた彼は追い切れず足を止めてしまう。


「何をされた? 攻撃魔法? だが、詠唱や魔力が動いた様子はなかった。いや、それより気にすべきなのは、攻撃の前兆も軌道すらも見えなかったことだ。アース、私に何をしたんだ」


 返事はしない。ただ、頑丈な小石を音速で飛ばしただけなのだが、それを説明したところでなんだそれはとさらなる質問が飛んでくるのは目に見えていた。土属性にそんな魔法は存在しないからだ。


「そうか、そうだったな――君はを生み出したであろう人物だったな。前言は撤回させて貰う。奥義も使わず君を捕まえるなどできるはずもなかった」

「・・・・・・?」


 あの光景? 何のことだろう?

 疑問を抱いたところでレオンの奉剣【焦圏・日輪烈火】が輝く。


「刀剣奥義【燃やし尽くす正義プロミネンスロア】」


 炎が渦を巻きレオンを覆い隠す。

 火炎旋風が発生し火の粉が闇夜に舞う。


 炎を吹き飛ばし衝撃波と共に現れたのは、輝く武具を身につけた彼であった。


 まるで小さな太陽だ。気温はみるみる上がり、彼の立つ地面は熱せられた鉄板のように舞い落ちた木の葉を焼いた。直に見るのは初めてだ。あれがにおいて無類の強さを誇る、制圧級火属性刀剣奥義ブレイクアーツ燃やし尽くす正義プロミネンスロア】。


「本来ならばこのような場所で展開する技じゃない。限界まで出力を絞っているがどこでどう影響が出るか分からない。手早く済ませて貰う」


 彼の肉体から炎が生じ、天へと昇る。それは竜となって俺に牙を剥いた。

 『烈火剣ファフニール』だ。俺は生で見られたことに感動していた。


 しかし、それでも俺には


 銀河剣を真上に構え、放つ――



 ギャラクシー斬り!!!!



 虹色の閃光がファフニールを飲み込む。

 炎の竜は消し飛び虹色の光が王都を照らした。


「なんて馬鹿げた威力の刀剣奥義ブレイクアーツだ、私の奥義を一撃で・・・・・・がはっ!?」


 俺の剣はレオンの脇腹を貫いていた。

 重要な臓器は外してある。すぐに手当てをすれば死にはしないだろう。


「この程度の傷で、私は倒れない。続きだアース」

「終了だ。この俺を相手にしてよく戦ったと褒めておくよ」

「なん、だと?」


 剣を引き抜き星魔法を使用する。

 彼の足下から水晶のような石が覆うように這い上がり、そのまま首の下まで覆い隠してしまった。


「なんだこれは!? 動けない!?」

「俺の魔法だ。君なら砕けるだろう。ただし、それなりに時間はかかると思うが。目立つ攻撃をしてしまった。これ以上ここに留まるのは得策じゃなさそうだ」

「待て! 私と話を――!!」

「質問は次の機会にでもしてくれ。これからへイングの尋問があって忙しいんだ」


 身動きのできないレオンは輝石から脱しようと懸命に力を込めていた。

 だが、強度が高すぎてびくともしない。大腿部と腹に穴を開けられてなおもこの元気さ。ゲームと同じくアグニス家の者はタフだな。


「アース様、向こうは片付きました」


 かつかつとヒールをならしながらキャットが戻ってくる。

 コートの裾や肩口の辺りが切れているが、ダメージはなさそうであった。まぁあっても彼女の再生能力の前では全てがなかったことになる。


「殺してないな?」

「もちろん。ずいぶん頭に血が上っておりましたが問題なく無力化いたしました」

「ではここを離れるぞ」

「御意」


 俺はへイングを拾い上げると、キャット共に屋敷を離れた。

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