五十六話 星と炎
日が暮れたばかりのほの暗い時刻。
俺とキャットはベルナール邸を見上げていた。
たかが商人の家とは思えないほどの豪華な屋敷。
ここに来るまでに抜けた門も豪華でずいぶん金をかけているようであった。
「ベルナールに関しては、商人であることと魔物の素材を買い取り販売しているところまでしか判明しておりません。調査不足で申し訳ありません」
「謝らなくていいさ。俺もノーマークだったからさ」
「寛大なお心に感謝いたします。それはそうとアース様のお命を狙うとは度しがたい蛮行。捕縛後は組織との関係を聞き出したのち死刑にいたします」
猫のかぶり物をしたレイアは、凍り付きそうな冷気に似た怒気をにじませる。
その腰には聖剣【死蝶月花剣】が存在を主張している。
装飾は繊細かつ美しい。それでいて強烈に死を想起させる恐ろしさがあった。
希少種族ヴァンパイアは、身体能力が高く魔力操作に優れ魔力量も豊富だ。亜人の中でトップクラスの魔力を誇るエルフと肩を並べるほど。その中でも彼女は特に稀少な始祖として生まれた。桁外れな力と魔力は他を圧倒し、その佇まいは生まれながらにして王の風格があった。彼女ほど優れた基礎ステータスを有する者はいない。
「報告者の話では、へイングは在宅のようです」
「じゃあぱぱっと済ませるとするか」
玄関のドアノブを握ると予想に反し扉はあっさり開く。
不用心なのかよほど警備に自信があるのか。後者だろうな。
「使用人はいかがいたしますか?」
「組織の構成員なら殺す。それ以外の攻撃の意思がない者は気絶させて放置だ」
「承知しました」
やりとりを終えて内部に入る。
エントランスには人相の悪い二人の男が酒瓶を片手に談笑していた。明らかに使用人ではない風体。どちらの腕にも蛇とフラスコの焼き印があった。
二人の男はこちらに気が付き、なぜか笑みを浮かべた。
「強盗か? よりにもよってこの屋敷に押し入ろうなんて運がねぇな」
男の一人が武器も抜かずキャットへと不用心に近づく。
その背後でもう一人の男が酒を呷っていた。
「おい、女は生かしておけよ。後で使える」
「――た」
「おい、後輩のくせに無視か? ちゃんと返事をしろ」
キャットの前に立っていた男はぽろりと頭部を落とし遅れて身体も倒れる。
抜かれた【死蝶月花剣】の刀身はうっすら紅色であった。
「なっ――!?」
「静かに死んでくれるかしら」
距離を詰めたキャットはもう一人の男を斬り殺す。
俺は感覚を研ぎ澄まし侵入が気取られたか探った。
誰かがやってくる気配はない。まだバレてはいないようだ。
「一階を頼む。俺は二階を調べる」
「承知いたしました」
これだけ財力を誇示するなら外見もそれっぽいヤツと思って問題なさそうだ。
一応だけど特徴も訊いているし。
キャットと別れ俺は階段を上がる。
◇
廊下に転がる死体死体死体。
どれも焼き印の入った構成員であった。
こうまで多いと疑う余地はない。へイングは組織の人間だ。
俺の知らない拠点が存在する。全て潰した気になっていたが目の届かないところで再び活動を再開していたのだろうか。
「ここは、書斎か」
とある部屋へと踏み入る。
へイングの姿はなく俺は、デスクにある魔導ライトのスイッチを入れた。
適当にデスクの引き出しを漁ってみると、気になる書類を発見する。
書類には『新型強化体投入実験』と記載されていた。
なんだこれは。こんなの知らないぞ。
メインストーリーにはなかった。
その内容はゲームにはなかった実験であった。
決行日を確認するとしばらくの猶予はあるようだ。場所は南方にある小島。もしかするとそこに俺の知らない敵の拠点があるのかもしれない。どちらにしろへイングから詳しく訊く必要がある。
――タイミング良く俺を見つけてくれたみたいだしな。
「屋敷に忍び込むとは愚かな。決して生きて返すな」
「ウ゛ォオオオオ」
見るからに高そうな衣服を身につけ、指にはごてごてと指輪をはめている。
俺は○ビの仮面を付けた顔で振り返った。
「貴様がへイング・ベルナールか」
「いかにも。さては別の商会に雇われた暗殺者だな?」
「――俺の名はアース」
「!?」
名を出しただけでヤツの顔が瞬時に変わった。
笑みから憤怒へと。
「今すぐそいつを殺せ! 今すぐにだ!」
「グォオオ!」
異形の人型は異様に発達した右腕を振り下ろす。
軽く後ろへ飛び下がれば、轟音が響き異形の右腕は木製の床をたやすく突き破った。
相変わらず馬鹿げた人外パワーだ。
めり込んだ右腕を引き抜くと、優位に立ったと勘違いしたのかへイングが勝手に喋り始める。
「混沌ノ知恵は不滅だ。王都支部は私の手によって再び元の姿を取り戻す。私がペリドットの名を引き継ぎトップとなるのだ。それどころか貴様の首を差し出せば最高幹部の椅子も夢ではない」
「勝利を確信するにはまだ早すぎると思うけどな」
「なんだと?」
再び振り下ろされる右腕。
俺はそれを片手で受け止めた。
「生身で攻撃を止めるだと!? ありえん! 魔力による身体強化でも不可能だ!」
ロングコートの内側から輝石が飛び出し、
「まだだ! 私にはまだ力がある!」
彼の呼びかけに応え、壁を突き破って二体の不完全強化体が俺の前に立ち塞がる。
が、現れたと同時に一体は血しぶきを上げてバラバラになった。
追いかけるように壁の大穴から現れたのはキャットであった。
彼女はもう一体を片手で掴むと、力任せに窓の外へと放り投げた。
ガラスの割れる音。
「処理はお任せください」
「頼んだ」
彼女は窓から飛び出し敵を追いかけた。
残ったのは俺とへイングだけだ。
「こんなはずでは、私こそが次のペリドットに――ぐうぇ!?」
腹部に膝をめり込ませ黙らせる。
痛みに苦しんでいる間にロープでぐるぐる巻きにして、最後に猿ぐつわをして完了。
あとはコイツからありったけの情報を絞り出せば良い。
ヘインズを掴んで俺も窓から外へと飛び出した。
キャットの隣に着地すると、背後から聞き覚えのある男性の声が耳に届く。
「貴様がアース――アニマル騎士団の団長」
振り返ればなぜかレオン・アグニスがいるではないか。
おまけにその隣には、奉剣十二士の一人カナリア・サンドレットの姿まで。
いるはずのない二人が居合わせていた。
おかしいな。どうしてレオンが?
しかも一番出会いたくないタイミング出会っちゃったなぁ。どうしよう。
レオンが一歩前に出る。
「その男は重要参考人だ。引き渡して貰おう」
重要参考人・・・・・・?
そうか、こいつすでに十二士に目を付けられていたんだな。
捕縛しようとしたところで俺達と遭遇してしまったと。なるほどなるほど。事情は察した。しかし、返事は最初から決まっている。
「断る。奉剣ごときにやるつもりはない」
「ごときか。君達アニマル騎士団にもハロルド・キース殺害の容疑がかかっている。悪いが力尽くでもご同行願おう」
「なるほど。逃げたくば倒して行けと」
へイングを地面に投げ捨て俺とレオンは互いに剣を抜く。
追いかけられては面倒だ。殺さない程度に痛めつけて離脱するとしよう。
「レイ・カノン!!」
「「え??」」
俺とレオンは同時に驚いた。
カナリアが上級の攻撃魔法をいきなり発動したからだ。
直後に目映い閃光が地上に落下した。
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