五十五話 炎の貴公子

 

 その日、レオン・アグニスは執務室で書類をかたづけていた。

 多忙極まる魔法騎士団団長の業務に加え、アニマル騎士団なる存在が現れたことで彼の仕事は増える一方であった。


「いつまでいるつもりだ」

「とりあえずこの本を読み終えるまでかしら。こんな超絶美女を目の前に仕事ができるなんて幸せでしょ? ああ、感謝なんてかまいませんことよ。わたくしは優しいから」

「・・・・・・・・・・・・」


 ソファに腰掛ける女性は白く長い脚を組み読書にふける。

 言うだけ無駄だと悟ったレオンは、眉をしかめてから再びペンを走らせることにした。


 第一魔法騎士団団長のレオンを目の前にしながら態度を改める様子もない女性騎士。


 ブロンドの長髪をツインテールにし毛束をドリルのごとくロールさせた、いわゆる縦ロールの彼女は、彼と同じく奉剣十二士の一人である。

 奉剣【癒陣・金翼剣】を所持する彼女の名は『カナリア・サンドレット』。ウィンスタン魔法学院初代学院長の直系の子孫にして、光魔法の名家と呼ばれるサンドレット家の長女である。


「ねぇ、お茶がなくなりましたわ」

「・・・・・・」

「ねぇ、お茶がなくなりましたわ」

「・・・・・・」

「ねぇ」

「わかった。わかったから三度も言うな。誰か、彼女に茶を出してくれないか」

「茶菓子もお願いね」

「茶菓子も追加だ」


 彼女の我が儘は一度や二度ではない。

 幼少から学生と現在に至るまで振り回され続けてきたレオンにとって、逆にこの程度で済んでいるのは安堵すらあった。彼と彼女はいわゆる幼なじみであった。


 団員によって新しい茶がカップに注がれ焼き菓子も添えられる。

 本に栞を挟みテーブルに置いた彼女は、しばしの休憩とばかりにティーカップを手に取った。


「そうそう、例の件で報告があったのを忘れておりましたわ」

「暇つぶしに来ただけじゃなかったのか」

「もちろん暇つぶしには来ておりますわよ?」

「・・・・・・」


 レオンは大きなため息を吐いて「報告を頼む」とペンをペン立てに置いた。

 ティーカップを持ったままカナリアは報告を始めた。


「頼まれていたオリハム・パッダムの調査でしたけど、屋敷を捜索したところ大量の関連書類を発見することができましたわ。印象通り粗雑な男だったようですわね。処分もせず隠し棚にまとめて突っ込んでありましたわ」


 先の学生襲撃事件において襲撃者達を統率していたであろう人物。中央方面軍第四騎士団団長オリハム・パッダム。先のハロルド・キースの事案に隠れ話題にすら上がらなくなっていたところをレオンは再注目し、密かに彼女に調査をさせていた。


「内容は?」

「複雑な暗号が使用されてて解読に時間がかかりそうですわ。専門家に全力で取りかからせておりますけど、正直いつになるのかは不明ですわね」

「奴らの言う『本部』に繋がりそうな糸だ。引き続き頼む」

「わかりましたわ」


 カナリアはテーカップをそっとテーブルに置いた。

 さらに話を続ける。


「ところでベルナール商会ってご存じかしら?」

「名前だけは。十年前にできた魔物の素材を専門に扱う商会だったかな。何か関係が?」

「かなり前からオリハムと親交があったようですの。会食も頻繁に行っていたとか。それでさらに調べたらなんと商会長のへイング・ベルナールはハロルドとも面識があったそうですの」


 予想しなかった登場人物にレオンは「ほう」と鋭く目を細めた。

 ここからが本題とばかりにカナリアの話はやや速度が上がる。


「そこで平行してへイング・ベルナールを部下に調べさせることにいたしましたの。元々評判の悪い商会でしたから叩けば叩くほど埃が出てきて困りましたわ。ほとんどは冒険者崩れを脅しに使っているとか素材を倍の値段で売ったとか。ただ、一つ気になったのが噂ですわね」

「噂?」

「ええ、ベルナール商会が檻に入れた子供を荷物に偽装しどこかに運んでいる、って噂ですわ」

「まさか、、奴らは素材業者を隠れ蓑にして人や物資を移動させているのか?」


 混沌ノ知恵が何らかの手段で人や物資を運んでいるのは判明していた。しかし、その肝心の手段が発見できずレオン達は敵に対し常に後手に回っていた。その糸口を見つけたかもしれないとレオンは今すぐにでも商会を押さえるべく飛び出したい気持ちに駆られていた。

 

「しかし、証拠がない。噂だけではな」

「そう思って酒場にいたベルナールの店員を裏に呼び出して締め上げてみましたの。商会が奴らの拠点の一つなら構成員も必ずいる。一人でも確保できれば証言者にできますもの」

「どうだった?」

「クロでしたわ。へイングが組織の一員と口を割りました」


 席から立ち上がったレオンは掛けていた上着を手に取って袖に腕を通した。


「どこへ?」

「へイングの身柄を抑える」

「そう、でしたらわたくしも行きますわ」


 彼女の申し出にレオンは一瞬だけ考え込む。

 だが、すぐさま「わかった」と返事をした。


 性格はともかく実力に関しては最も信頼している者の一人である。不測の事態も考慮し同行を許可するべきと彼は考えた。



 ◇



 ベルナールの屋敷を訪問したのは宵の口であった。

 二人の乗る馬車は威圧するような豪奢な門を抜け玄関前に停車する。


 馬車を降りるなりカナリアは、訝しがるように腕を組んで顎に指を添えた。


「妙ですわね。静かすぎますわ。明かりも点いていないみたい」

「不在でも使用人くらいはいそうなものだが」

「それにこの不穏な気配。戦闘に備えておくべきですわ」


 カナリアが腰の細剣を抜くとレオンも魔力を全身に巡らせた。

 直後に二階の窓が内側から破られ、異形の人型が重く鈍い音を響かせ地面に落下した。


「あれは! 強化体!?」

「確定したな。へイング・ベルナールは例の組織と繋がっている」


 不完全強化体ロストナンバーズはむくりと起き上がり二人に視線を向ける。

 今にも飛び出しそうな眼球に露出した鋭く尖った牙、異様なまでにねじれた肉体は、赤く張り裂けんばかりに盛り上がっていた。低く響く威嚇のような唸り声から会話を交わせるほどの知性はなさそうであった。

 レオンの右手に炎が生まれる。


「バーストフレイム!」


 爆炎が敵を包む。不完全強化体ロストナンバーズは炎に包まれながら悲鳴を上げた。


「倒しましたの――?」

「気を抜くな」


 異形の敵は未だ存命であった。

 吹き出した魔力が嵐となり炎を消し飛ばす。


 不完全強化体ロストナンバーズは咆哮し怒りを剥き出しにする。異常なまでの耐久性と生命力、こんなものを大量に作られたらこの国はたやすく滅ぼされてしまう。レオンは剣を抜きながらそう考えていた。

 混沌ノ知恵を追い続けるレオンにとって不完全強化体ロストナンバーズと戦うのは一度や二度ではない。目の前のそれがどのような素材を用いて作られたかも把握していた。王の敵、王国の敵、と同時に彼の目には悲しき獣に映っていた。


「いま楽にしてやる」

「私の獲物をとらないでもらえるかしら。第一魔法騎士団団長殿」

「!?」


 鈴の音のような女性の声――。


 直後に不完全強化体ロストナンバーズはずるりと脳天から股にかけてずれると、真っ二つになって地面に倒れた。その後ろから現れたのは猫のかぶり物をした黒いコートを纏った女性であった。その手には深紅の聖剣らしき細剣が握られており、月光を反射する刀身には血が滴っていた。


「何者ですの!? 名乗りなさい!」


 切っ先を向けて問うカナリアへ女性は臆することなく返答する。


「キャットよ。貴女は奉剣の一人カナリア・サンドレットね」

「わたくしの名をご存じですのね」


 カナリアとキャットは殺気を隠しもせずにらみ合う。

 一方ではっとしたのはレオンであった。


「もしやアニマル騎士団・・・・・・?」

「今宵は彼の御方に随伴し罪人を捕らえに来ただけ。攻撃の意思がないのなら見逃してあげるわ」

「罪人とは、まさかへイング・ベルナール!?」

「ああ、あの方が来られた」


 ふわりとキャットの真横に着地する黒いロングコートの男性。

 その片手には猿ぐつわにロープで縛られた中年の男があった。意識はあるようで中年の男は助けを求めるようにレオンへと声にならない声を響かせる。


「貴様がアース――アニマル騎士団の団長」

「・・・・・・」


 振り返ったアースの顔は、渦を巻くようなデザインのト○の仮面で隠されていた。

 殺気も魔力も感じない隙だらけのその姿にレオンは逆に警戒を強める。


(底が知れない。不気味だ。この俺が一目で相手を推し量れないなんて)


 レオンは冷や汗を流しながら一歩前に出る。


「その男は重要参考人だ。引き渡して貰おう」

「断る。にやるつもりはない」

「ごときか。君達アニマル騎士団にもハロルド・キース殺害の容疑がかかっている。悪いが力尽くでもご同行願おう」

「なるほど。逃げたくば倒して行けと」


 レオンが奉剣を抜くと同時にアースも銀河剣を引き抜いた。

 その隣で二人の女性も殺気を強めていた。


「キャットでしたか? そのふざけたかぶり物をとって投降なさい」

「従う理由がないわ。相手が格下ならなおさら」

「・・・・・・格下ですって? 賊、程度がわたくしになめた口をききますのね」

「気分を害したのなら謝るわ。事実は時にどうしようもなく人を傷つけるものね」


 カナリアは微笑みを浮かべ「どちらが格上か、わからせてあげますわ」と怒気を発した。

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