五十四話 短期アルバイト(3)
ガウェイン殿下たっての希望によりテオ、マーカス、俺は、彼が宿泊する最上級客室の清掃を行うことになった。
「ホテルのスタッフとはなかなか大変なようだな」
「それなりにね。だけど本当に来るなんて驚いたよ」
「私は有言実行だ。行くと言えば行く。しかし、なかなか面白いことになっていたようだな。こんなことならもっと早く来ておくべきだった」
ソファでくつろぐガウェインとテオを横目に、俺は飾られた壺を拭きながら視線を合わせないようにする。殿下のご希望はテオである。とりあえずテオさえいれば彼は満足する。
それよりも集中すべきは業務だ。
なんだかんだ掃除は楽しいし割と純粋にアルバイトを楽しんでいた。
テオはシャンパンの入ったグラスを置くと「そろそろ働かないと」と立ち上がろうとする。が、それはガウェインによって阻止される。
「もうしばらくゆっくりしていけ。支配人も業務は他に任せてあると言っていた。ああ、そうそう。ウィルだけは返してほしいとお願いされたな」
「ウィルはその『他』だもんな」
「ごめんウィル」
シーツ交換が終わったマーカスが寝室から出てくる。
次の業務が待っている俺へテオは申し訳なさそうに謝罪をしてきた。
俺が出て行った後はマーカスも交えて談笑するのだろう。
そこに怒りなど湧きやしないし湧き起こる感情もない。テオからすればサボっているように感じるのだろうが、これも立派な業務であり営業だ。それに彼以外にガウェインのご機嫌を取れる人間がいないのだからしかたのないことだ。
アルトンホテルからすれば舞い込んだ幸運。
ご贔屓にしていただくにはどんな手だって使う。
それにあの中に混ざって話をするなんて俺にはハードルが高すぎる。
推しペアというのもあるが、そもそも王族と正面向かって話なんて精神的負荷が大きすぎる。何でも言い合える親友のテオと違い、知人の知人程度の俺には発言に制限がかかり慎重に言葉を選ばなければならないからだ。さもなければ物理的に首が飛ぶ。
廊下に出ると二人の近衛騎士が警護を行っていた。
俺は彼らに「お疲れ様です」と声をかけて足早に下の階へと移動した。
「待っていたよ。悪いねゆっくりさせられなくて」
「いえ」
先に清掃を始めているアンジュに迎えられ、俺もいつもの作業へと移る。
◇
空があかね色に染まる夕暮れ時。
なんとかアルバイトを終えて俺は帰路についていた。
王都では明かりが灯され店先のテーブルでさっそく一杯やっている男達を見かける。残念ながら今の俺は未成年なので酒を飲むことはできない。キンキンに冷えたビールはもうしばらくお預けだろう。
さて、そろそろどうにかしないといけないかな。
面倒だが処理するか。
すっと人気のない路地裏へ入る。
路地の先には柄の悪そうな男が二人待ち構えていた。
さらに三人の男が後ろを塞ぐように現れる。
狭い路地で挟み込まれてしまった。
「俺に何の用だ? 金か?」
「・・・・・・」
「だんまりか」
男達はナイフを抜き放ち飛びかかってくる。
俺は無数の鋭い斬撃を躱しながら観察を行う。
聖剣ではなくごくありふれたナイフ。身のこなしからして素人ではなさそうだが腕は三流といったところか。魔力に関しては未知数。装備もほぼ不明。
「くっ、こいつ、攻撃が当たらない!」
「回避と防御は得意なんだ」
このまま逃げ続けてもらちがあかない。
とりあえず一人になるまで殺すか。
瞬時に抜剣、最初の一人をすれ違いざまに斬る。
さらに反転して二人目を片付ける。
「話がちげぇじゃねぇか! ファイヤーボール!」
「魔法も使えるのか」
だが、弱すぎる。
放たれた火球を一息で斬る。
火球は消え失せそのまま俺は魔法を使った男を一刀両断。
逃げようと背を向けた男の背中へ刃を突き立て息の根を止める。
「どこに逃げるつもりだ」
「ひぃ!?」
最後の一人が路地を出て逃げようとする。
だが、俺は一瞬で回り込み行く手を塞いだ。
男はすでに戦意を失っておりその顔は恐怖に染まっていた。
「もう一度だけ質問する。何者だ」
「お、おれたちは雇われただけだ。邪魔なガキを殺してくれって」
「誰に?」
「それは」
「言えないならいい」
「へ?」
そういいつつ血に濡れた剣を男の視界に入れてやる。
ぽたぽたと滴る血液に男は激しく震えだした。
「教えます! 教えますから命だけは!」
「で、俺を狙ったのはどこの誰だ」
「へイング・ベルナールです。お願いします助け――」
男の首を斬り飛ばす。
剣を振って血を払うと鞘に収めた。
ベルナール商会のへイング・ベルナールね。
ホテルの一件で恨まれていると思っていたけど、想定よりも行動が早かったな。
しかし、こいつらどこの輩だ。冒険者崩れか何かか。
死体を軽く観察する。
俺は死体のとある箇所に目がとまり屈んで服の一部をめくった。
蛇とフラスコの焼き印。
混沌ノ知恵の構成員の証しだ。
さらに調べると五人全てに焼き印が入っていた。
王国の組織はこの俺が壊滅させたはずだ。逃げ延びた末端の構成員とか? だとしてもなぜベルナールがこいつらを使っている。もしかして俺の知らない未だに活動中の拠点があるのか。
どちらにしろ調べる必要がある。
オリジナルに報告すべきだな。
俺は足早にその場を後にする。
◇
暗殺者を始末した後、俺はスターライト運送へと入る。
当然出入りは顔パスだ。騎士然とした警備員に軽く挨拶し、そのまま最上部の会長室へと向かう。
部屋のドアをノックすると「どうぞ」と返事があった。
中へ入ればソファに腰をかけるもう一人の俺の姿があった。
「帰還した。おっと、来客中だったか」
「問題ない。こっちに来てくれ」
もう一人の俺の前には白いフードを深くかぶった男性がいた。
ここからではその顔を見ることはできない。だが、俺はそれが誰なのかは教えられるまでもなく把握していた。
俺はソファには座らず、もう一人の俺の背後に立ち軽く会釈をする。
「これが開発した『魔導人形』だ。本物と同じように自己判断ができ魔法も
「これは素晴らしい。本物の人間にしか見えませんね」
フードをかぶった人物は感嘆の声を漏らした。
そうだもっと褒めろ。俺は俺が開発した最高の人形だ。能力こそオリジナルに劣るがそれ以外はほぼ変わらない。逆に勝る部分もあるくらいだ。
俺ともう一人の俺はどや顔をする。
「ふふふ、本当にそっくりですね。思考もそのまま?」
「人格に記憶をまるまるコピーしたからそう言って差し支えないだろう。実はまだ試運転段階なんだが、今のところトラブルもなく学業をこなしてくれている。そうだ、紹介がまだったな。彼はアニマル騎士団を最初期から支援してくれているいわば七人目のメンバーだ。記憶はあっても会うのは初めてだろ?」
「どうも『アウル』でございます。以後お見知りおきを」
すくっとその場で立ち上がり、アウルは胸に手を当て挨拶をする。
品のある所作に育ちの良さが現れていた。
彼はメンバーであり信奉者である。
我々の目的を知り全面協力を約束してくれた希有な人物。
シフォンを教師として勤務させられたのも、アルベルトが学院に入学できたのも彼が裏で手を回してくれたおかげだ。もちろん不正はしていない。正確には実力のみで通れるようにしただけだ。だが、彼がいなければ二人が学院に入るのは難しかっただろう。
学院のことだけではない。スターライト運送の立ち上げ時にも会社として認めてもらえるよう手を回してくれた信頼の置ける人物だ。
「話をしているところ悪いんだが報告がある。実は帰り道に襲われた」
「何者だ?」
「雇い主はベルナール商会のへイング・ベルナールだ。襲われた理由はおおよそ予想できるが、問題は襲ってきた連中だ。全員に例の焼き印が入っていた」
「未確認の拠点がありそうだな」
「俺もそう考えていた。所在を明らかにするにはベルナールを締め上げるのが最も手っ取り早いが・・・・・・どうする?」
俺が対処しても良いがあくまで立場は本体の補助だ。
学業を滞りなく行うべく生み出された。
ちなみに俺とオリジナルが入れ替わったのは定期試験が終わった直後だ。
「いや、俺が行こう。キャットならベルナールの屋敷も顔も知っているだろう。アウルは王国内に未発見の拠点がないか調べてほしい。『エア』は引き続き学業に専念してほしい」
「承知でございます」
「分かった」
エアとは俺のもう一つの名だ。
コピーや人形では呼びづらい場面もあるだろうとの配慮である。
俺はアースの影武者。この腰にある聖剣も精巧に作られたレプリカである。まぁレプリカと言っても頑丈だし切れ味も恐ろしく良いのだが。
「メンテを受けに行ってくるから後はよろしく」
「お疲れさま」
退室した俺は、地下にある開発室Aに向かった。
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