五十三話 短期アルバイト(2)
真っ白い皿に軽く焦げ目が付いた肉を置き、ソースをかけると仕上げに香草を添える。
すぐさまできあがった料理をウェイターが受け取り表のテーブル席へと運んだ。
「二番テーブルオーダーです」
「新人、頼む。こっちは手が離せない」
「はい」
なぜか俺は他のシェフに交じって調理を行っていた。
いや、理由ははっきりしている。見せられるお手本を完璧に再現していたら即戦力として認められてしまったのだ。
まぁメニューが少ないってのもなんとかなっている理由の一つだろう。
大半の注文は人気料理であるためそれさえできていれば文句はないと言った感じであった。
人気料理であるトマトのパスタを作り続ける。
全く知らなかったことだがこのホテルのレストランはパスタで有名だそうだ。遠くから足を運んで食べに来る客もいるくらいで、休日の昼ともなれば宿泊客以外の客も大勢訪れるのだとか。事実、最初の注文が入ってから休む暇もなく働いている。そんなに美味いのかとこっそりソースをなめてみたが俺にはよく分からなかった。よくある普通のパスタだと思うけどなぁ。
「二十二番テーブルオーダー。最後の客です」
「俺がやります」
手早く最後の二皿を作る。
調理をしながら効率化を進めていたおかげで提供時間は最初よりも格段に短縮されてた。他のシェフは俺の調理を信用しているのか、出される料理を気にする様子もなく各々ランチタイムの終わりに安堵しその場で一息ついていた。
「お疲れさん。今日もよく頑張ったな」
「料理長! 戻られたんですか!」
調理場へ無遠慮に入ってきたのは白髪混じりの髭を生やした大柄な老人であった。
シェフ達は背筋を伸ばし一斉に彼へ挨拶をした。
「ついさっきな。客が褒めてたぜ。いつもより料理の来る時間が早いってな。てぇ抜いて提供してんなら怒鳴ってやろうかと考えてたが、どうもそうじゃねぇみたいだしな。ところでそこにいる坊主は誰だ?」
料理長の目が俺に止まる。
調理場へ引き込んだ先輩コックが笑顔で俺の肩を叩いた。
「何言ってんすか。今日からウチで働くことになった新人ですよ。前に話してたじゃないすか。しかし、こんな人材よく見つけましたね。どんな料理も一回教えただけで完璧にマスターしちまうなんて」
「その新人なら数日前に故郷に帰らないといけなくなったとかで断ってきたぞ。引き続き新人は探しちゃいるが。で、お前は誰なんだ?」
「え?」
コック達の視線が集まる。
あー、これ以上誤魔化すのは無理そうかな。
「俺は」
「こんなところにいたのかい。探したよ」
勝手口から入ってきたのはアンジュであった。
オーガと見紛うような歩みでのそりと俺のもとへとくる。
アンジュを見るなり料理長の表情が和らいだ。
「許可なく入って貰っては困るなアンジュ」
「そう言うなよ。あたしとあんたの仲じゃないか。それはそうと、ウチの新人が何か迷惑かけちまったかい」
「ウチの新人・・・・・・? そうか彼はハウスキーパーなのか」
「ちゃんと制服を着てるだろ。気がつかなかったのかい」
アンジュが「行くよ」と俺の腕を掴むと、すぐさま料理長が俺の反対側の腕を掴んだ。
「どういうつもりだい?」
「悪いが彼にはウチで働いて貰うつもりだ。これほどの人材をハウスキーパーにしておけるか」
「あん? そりゃあたしらに喧嘩売ってるってことかい?」
「失言だった。だがしかし、君も知っているだろう。レストランは当ホテルの売りの一つ。慢性的な人手不足で猫の手でも借りたいこの状況に、私の味を再現できるだけでなく、地獄のような時間帯を乗り切る技術と体力、こんな有能な人材を他部署で遊ばせるわけにはいかないのだ」
それぞれの掴む腕に力が込められる。
やめて。二人とも俺のために争わないで。
一度言ってみたかった台詞だ。ただできるなら可愛い子が良かったな。
「手を放しな。この子はあたしらのもんだ」
「いいや、彼はシェフとして働くべきだ」
「困ったな」
そこへテオとマーカスまでもがやってくる。
二人は会話から事情を察し一つの提案をした。
「給料を二人分払って時間帯ごとにウィルを使うというのはどうでしょうか」
「なるほど、午前中は客室清掃、それが終わればシェフとして働く。名案だよテオ」
は? 冗談だろ?
・・・・・・本気じゃないよな?
「そうことなら」
「総支配人には私から伝えておこう」
「え? え?」
それで納得するの?
俺の意思は??
テオは『ごめん。こうするしかなかったんだ』と目で謝罪をする。
はぁぁぁ。いいけど。
俺が二倍働けばいいだけだしな。
働いた分はきっちりもらうからな。絶対に。
◇
数日後。俺は執事服に身を包み笑顔で宿泊客を迎えていた。
フロントでチェックインを済ませた客の手荷物を受け取り客室へと案内をする。いわゆるベルボーイとなっていた。
俺の噂を聞きつけたフロントがベルボーイをさせてみてはどうかと提案し、テストの結果、見事採用されてしまったのである。
「こちらのお部屋でございます。ご用があればフロントまでお申し付けください」
「ふん、さっさと下がれ」
客を部屋まで案内し荷物を渡す。
貴族らしき男女はドアを閉めてしまった。
貴族なんてだいたいこんなものだ。
むしろ愛想が良い方が珍しい。
ちなみに今の男の方を俺は知っている。確か既婚者だったと思うが、奥さんにしてはずいぶんと若かったから不倫かな。のちのち使えるかもしれないからメモっておこう。こうしてみるとホテルのスタッフも悪くないな。
メモ帳をポケットに収めフロントへと戻る。
「だから何度も言っているだろう! あの卑しい身分のガキが盗ったのだ!」
フロントへ戻るとあの商会の元締めが怒鳴り声を上げていた。
彼の背後に控える騎士達は止める素振りも見せず、それどころか逆にスタッフを威嚇していた。
俺の足音に反応し男性の目がこちらへと向く。
「あいつだ! あいつが私の大切な指輪を盗んだのだ!」
男性は俺を指さし大声を発した。
まるで盗んだ瞬間をこの目で見たとばかりに。
突然の犯罪者呼ばわりに俺はめまいのようなものを感じた。
フロントで対応をしていた女性スタッフが彼に問いかける。
「何かの間違いでは? お客様が出られていたのはお昼頃ですよね。その時間帯だと彼は調理場にてシェフをしておりますし犯行はできないかと」
「清掃係がシェフだと!? 何を意味の分からんことを! あいつは私がいない間に私物を盗んだのだ! そうだなグロウ!」
「はっ、この目であの子供が部屋から出てくるのをはっきりと確認しました。直後にへイング様が最も大切にしておられる指輪が消えたのです。だとすれば犯人はあの子供しかおりません」
騎士の一人が薄ら笑みを浮かべながらぺらぺらとでたらめを主人に伝える。
証拠すらないまま騎士達が俺の周囲を取り囲んだ。
「俺はやっていない。なんだったらアリバイだってある」
「どうせでっち上げた嘘だろう。どうあっても指輪を返さないつもりならこちらにも考えがある。そいつを捕まえろ。犯罪奴隷にして死ぬまで働かせてやる」
騎士達の手が腰の剣に伸びる。
対して俺もポケットに入れていた輝石を掴んだ。
「何事だ」
ホテルのエントランスに若い男性の声が響いた。
全ての目が入ってきたばかりの少年へと向けられた。
そこにいたのは第二王子のガウェインであった。
さらに彼を守るように近衛騎士らしき従者が五人ほど顔をそろえていた。
「こ、これはガウェイン殿下! なにゆえこのような場所に!?」
「ベルナール商会のへイング・ベルナール殿であるな。父上に謁見したのをよく覚えているぞ。しかし、貴殿とあろう者がずいぶんと軽率ではないか。人の目があるアルトンホテルの入り口で騒ぎを起こすなど」
「誤解でございます。私はただ盗まれた私物を取り返そうとしただけでございます」
「盗まれた、か」
何かを感じ取った近衛騎士の一人が、ガウェインの口元へ耳を近づけた。
小声だが俺にははっきりと聞こえた。
彼は「そこの騎士共を調べろ」と命令を出したのだ。
「な、何をなさるんです」
「貴殿の騎士を調べさせて貰う」
近衛騎士は一斉にへイングの騎士の所持品を確認し始める。
相手が王室近衛騎士ともなれば逆らうなどもってのほか。騎士は抵抗すらできずなすがままとなっていた。
からん。指輪が床で硬い音を響かせた。
グロウと呼ばれた騎士のポケットからでてきた指輪であった。
主であるへイングは目を見開いた。
「私の、私の指輪だ」
「知らんぞ! このような指輪など知らん! そこの平民のガキが入れたのだ! ガウェイン殿下、へイング様、神々に誓って盗みなど働いておりません! どうか信じてください!」
グロウはこの期に及んでも俺に罪をなすりつけようとしていた。
売れば良い値段になりそうな指輪だったしもしかしたら前々からどこかで盗めないかと企んでいたのだろう。タイミング良く盗みを働きそうな子供を見つけてこれ幸いと決行した、といったところか。
「愚か者とは貴様のような者をいうのだな。お前達が平民の子供と呼んでいるあの者は、スターフィールドの三男であるぞ。名家の息子がホテルでアルバイトをしているというのもおかしな話ではあるが」
「なっ!?」
「スターフィールドだと!? あの!?」
客だけでなくホテルのスタッフも動揺の声を発した。
ばらしたガウェインは心底愉快そうに手で口を押さえ笑っていた。
盗みを働いた騎士のグロウは近衛騎士によって拘束されホテルを後にする。
「解決していただきありがとうございます。このご恩は必ずやどこかで」
先ほどまでとは打って変わり、腰の低くなったへイングはハンカチで額の汗を拭いつつ、俺とガウェインに感謝を述べ逃げるように退散する。その姿を見送ったガウェインは鼻で笑った。
「父上にはあのような者とは付き合わぬよう進言するとしよう」
「助かりました。危うく冤罪で捕まるところでしたよ」
「たいしたことはしていない。それよりもテオとマーカスもいるのだろう? 早く制服姿を拝ませてくれ」
おっとそうだった。
彼はテオに会いに来たのだった。
騒ぎを聞きつけたのかタイミング良くテオがフロントへ顔を出した。
「あれ、ガウェイン?」
「おおおおお、テオ! 来たぞ!」
楽しそうにするガウェインとテオを余所に、ホテルは殿下の登場に大騒ぎであった。
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