平和祈念学園 のらくら文芸部企画もの

棚霧書生

平和祈念学園

お題:不必要、核開発、五十音


  僕らは存在するだけで意味があるらしい。戦争の抑止力になるという意味が。


 僕、愛姫福良(あいきふくら)は主に学園内では片瀬メトロと宇佐美英蓮(うさみえれん)とともに行動をしていた。僕ら三人が交流するようになったきっかけは至って単純で五十音順で割り振られた座席が近く、自然と話す回数が多かったからだ。

 僕らの通う学園は名を平和祈念学園という。ネットでは心ない人々が平和祈念を短縮して“へいき”、それをさらに悪意を持って変換して“兵器学園”と表記されることがある。

「みなさんは存在しているだけで、国に多大なる貢献をしています。誇りを持ちましょう」

 入学最初のホームルームで担任になったまだ若い男性教師の台詞をときたま思い出す。それがなんだか気持ち悪くて、いつだったか片瀬と宇佐美に昼食を食べながら愚痴ったことがあった。

「僕らは存在してるだけで価値があるのならば。市井のなんの力も持たない一般人と呼ばれる人々は存在しているだけでは価値がないのだろうかと思わないか」

「価値の意味をどう捉えるかにもよるけれど、例えば経済的価値ならば能力によってバラバラだろうね。私たちのようにそこにいるだけで、価値があるとは言いづらいかもしれない。生産にまったく関与していない人がいたとしても現代日本では消費には参加しているだろうから、イコール経済的価値がゼロだとは思わないけど」

 そう答えたのは宇佐美だった。賢ぶった話し方だなと思ったことをよく覚えている。一方で片瀬は真面目で物静かなやつだが、そのときばかりは声が少し大きかった。

「生きてるだけで価値があるわけないだろ。人間は行動によって価値が決まるんだ」

 憤りのようなものが混じっているように感じた。片瀬は平和祈念学園には高校からの途中編入で来ていた。普通は小学校から学園に入るやつが多い。なぜならば、僕らの持つ特殊な能力、いわゆる超能力というやつは幼少期から発現することがほとんどだからだ。発達が遅かった関係で中学編入組の人はそれなりにいるが、高校から入ってくるのは稀だった。

「片瀬はそういうけれど、僕らには行動の自由はあまり認められていない。本土から離れた島にあるこの学園都市からは大病にでもかからない限り出られないし、労働や政治への参加も法律で禁止されている」

 僕らの生活はかなり特殊だ。超能力を持つ人間が発見されたのは約百五十年前、その頃は超能力を持たない人々と区別されることもなく普通の人生を送ることができたらしい。しかし、超能力の研究が進み、戦争抑止にはミサイルや核開発に投資するよりも超能力者たちを育成するほうが効果的かつ効率もよいとされる論文が数々出てきた。

 そのため現在は超能力者と認定された僕らのような存在は国の完全な管理下に置かれ、居住地や就労、食事、運動、モノの売買、結婚、生殖にいたるまで、生活のほぼ全般に渡って多大な規制がかけられている。現行制度については人権侵害だといまだに論争を呼んでいる。

「私は遊ぼうと思えば遊んでいられるし、自分でなにかを悩み、選択する必要もない、今の制度に不満はないけれど、片瀬くんは納得がいっていないのかな。まあ、力が発現してしまえばここには強制的に送られてしまうものね」

「俺は……超能力をたまたま持ってしまった人間の生活を犠牲にすることが正しいとは到底思えない」

「なるほど、片瀬くんは自分は犠牲者であると感じているわけだ。いやいや、喧嘩を売ってるわけではないよ。感じ方は人それぞれだからね」

 宇佐美は幼少からこの島で過ごしている。超能力の扱いも慣れたもので、国が主催する超能力運用テストでは安定して上位者名簿に名を連ねていた。本人も芸術家気質なこともあり、俗世から離れた今の生活が気に入っているのだろう。

 片瀬が鋭い目つきで宇佐美のことを睨んだ。片瀬の茶色い瞳がゆらりと揺れ紅い色が混じり始める。これは超能力者にありがちな現象で、主に感情が昂ぶったときに現れる。いつも話し相手になってくれる二人が仲違いなどしたら面倒だ。僕は片瀬がなにか話し出す前に自分が主張したかったことを先に口にする。

「行動に制限を課される分、僕らは衣食住には困らないだけの十分な保障と国からの名誉が与えられる。僕もそこは満足している。ただ有事の際において僕らの力を当てにしているのに、平時にはなんの役にも立っていない長物のように扱われている気がしている。そうじゃなきゃ、先生の口から存在していることに誇りを持ちましょうなんて台詞は出てこないと思うんだ」

「今の俺たちは役立たずか?」

 片瀬がドスの効いた低い声を出す。その眼は真紅に近い色をしている。話をそらそうと思ったのにうっかり地雷を踏んだか。

「あーあーあー! 高校生のうちからそんなこと気にしてどうするのさ。もっと楽しいことを考えて生きようよ!」

 宇佐美が珍しく声を荒げる。僕と片瀬は宇佐美の剣幕に黙ってしまった、三人の間に変な沈黙ができる。そこで、真っ先にごめん……と言ったのは宇佐美だった。

「意味とか価値とか……そんなことを悩んでいられるうちが花なのかもしれないね。だけど、今はただ必要な不必要としての私たちの役割をまっとうしようよ」

 そう呟いた宇佐美の横顔は大人びて見えた。



 あれから十年の時が経った。タイムラインで反乱軍のリーダーであった片瀬が死んだとのニュースが目に入ったとき、僕は即座にもう一人の高校の友人に電話をかけていた。数コール待っただけで、あっさりと彼につながる。

「……愛姫くん、かけてくると思ったよ」

「片瀬が死んだって」

「うん、知ってる」

「ぼかして書かれてたけど、あれって暗殺だよな……」

「ああ、殺したのは私だよ」

 なんでもないことのように宇佐美が言うから、僕は言葉を返すことができなかった。

「愛姫くんも薄々気づいていたから、電話してきたんだろう?」

 超能力の成績がよく、物分りも良かった宇佐美は大学を卒業してから国の超能力精鋭部隊に配属されたと聞いていた。風のうわさでそこは暗殺やスパイなども行う部隊だとも耳にはしていた。

「……でもっ!」

 宇佐美が片瀬を手にかけるなんて考えられなかった。

「私は私の役割を果たしただけだよ。片瀬には可哀想なことをしたけどね。国際情勢も微妙な時期に国内で混乱を起こされては困る。すべては国を守るためだよ」

 片瀬は超能力者が管理される体制に我慢ができなかった。だから、大人になってから同じ思いを持つ仲間を集め国を相手に反旗を翻そうとしていた。国から見れば、戦力にするはずの兵器が暴発しかけたわけだ。宇佐美の語る言葉に嘘はない。

「宇佐美は愛国者だな」

「国の制度に育てられて、今は国に雇われてるわけだからね。嫌でもそうなるさ」

 舌打ちして電話を切る。国のためなら友人も殺してしまうのか。宇佐美はどうしてそこまで割り切れるのだろう。片瀬も反乱なんて起こさなければ、こんな結末にはならなかったのに。

 昨日の夜はあまりよく眠れなかった。今日は新学期が始まる日だというのに、寝不足で頭が重い。

「ええ……、みなさん入学おめでとうございます。今日からみなさんの担任になります、愛姫福良です」

 このあとに話す内容が思い浮かばない。入学日にはどんなことを話せばいいのだったか。頭の切り替えが上手くいかず、片瀬と宇佐美のことばかり考えてしまう。

「みなさんは……存在しているだけで、国に多大なる貢献をしています。誇りを持ちましょう」

 とっさにそう話してしまったのはどうしてなのかはわからない。昔の記憶から印象深かったものを引っ張り出してしまったのだろうか。

 自分の受け持ちの生徒たちを教壇から見据える。この子たちがただ元気に生きていってくれればいいなと月並みなことを思った。


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

平和祈念学園 のらくら文芸部企画もの 棚霧書生 @katagiri_8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説