【ショートストーリー】それはまるで夜空を切り裂く彗星の如く

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】それはまるで夜空を切り裂く彗星の如く

 星野みゆきは今日もゆっくりと満天の星空を、幸せな気持ちで仰いでいた。

 みゆきはかつては「星野幸夫」として知られていた人間でした。幸夫として過ごした二十八年間は、社会の組織の中で格闘してきましたが、幸夫には秘密の夢がありました。それは、本当の自分として生きること。この肉体の悪魔を脱ぎ捨てて、本当の自分として生きること。

 意を決して会社を辞め、性別適合手術を経て精神的な葛藤から解き放たれた彼女は、彼女の内面をそのまま具現化したような美しい女性「みゆき」として新しい人生を始めました。女性として生きられる喜びを、みゆきは日々噛みしめていきます。

 やがてみゆきは田舎の小さな町の天文台の館長になりました。それは「幸夫」の頃からずっと続けていたアマチュア天文家としての実績が評価されたからでした。

 彗星や星の動きを教え、地域の子どもたちに宇宙の温もりを知ってもらう日々を送っています。彼女の過去を知る者はほとんどいません。ただ、きらめく星々のように、彼女自身もまた町のきらめきとなっていました。

 そしてみゆきはその日もいつも通り、町の私立天文台で仕事をしていました。天文台は彼女にとって安らぎの場所であり、星々が語りかけてくるような穏やかな時間を過ごしていました。子どもたちが星の名前を一つずつ覚えるたび、彼女の心も暖かくなります。自然と子どもたちの笑顔が増えるその空間に、みゆきは深い満足感を覚えていたのです。

 みゆきの内面では、今日という日も自分自身であり続けられていることに心からの感謝を感じていました。

「ここにいる自分は間違いなく本当の姿をしているんだわ。なぜなら、この星々たちがそう教えてくれているもの」と内面の声が語りかけます。みゆきは幸せでした。

 そんな中、天文台に届いた一通の手紙が彼女の静かな日常に小さな波紋を投げかけました。彼女は、かつての名前である「星野幸夫」宛てに書かれたその手紙を手に取ります。震える手で封を開け、そこに若い研究者アリアから実直な文面を目にしました。手紙を読み進めるみゆき。そこには過去の自分への感謝の言葉が丁寧に綴られていました。

 一瞬のためらいを感じながらも、みゆきはアリアを天文台に招待することに決めました。彼女にとって、過去は過去であるという認識がありましたが、自分の取り組んできた研究が他人の役に立っているという事実に誇りを感じると同時に、新たな人間関係を築くことへの期待が湧いていたからです。

 アリアが天文台を訪れた日、みゆきは迷うことなく彼女を迎え入れます。アリアは自分を迎え入れたのが「幸夫」ではなく「みゆき」であることを訝りながらも、研究について熱心に語り、みゆきのリードで自分の研究に必要だった天体観測データについても熱く語ります。やがてみゆきは意を決してアリアに告白します。

「アリアさん、私事で恐縮ですが、実は私には過去に星野幸夫という名前で生きていました。それが今の私、星野みゆきです」

 アリアは一瞬驚きの表情を浮かべますが、その表情はすぐに尊敬と理解へと変わります。彼女はみゆきの勇気を讃え、深い感謝を述べます。

「星野さん、あなたの勇気ある話を聞けて光栄です。本当にありがとう。私は改めてあなたに感謝を捧げます」

 アリアの言葉は心からのものであり、みゆきは心からの安堵を感じます。

 その後、二人は一緒に研究を進め、天文台での夜な夜な観測をします。そしてある晩ついに、新しい彗星を発見するという偉業を成し遂げたのでした。

 新しい彗星はアリアの勧めで「みゆき」と名付けられました。この彗星が宇宙の彼方で輝くと、それはみゆき自身の変容と成長を象徴する光となりました。

 こうして、みゆきとアリアの間に生まれた絆は、専門的な共同研究はもちろんのこと、個人的な信頼関係を築くことにも繋がりました。

「みゆき」という彗星が天文学界に大きな影響をもたらす中、みゆき自身もまた町にとってかけがえのない「光」となり、彼女の持つ光は暗い宇宙さえも照らすほどの明るさで、人々の心に温かな物語を刻んでいくのでした。


(了)

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