Fighting Nurse ~ケースB_西村麻里の場合~

Danzig

第1話

Fighting Nurse(ファイティング・ナース)

ケースB_西村麻里の場合



登場人物

・西村 麻里(にしむら まり)

・花津 龍太郎(はなず たつたろう)

・清田 

・宮本 遥香(みやもと はるか)



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西村:(M)ここは、汐崎(しおざき)総合病院、個人経営の中規模な大きさの病院。

西村:(M)見た目はごく普通の病院だけど、ここには特殊病棟があり、この特殊病棟に入院する人はみんな、ちょっと特殊な人ばかり・・・


(院長室での会話)


西村:京都の花津家(はなずけ)・・・ですか? ええ、知ってますよ。

西村:花津家と言えば、京都の名門で、元々はかなり高い位の公家(くげ)だった家柄ですけど、それがどうかしましたか?

西村:入院するんですか? どうしてわざわざ京都からうちの病院に・・・


(少しして)


西村:失礼します・・・


(院長しつを出る西村)


宮本:麻里(まり)


西村:あぁ、遥香(はるか)


宮本:さっき、院長に呼ばれてたけど、何かあったの?


西村:うん、うちに新しい入院患者が来るんだって


宮本:入院患者ねえ・・・麻里が呼ばれたって事は特殊病棟って事なんだよね?

宮本:どんな人?


西村:京都の名門、花津家の跡取り息子!


宮本:ふーん・・・でも、京都の人が何でうちに? 何かの病気なの?


西村:いや、病気じゃなくて検査入院って名目(めいもく)


宮本:名目ねぇ

宮本:まぁ、検査の為に、わざわざ京都からうちの特殊病棟には来ないよね


西村:そういう事

西村:今、花津家で「お家騒動」が起きてるんだって。


宮本:お家騒動? 何か時代劇みたいね


西村:そうよね

西村:今、花津家では、次の当主を誰にするかで、結構揉めてるみたいなのよ。

西村:花津家といえば、もともと位の高い公家(くげ)の家柄で、今も莫大な資産を持ってる、地位もお金もある家柄なのよ。

西村:だから、そこのお家騒動には、キナ臭い裏工作とかがあるらしいの


宮本:うわぁ、なんか凄いドロドロしてそう・・・

宮本:で、それで?


西村:それで、次期当主の有力候補の一人が、息子の身の安全を考えて、京都から遠いこの病院に、入院という名目で避難させたって訳


宮本:なるほどねぇ・・・

宮本:って事は麻里、上手く言えば、麻里も「玉の輿(たまのこし)」に乗れるかもよ


西村:ふー、患者は12歳の坊や


宮本:あら残念。

宮本:あぁ、だから「優しい麻里お姉さん」に白羽の矢が立ったのか


西村:いや、ただ私が関西出身だからだって


宮本:それだけ?


西村:そう、それだけ

西村:何なら変わりましょうか?「峰麗(みねうるわ)しい遥香(はるか)お姉さん」


宮本:いや、私は子ども苦手だから


西村:そうよね


宮本:でも、麻里なら、その坊やを自分好みに育てられるかもよ

宮本:光源氏みたいな


西村:興味ないわぁ


宮本:あら、そう・・・



西村:(M)そして、花津家の跡取り息子、花津龍太郎(はなず たつたろう)君の入院する日がやって来た。

西村:(M)龍太郎(たつたろう)って・・・いつの時代の名前なのやら・・・


西村:(M)龍太郎(たつたろう)君は、ボディーガードのような男と一緒に特殊病棟の受付にやって来た。


清田:今日から暫く、龍太郎坊ちゃんがお世話になります。

清田:私は坊ちゃんの付き人をしとります清田(きよた)と申します。


西村:花津さんを担当させていただきます、西村と申します。 よろしくお願いします。


清田:西村さん、厚かましいようですけど、龍太郎坊ちゃんは、将来、花津家を背負うお人です。

清田:入院中、くれぐれも、坊ちゃんには粗相(そそう)の無いよう、おたのもうします。



西村:清田さん・・・でしたか、院長からも聞いていると思いますが、そういうお約束は出来かねます。

西村:まぁ、お子さんですから、多少は大目に見る事はあると思いますが、ここはあくまでも病院です。

西村:どなたであろうと、ここのルールには従って頂かないと困ります。

西村:特にここ特殊病棟では・・・理由はお分かりですよね?


清田:さよですか・・・


西村:まぁ、ですが、私達も、何でも杓子定規(しゃくしじょうぎ)に、ルール、ルールというつもりはありません。

西村:特に相手は、お子さんですし、余程の事が無い限り大丈夫だと思いますよ。


清田:さよですか・・そやったらええんですけど・・・


西村:何か心配事でも?


清田:いや・・・ともかく、龍太郎坊ちゃんをよろしう、おたのもうします。


西村:はい、わかりました。


(後ろにいた達太郎が西村の前にやってくる)


龍太郎:お前が、俺の世話をする看護師か?


西村:ええ、私は西村麻里(にしむら まり)と申します。 よろしくお願いね、龍太郎(たつたろう)君。



龍太郎:俺を子ども扱いすな、けったくそわるい。

龍太郎:なんやこの病院は、俺の事聞いてへんのか?

龍太郎:清田、ちゃんと手配はしとったんやろな


清田:はい、えらいすんまへん。


龍太郎:まぁええ

龍太郎:「麻里」言うたな、いつまで俺を立たせとくつもりや、はよ部屋に案内せえ


西村:・・・


清田:西村さん、すんまへん、おたのもうします。


西村:・・・・そうですか、では病室にご案内しますね、こちらへどうぞ・・・


(病室へ案内する西村)


西村:(心の声)あかん、引っ張られる・・・・あの京都弁に引っ張られる・・・

西村:(心の声)ここでは標準語で通してんのに、関西弁に戻ったら素が出てまいそうや・・・

西村:(心の声)それにしても、この子、えらい生意気やな。

西村:(心の声)清田さんが心配してた意味が分かったわ。



西村:こちらが、花津(はなず)さんの病室です。


龍太郎:ここか・・・えらい狭い部屋やな・・・

龍太郎:清田、もっと広い部屋無かったんか


清田:はい、えらいすんまへん。

清田:西村さん、入院の申し込みの時に、一番広い部屋いうお願いをさしてもろた筈(はず)ですが・・・・


西村:申し訳ありませんが、この病室は全て同じ区画、同じ内装です。 特殊な理由がありますから

西村:ですから、どなたが入院しようと、全て同じ大きさの部屋なんです。


清田:さよですか・・・

清田:坊ちゃん、ここは致し方ありまへん、この部屋で堪忍しとくれやす。


龍太郎:・・・まぁ、そういう事やったらしゃーないな


清田:はい、そうしとくれやす。

清田:ほな私は、車に行って残りの荷物を持って来ますさかい。


西村:あ、それと清田さん、来る時に気づかれたかもしれませんが、この病棟は、どの部屋も廊下からの見た目が同じになっています。

西村:ですから、部屋の場所は、廊下からの順番などで、しっかりと覚えておいて下さい。

西村:お子さんは場所が分からなくなる事もあります。 最初のうちは龍太郎君一人では部屋の外に出ない方がいいかもしれません。


清田:承知しました。


龍太郎:ふん、バカにしよってからに。 清田、はよ荷物取って来い。


清田:はい、ほな、いてさんじます。


西村:・・・では、私もナースステーションに戻りますから、何かありましたら、そこのボタンを押してくださいね。

西村:くれぐれも、暫くの間は一人では部屋を出歩かないでください。


龍太郎:ふん、余計なお世話や、はよ行かんかい


西村:(関西なまり)龍太郎(たつたろう)君・・・・

西村:(標準語)龍太郎君、強がるのは構いませんが、迷子になって恥ずかしい想いをするのは、龍太郎君ですよ。


龍太郎:うるさい! 俺を子ども扱いすな!


西村:はーい、では、花津(はなづ)さん、お大事に


(病室を出る西村)


西村:ふう・・・


西村:(心の声)あかん、思わず関西弁が出かけてもうた、やっぱ引っ張られてまうわ

西村:(心の声)それにしても、龍太郎君、小さいのに、あの強がってる姿、ちょっと可愛い、フフ


宮本:あら、麻里、どうしたのニヤついちゃって


西村:いや、ちょっとね・・・フフ



(食事時)


西村:龍太郎君、食事の時間ですよ。

西村:龍太郎君は、病気ではありませんから、食事はベッドじゃなくて、こちらのテーブルに置きますね。



龍太郎:なんや、この貧乏くさい食事は・・・清田!


西村:龍太郎君、ここは病院なの。 病院の食事はこういう物です。

西村:まだ龍太郎君は病人じゃないから、味付けも普通にしてあるし、品数も多い方ですよ。


龍太郎:しかも、色が濃ぉてげすいし、俺の嫌いなもんがぎょうさん入っとる。


西村:それは、栄養の事を考えて作ってあるの、まぁ色が濃いのは関東だから仕方ないけど・・・


龍太郎:清田! 何とかせえ!


清田:西村さん、うちで食事を用意するのは構いませんか?


西村:ええまぁ、龍太郎君は病気じゃありませんから、ご自身でお好きな食事を用意されるのは構いませんよ。


清田:さよですか、そら助かります。


西村:ですが、病院としては、病院の食事を食べて頂きたいんですけどねぇ、

西村:栄養の面もありますが、衛生的にも、食中毒やその他の感染のリスクは避(さ)けたいんです。

西村:入院してから病気になったというのは困るので。


清田:すんまへん・・・気ぃ付けます。


龍太郎:清田、マツタケと鴨の炊いたん持ってこい。

龍太郎:それと、料亭の玉乃井(たまのい)から、何人か料理人に来てもらえ


西村:清田さん、食事を持ち込まれるのは構いませんが、他の患者さんの手前、あまり派手な事はしないで下さい。

西村:あと、病室で火を使うような調理は禁止ですし、匂いの強い物も控えてください。


清田:分かりました、病院でも大丈夫そうな物を、他所(よそ)で作って、持ってくるようにします。


西村:ええ、そうしてください。

西村:では、次から病院からの食事の提供はなしにしておけばいいですか?


清田:ええ、そうしておくれやす。 よろしう、おたのもうします。

清田:坊ちゃん、今日のところは、時間がありまへん、何か買って参ります。


龍太郎:あぁ、分かったそれでええ。


西村:それなら、もうこの食事は下げちゃってもいいですか?


龍太郎:あぁ、そんな食事、さっさと下げろ、清田、はよ行って来い


西村:・・・

西村:では、私はナースステーションに居ますから、何かありましたら呼んでくださいね。


(食事を下げるて、病室の外に出る西村)


西村:ふぅ・・・


西村:(心の声)マツタケとか、小学生が何食うとんねん、

西村:(心の声)あぁ・・・それにしても、鴨の炊いたん・・・最近食べてへんなぁ・・・



西村:(M)次の朝


西村:龍太郎君、朝の検温のお時間ですよ。


龍太郎:あぁ・・・


西村:(心の声)あれ? 今日は妙に大人しいわね・・・


西村:じゃぁ、この体温計でお熱を測ってくださいね。


龍太郎:う・・・ううう・


(うずくまる龍太郎)


西村:ちょっと、どうしたの! 龍太郎君、龍太郎君! 大丈夫?

西村:龍太郎君!


龍太郎:ほらぁ、ゴキブリや! こんなにぎょうさん!

龍太郎:どうや、驚(おどろ)け!


(大量のゴキブリのオモチャを西村に見せる龍太郎)


西村:・・・・


龍太郎:あれ、どないした? ゴキブリやぞ、女はみんなゴキブリが嫌いやろ、ほら、本物そっくりやろ。


西村:ふぅ、こんなオモチャじゃ怖くもなんともないわよ


龍太郎:・・・清田! そやからホンモン持って来いて言うたんや


清田:坊ちゃん、そやかてそれは・・・


西村:龍太郎君、本物のゴキブリを病院に持ち込んだら、その時点で、もう病院には出入り禁止になるわよ

西村:それに、世の中の女性が全員、ゴキブリを嫌いだなんて思わない方がいいわね。


龍太郎:・・・


西村:龍太郎君、それにしても、女性の怖がるところを見て楽しもうだなんて、あなたは、やっぱり子どもね。

西村:清田さん、清掃員が勘違いするといけませんので、もうこういう物を持ち込まないで頂けますか?


清田:・・・承知しました。


西村:では、私はナースステーションに居ますから、何かあったら呼んでくださいね


(病室を出る西村)


西村:ふぅ・・・


宮本:あら、麻里、そんなところに立って・・・何かあるの?


西村:あぁ、遥香(はるか)良いところに来たわ


宮本:どうしたの?


西村:お願い、肩かして・・・腰が抜けちゃって・・・立ってるのがやっとなの・・・


宮本:何かあったの?


西村:ゴキブリのオモチャを沢山見せられちゃって・・・


宮本:うわぁ・・・

宮本:ゴキブリと言えば、麻里の、3大 嫌いなものの一つでしょ、一匹見るだけでもダメって言ってたもんね


西村:ええ、そうなの・・・今日は夢に出そうだわ


宮本:しかし、子供の相手も大変ねぇ・・・


西村:まぁ、可愛いところもあるんだけどね


宮本:その感覚が信じられないわ・・・




西村:(M)それから数日が経った頃。

西村:(M)最初は病室に籠(こも)ってゲームばかりやっていた龍太郎君も、流石に飽きてきたのか、最近は外に出歩くようになっていた。

西村:(M)そんなある日の事、私は、病院の中庭のベンチに座っている龍太郎君を見つけた


西村:龍太郎くん、どうしたの? こんな所で


龍太郎:あぁ、麻里か、今、清田が父さんと電話で話しとるから、ここで待っとるんよ


西村:そう、

西村:それで、何を見てたの?


龍太郎:ほら、あっこに俺と同い年くらいの女の子がおるやろ、学校にも行かんと何しとるんやろう思てな


西村:あぁ、あおいちゃんね。

西村:あの子は、ちょっと難しい病気で、もう何年も入院してるのよ、その間、ずっと学校に行けてないの。

西村:お父さんも、お母さんも、なかなか会いに来られないから、よく一人で遊んでるわ


龍太郎:さよか・・・



西村:(M)そう言うと、龍太郎君があおいちゃんの所へ歩いていった


西村:どうしたの、龍太郎君


龍太郎:なぁお前、「あおい」いうんか?

龍太郎:お前、ずっと入院しとるんやってな、学校も行かんでええらしいな、

龍太郎:俺も学校が嫌いやからさ、俺にも、お前のそのやり方教えてくれへんか。

龍太郎:それと、お父さんやお母さんにも会わんでええ方法もあるんやろ? それも教えてくれよ。


西村:(M)あおいちゃんは、龍太郎君の言葉を聞いて、うずくまってしまった


西村:龍太郎君、何やってるの! ダメ!


龍太郎:なぁ、そんなケチケチせんでもええやんか、教えてくれよ


西村:ダメ、違うの・・・


西村:(M)私は、龍太郎を押し退(の)けて、あおいちゃんに声をかける。


西村:あいおちゃん!、おあいちゃん、大丈夫!

西村:すみません、誰かストレッチャーお願いします!


龍太郎:麻里何しよるんや!


西村:「何しよるんや」やあらへんねん、あんた自分が何言うたんか、分かってないんか

西村:あおいちゃんはな、心臓の難病(なんびょう)やねん

西村:心臓が悪いから、学校に行きとおても行かれへんねん

西村:それに、あおいちゃんの、お父さんとお母さんはな、あおいちゃんの入院費を稼ぐ為に

西村:毎日、毎日、朝から晩まで働いてはるんや、せやから、あおいちゃんに会いとうても、会われへんねや

西村:あおいちゃんが、どんだけ学校に行きたがってるか、どんだけお父さんやお母さんに会いたがってるか、あんたには、分からへんやろ

西村:そんな、あおいちゃんに、あんた何言うたんか分かってんのか!


龍太郎:そんな・・・


西村:謝りぃ、今すぐ、あおいちゃんに謝りぃ


龍太郎:・・・


西村:はよ謝れ言うとんねん


龍太郎:・・・・嫌や


西村:何やて?


龍太郎:謝るんは嫌や、花津家の人間は、人に頭下げたらあかんのや

龍太郎:その代わり、その子の入院費を俺が出したる、そやったら、お父さんとお母さんに会えるようになるやろ

龍太郎:それでええやろ


西村:アホ!


(パチンと、西村が龍達太郎の頬を張る)


龍太郎:痛いやないか、何すんねん


西村:それが子供の言う事か


龍太郎:な・・・


西村:人に頭下げたらどうのとか、そんなもんは大人の世界の話や、子どもには関係あらへん

西村:悪い事したら、ちゃんと頭下げて謝る。 それが子どもや。


龍太郎:だって・・・


西村:だってもへったくれもないねん、謝りぃ、今すぐ、あおいちゃんに謝りぃ!


龍太郎:・・・わかったわ



龍太郎:すんまへん、悪気はなかったんや、かんにんな


西村:(M)龍太郎は、ストレチャーの上で苦しそうにしている、あおいちゃんに向かって頭を下げた。


清田:坊ちゃん、西村さん、どないしはったんですか?

清田:私のいーひん間に何があったんですか?


西村:(M)私は、電話を終えて、慌てて飛んできた清田さんに事の次第を話した。


清田:さよですか・・・そないな事が・・・

清田:それはえらいすんまへん、その子には、私の方からも改めて謝罪さして頂きます。

清田:今は、坊ちゃんを病室に連れて行っても構いまへんやろか?


西村:ええ、そうですね、ここにおっても、出来る事はありませんし、病室に戻りましょう。


西村:(M)病室に帰ってからの龍太郎君は、ずっとベッドの上で、布団をかぶったまま、何も話そうとはしなかった。


清田:よっぽどショックだやったんでしょうね


西村:私がもっと注意して見とったら・・・・


清田:いえ、西村さんのせいやありまへん。

清田:私も坊ちゃんを、部屋の外で一人にさしてしもたさかい・・・


西村:龍太郎君、人に叩かれたん、きっと初めてですよね

西村:トラウマにならんかったらええけど・・・


清田:その事についてですが、西村さん、ちょっとよろしいか?


西村:どうしたんですか?


清田:ちょっと・・・


西村:ちょっと?


清田:ええ・・・面(つら)貸してくださいと言えば分かりはりますか?


西村:あぁ、そういう事か、かまへんよ


(病棟を出て、暫く歩く二人)


西村:どこまで行くねん、この辺りでもうええやろ


清田:そうですね、この辺にしときましょか


西村:で、何の話や


清田:それは西村さんも、わかってはるんやないですか


西村:・・・


清田:先程は、坊ちゃんがえろうすんまへん


西村:あんたが謝る事とちゃうやろ

西村:あんたらがそうやって甘やかしとるから、あの子もあんなんなってしもたんと違うか


清田:そうですね、それは分かっとるんですが、

清田:私にとっては可愛い坊ちゃんやさかい、つい甘やかしてしまいまして


西村:子どもは、生まれたての動物といっしょや

西村:育った環境、教えられた事、叱られた事で常識を学んで行くんや

西村:あんたら大人がしっかりせな、子どもの為にならへんで


清田:耳の痛い話ですね


西村:子どもの為を想うんやったら、大人がちゃんと教えたらんと、


清田:今日は、坊ちゃんにはええ勉強になったと思います。


西村:そらよかったな


清田:そやけど、それとこれとは別の話です。

清田:あなたは坊ちゃんに手を上げた。

清田:それがどないな理由であれ、付き人である私が、それを黙って見過ごせる訳あらしまへん。


西村:ほう、なんや、あんたも女にてぇ出すタイプの人間か


清田:勿論、普通の女性に手え出すなんてでけしまへん。


西村:私は普通の看護師や


清田:いえ、何を仰(おっしゃ)いますやら

清田:汐崎(しおざき)総合病院、特殊病棟(とくしゅびょうとう)。

清田:知る人ぞしる、難攻不落(なんこうふらく)の要塞(ようさい)。

清田:そこにおる看護師は、Fighting Nurse(ファイティング・ナース)と呼ばれる兵(つわもの)


西村:ほう


清田:そういう噂が、京都の私達の耳にまで届いとりますさかい


西村:そら、あんたの耳が特別やからやろ


清田:何の事でしょうか


西村:とぼけても無駄や

西村:ここに来た時から、あんたの身のこなし方を見て分かっとったわ、ただもんやないってな。

西村:あんた、風月(ふうげつ)やろ?


清田:ほう、風月を知ってはるんですか?


西村:あぁ、これでも関西出身やからな、いろいろ聞いとったわ

西村:古くから公家(くげ)に仕える、諜報機関(ちょうほうきかん)、風月。

西村:その雅(みやび)な名前とは裏腹な、どんなえげつない仕事もこなす、闇(やみ)の組織やろ

西村:風月なら、うちらの病院の事を知っとっても不思議やない


清田:そうですね、あなたのお察しの通りです。

清田:私達、清田の一族は、代々花津家に仕える風月。

清田:何百年もの間、花津家に仇(あだ)なす者を、闇へと葬(ほうむ)って来ました。

清田:今回の坊ちゃんの入院の時にも、いろいろ調べさしてもらいましたよ。


西村:小学生に風月まで付けとるとは、花津家のお家騒動は、どないなっとんねん・・・

西村:ほんで、その風月はんが、花津家の跡取り息子に手え上げた看護師に用があるっちゅう訳やな


清田:そこまで察してもろてるんやったら、話は早いですわ

清田:龍太郎坊ちゃんに手え上げた罪、きっちり償ってもらいますさかい。


西村:ほう、ほんなら一つ、お手合わせ願いましょか


清田:これが最期んなるかもしれまへん。 坊ちゃんに何か伝えとく事はありますか?


西村:心配せんでも、自分で言うわ


清田:さよですか、ほな、行きますよ・・・はっ


西村:ふんっ、はっ


清田:はっ・・・ふん・・・


西村:はっ・・・うりゃ


清田:うぐ・・・


(その場に倒れる清田)


西村:はぁ・・・はぁ・・・


清田:さす・・が・・お強いです・・ね


西村:何言うてんねん、風月いうたら一撃必殺の暗殺拳(あんさつけん)やろ

西村:それを、急所(きゅうしょ)も狙わんと、手数ばっかり増やして・・・分からんとでも思とったんか


清田:それで勝てると思てただけです


西村:まぁほな、そうしとこか

西村:ほんで、花津家はそれでもうええんか?


清田:ええ、立ち合いをして私が負けた訳ですから・・・・

清田:今後とも、坊ちゃんをよろしうおたのもうします


西村:私は看護師として仕事をするだけや、ほな、先に帰るわ


西村:(M)この日以来、龍太郎君は少しづつ素直になっていった。

西村:(M)この数週間後、花津家のお家騒動は、龍太郎君のお父さんが当主となる事で決着がついたという話であった。


西村:(M)そして、龍太郎君の退院の日



西村:龍太郎君、元気でね。


龍太郎:麻里、世話になったな・・・・


西村:京都に帰っても、私の事忘れないでね


龍太郎:うん・・・


西村:どうしたの龍太郎君、元気ないじゃない

西村:折角退院して京都に帰れるのに


龍太郎:麻里・・・


西村:どうしたの?


龍太郎:麻里、俺の嫁になれ!


西村:え? 私?


龍太郎:あぁ、あと6年もしたら、俺も大人になる

龍太郎:そやから、そん時は、麻里、俺の嫁になってくれ


西村:うーん・・・歳も結構離れてるし、あと6年も待ってたら、私、おばあちゃんになっちゃうし・・・


龍太郎:そんな事あらへん!

龍太郎:な、麻里、俺の嫁になってくれ。


西村:うーん・・・・折角だけど・・


龍太郎:えぇ・・なんでや


西村:私ね、自分よりも強い人が好きなのよ


龍太郎:え・・・そんな・・・


西村:どうしたの、急にしょげちゃって


龍太郎:せやかて・・お前・・・清田に勝ったんだろ?

龍太郎:そんなん俺・・・


西村:なんや、そんなんで諦めるんか?


龍太郎:でも・・・清田に勝つなんて・・・


西村:男の強さは、なんも力だけやないやろ


龍太郎:麻里・・・・


西村:龍太郎も男なんやったら、誰にも負けへんもん手に入れてみせえや



龍太郎:分かった、そしたら麻里、俺の嫁になってくれんのか?


西村:私の事なんかどうでもええようになるくらい一生懸命にならんと、誰にも負けへんもんなんて手に入らへんよ


龍太郎:・・・そっか、俺はフラれたっちゅう事か


西村:そういうこっちゃ、龍太郎君にはもっとええ人が見つかるから、な。

西村:さぁ、もうお父さんが待ってるから行きなさい


龍太郎:うん、分かった、ほな麻里、おおきに


西村:うん、元気でな


西村:(M)こうして、龍太郎君の入院案件は幕(まく)を閉じた。


宮本:それにしても、勿体ないわね。


西村:そう?


宮本:そりゃそうよ、プロポーズまでされたのに・・・「玉の輿」じゃない。


西村:まぁそりゃ、そうだけど・・・


宮本:もし、あの子が、将来強くなって、もう一度麻里にプロポーズしてきたらどうする?


西村:うーん・・・それでも無いかなぁ


宮本:どうしてよ、麻里は年下好きじゃない


西村:そりゃ、年下は好きだけど、彼とは結婚できないのよ


宮本:どうしてよ


西村:ちょっとね


宮本:ちょっとって何よ、教えてよ。


西村:聞きたい?


宮本:うん、聞きたい、聞きたい、どうして?


西村:名前。

西村:私が彼と結婚したら、どうなる?


宮本:え? 花津麻里・・・はなづまり・・・あ!


西村:ね、この麻里さんが「鼻づまり」なんて恰好が付かないでしょ、だからよ。


宮本:なぁんだ、そういう事か フフフ


西村::フフフ


西村:(M)あぁ・・・でも、年下の「玉の輿」は勿体なかったかなぁ・・・

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