第9話 食料と道具


「……ちょっといい?」


私の左前に机を挟んで五十嵐さんが立ち止まった。 右前にいた女子3人も視線を向ける。


「...なんで栗本さんがカンニングしたと思ったの?」


3人に向かって言う。


「……いや!カンニングっていうか、『たまたま解答が見えて書き直したんじゃないの?』っていうジョークだよっ!

別に疑っているわけじゃないよ!」


「………ジョーク? 全然そうには聞こえなかったけど。

仮にジョークだとして、親交も深くないような相手に対してそれを言うのは、どう考えてもジョークだと伝わらないと思うんだけど。

……栗本さんはジョークだと理解して聞いてたわけ?」



……え、話振られた。

…………うわああ、どうしよう。...これ、『うん』って言ったら、女子組から私に対する好感度は現状維持だけれど、勉強熱心な五十嵐さんからしたら腹立たしく思うよね。 でも、これとは逆の選択したら五十嵐さんの好感度は現状維持で、女子組の好感度は急降下するだろうな……。


正直、男子生徒よりも女子生徒に嫌われる方が精神的にも...いや、肉体的にも苦しい事を私は知っている。既に経験済みだから。

だからより安全な選択をするには前者の方が良いのは分かっている。

この17年間、私からしたら沢山の人から悪口陰口...虐めを受けた。

元からガラスで張り巡らされたフロアをズカズカと土足で入ってきたかと思えば粉々して帰っていく。


被害者ぶっていると思われるかもしれない。だからどんなにガラスが割れて、壊れそうになっても自分1人で修理してきた。 両親のような鋼鉄こうてつな心を持った人に助けを…相談をしたこともある。……でも自分のフロアを直せる技術を持っているのは自分しかいない。そう気付かされた。



…………もはや今では自分でも完全に直せない状態になっている。粉々になりすぎて私の技術では繋ぎ合わせることは出来ない。

これ以上粉々になってほしくない……だけど…………



──────悔しい。


強固されずに退化していく私、2日もしたら完全に粉々に荒らしたことを忘れる連中。


たった一つの感情のせいで、さらにガラスを粉々するような選択をしようとしている自分がいた。



五十嵐さんの問いかけからたった3秒の間、脳内でこの気持ちと考えが巡った。


「⋯えっと……」


「……ねぇ、ほら栗本さんも困ってるしこの話はもう終わろうよっ…」


「……うんそうだよ、私もバス停のところにそろそろ行かなきゃだし……」



逃れようとする3人。


───あぁ……悔しい、悔しい。


1番安全なエンドだけれど、1番私からしたら悔しくて仕方がないエンドだ。





「……君には僕がいるだろう?」


背後から私だけに聞こえる声に目を見開く。


……あぁ、そうだ。そうだった。


さっき、私は"自分のフロアを直せる技術を持っているのは自分しかいない。" と思った。


───違う。あの死神は私のガラスのフロアを直すことも、普通に考えたら不可能なガラスを鋼鉄こうてつにすることだって出来る。

自分の望みを叶えてくれる死神が私を気に入っている。…………またとないこの奇跡を最大限に使わないともったいない!


────── だから


「……今まで平均点くらいしか取らなかった人がいきなり満点取るのは確かに怪しく思っても仕方がないと思う……。でも!私、五十嵐さんの答え見てない!

カンニングだと思わせないように今度の学期末テストで数学、100点取ってみせるよ!

……その頃には席替えもしていて五十嵐さんとは席、離れると思うからそれで私がカンニングしていないって立証する!」


───あの死神が私を"食料"として見るように私も"理想を実現させるための道具"として利用する。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アパタイトは密会で。 セリ @seri1111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ