第9話 優しさに包まれた日


 ︎︎私と五十嵐くんは目を点にして、楠さんを見る。




「……俺が考えていることが正しければ、それは誤解だな」



「……そうだね」



私も五十嵐くんに同調する。




楠さんは、大袈裟に首を振って五十嵐くんと私を交互に見た。




「ええ?……ただのクラスメイトって感じの関係ではなかったような……」



「俺と栗本さんはただのクラスメイトだよ。……楠さんが考えているような関係ではないよ」




 ︎︎ ……誰1人として「恋人」という言葉は使わず、「関係」という言葉をひたすら使うのは、なんとなく照れ臭さがあるからかな。少なくとも私はそうだ。




「……ただのクラスメイトは、数学のミニテストで満点取りません」




 ︎︎思わず肩がビクッと上がると、楠さんはムスーっという効果音が出そうな顔で私の方を見た。

……それを見たライアーは、背後でクスクスと笑っている。……さっき私が明らかに困っているのに、助け舟を出さなかったことを思い出し、少しモヤッとした。


 ︎︎私は以前に、楠さんに「数学は苦手」と伝えている。なのに、数学が好きな方である楠さんよりも高い点を取っている。……満点自体は嬉しいのに、なんだか楠さんに嘘をついているようで、申し訳ない気持ちに駆られる。


私は取り繕う気持ちで口を開いた。



「……今回は偶然にも、勉強したところがいっぱい出たからだよ。 たぶん次回の時には落ちてるよ」



「え〜本当に?……まぁ、たしかに今回のテストは前の時より少し簡単になってた気もするけど……。でも、クラスで2人しか満点取れてない中で、栗本さんが入ってるのは凄いよ!……五十嵐くんは満点の常連だから、あんまり凄いって感じはしないけど」



それを聞いて、今度は五十嵐くんがムスッとした顔をする。



「おいっ。……ちなみに楠さんは、何問正解した?」



「実は、私も結構高い方だったんだよ!……でも、ふたりが満点とるから言いづらいんだよ〜。……15問中13問正解だった」



「なんだ、ほぼ満点みたいなもんじゃん」



「嬉しくなーい」



ふざけたように言う楠さんに、五十嵐くんは目を見開いた。




「……え、なんか俺が今までイメージしてた楠さんと違くて驚き」



「ふふっ、楠さんは真面目だけど、ユーモアとかもあって面白い人なんだよ」



 ︎︎私は少し自慢げに、意外な楠さんの一面に補足した。 ここ数日で、楠さんが明るくて真面目で、ユーモアがあり一緒にいて心地のいい人ということが分かった。今日もお弁当を一緒に食べたりして過ごした。




「へぇ〜。あ、そういえば最近、楠さんと栗本さん仲良いよね?」




「うん」とまでは言えるけど、きっかけは楠さんが、水野さんたちに愚痴を言われて、教室を出た際に私が声をかけたのがきっかけだ。


……正直、話していい内容かが微妙なため、五十嵐くんにどう説明したらいいかわからない。

……けど、あの時勇気を振り絞って伝えたのは、本当に良かったと思っている。

 ︎︎そう思っている内に、楠さんが口を開いた。




「うん!……でもきっかけはまだ内緒!いずれ教えるかも。 ね、栗本さん!」



「う、うん!」



「えぇ〜気になる。じゃあ、いつか聞かせて。あ、俺はそろそろ部活に行くよ」




 ︎︎五十嵐くんはそう言うと、私のひとつ前の席で、黒色のリュックにノートや教科書を入れていく。……確か五十嵐くんは、サッカー部に所属している。家に帰ってからは、ずっと勉強しているのだろうか。もし私だったら、絶対できない。



「あ、じゃあ2人ともまた明日」



「あ、五十嵐くん。……今日の、本当にありがとう」



「うん、……またなんかあったら教えて。今度来たら、二度とそんなこと言えねぇ口にしてやるから!」



「……五十嵐くん怖っ!……というか、私が教室に入った時、栗本さんと五十嵐くん以外近くに誰もいなかったけど、何かあったの?」



「……あ〜、ちょっと話すと長くなりそうだから、栗本さんから聞いてくれ」



「分かった〜。……詳しくは分からないけど、2人は何かあったとき用で、連絡先とか交換してるの?」



『 「あ……」』



私と五十嵐くんは同時に言い、しばらく沈黙が続く。


すると、五十嵐くんがリュックから手帳型の深緑色のスマホを取りだし、LINEの画面を開ける。

……え、え、え? まさか、優等生でリーダーシップのあるあの五十嵐くんと……陰気臭い私が……??




「たしかに……楠さんの言う通り、連絡先は交換しておいた方がいいかも。栗本さん、良い?あと楠さんも」



「…あ、うん!もちろん」



「やったー私も交換できるの嬉しい」




3人で互いのLINEを交換した。




 ︎︎五十嵐くんと別れ、私と楠さんは一緒に下校することにした。

 ︎︎帰路を歩きながら、私は楠さんに今日の数学のテストで、水野さんたちにカンニングを疑われた話をした。

すると、五十嵐くんと同様に……



「はあぁぁ!?酷いし、意味わかんない! 私ももっと早く教室に着いてたら、五十嵐くんよりもガツンっと言ってやれたのに!」



と言って、憤慨した様子だった。

ふたりとも、私のことを想って言ってくれてるのが伝わる。寒空の下を歩いているのに、温かい紅茶を飲んだときのような感覚になった。



「ありがとう、楠さん。心強いし、何よりも嬉しい……ほんとは、私の口から言えれば良いんだけど……」



「無理して言わなくていいよ。こういう時くらい、私や五十嵐くんを頼っても大丈夫だから! 私は、こういう形でも栗本さんの力になれるのなら、喜んで力になりたいと思ってるよ! ……あ、私こっちの道だから、また明日!!」



「うん……!ありがとう、また明日」



私は終始、楠さんに「ありがとう」ばかり言っていると、分かれ道に差し掛かった。そして楠さんに手を振って別れた。



 ︎︎……ライアーと2人っきりになった瞬間、少しずつ冷たい疑問とどうしようもない怒りが、こみ上げてきた。

のらりくらりと、後ろを歩いているライアーに話しかけた。



「……ねぇ、ライアー」



「なに?」



「……どうして、水野さん達がいる時、ずっと黙っていたの?……少しくらい、助言や何か助ける行動でもしてくれても……。 ごめん、やっぱり今の聞かなかったことにして」



 ︎︎話している内に、自分が愚かに感じた。助けてくれるのが当たり前だと、酔っている自分が気持ち悪い。ライアーではなく、あれくらい言い返せなかった自分が、叱られる立場だと気づいた。




「それには訳があるから、家に帰ってから話そう」




 ︎︎気づけば、私の住むアパートが見えてきた。

……一体なんの訳があるのだろう。





 ︎︎ 自宅につき、自室のドアをしっかり閉めて、ライアーの吸い込まれそうな瞳を見つめる。

嘘じゃない。水野さんと話していた時、何も言わなかったのはきっと訳があるんだ。……勘だけど、その瞳がそう告げている。




「……まゆり、前に言った“死神を見るための条件”って覚えてる?」



「え、……うん、覚えてる。確か……

①死神がその人間のことを最低31日は見続けていること。

②その人間が霊感を持っていること

③その人間が生よりも死を望んでいる。

……この条件の内、2つ以上当てはまったら、死神が見えるんだよね」



なぜ今、死神の条件の話なんだろう?



「あぁ、そうだ。……その条件なんだけれど、実は細かいルール的なものが存在するんだ」



「え、ルール?」



「①の条件の、"最低31日は見続けないといけない"っていうのは、死神が24時間ぜったいに目を離さず、その人間を見ていないと、条件を満たしたことにはならないんだ」



「えぇ!? 24時間、寝ないでずっと……?しかも、それを31日間……は、ハードすぎる……」



「一応、死神は眠ることが出来ないから、そこは苦痛じゃないのだけれどね。 ……次に②の条件の "その人間が霊感を持っていること" なんだけれど、単に霊感があるだけじゃ駄目なんだ。……がないと見えなくて、ごくわずかな人間しかそれは持っていないんだ」



「えぇっ……私けっこうレアな条件満たしていたんだ」



「最後に、③の条件なんだけれど。……例えば、“死にたい”と思っている人の目の前に、刃物を持った強盗が現れたとする」



「う、うん」



「けれども、いざ強盗が目の前に現れたら、“怖い、逃げないと、警察呼ばないと、死ぬかもしれない”っていう考えが無意識に出るようなスケールの人だと、その条件は満たしていない」



「なるほど……。要は、そういった場面に遭遇しても、生きるために知恵を絞らず、殺されても別にいいと思ってる人じゃないと、その条件は満たされないんだね」



 ︎︎たしか前に、私はこの条件3つ、全て満たしているとライアーは言っていたような……。でも、私も流石に強盗に直面したら、生き延びようと必死になる気がする……。




「あぁ、そういうことだ」



「……ところで、なんで今になって条件の詳細を話したの?」



「……今日、見過ごせない“リスク”が見つかったんだ」



「え……リスク?」




「水野さん……水野みずの あやは……





────死神を見るための条件を満たす可能性がある」




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