第8話 一喜一憂


小テストは基本、授業内の15分の間で行なわれる。今日の場合は1時間目から数学なので開始ベルと同時にすぐテストの紙が配られた。

高一の時から小テストはあったものの、今まで高得点を取ったことは数えられる程度だ。

……あぁでもよかった。昨晩大急ぎながらも勉強した部分が結構出題されているから解ける。まあまあいい点は取れそう。

最後の問題を解き終わる頃にライアーが自分の席の隣に来た。 昨晩言ったことがあってか答えを言ってこなかった。


「……問3、計算ミスしてる」


…………ヒントはノーカウントとしよう。うん。

……あ、ほんとだ。ミスしてた。


まだ時間が余っていたためさっきのようなミスがないか確認して、プリントは回収された。 たぶん、問3以外の解答に関しては何もライアーは言ってこなかったから全問正解だったりして……。これで問3しか当たっていなかったら冗談抜きで泣く。


でも未だによく簡単な計算ミスしてよく点数落としちゃうから直していかないと...。


カチャン


机の端の置いていたシャーペンが落ちてしまった。

拾おうとするとワイン色の手袋を身につけた細長い指がシャーペンを掴んだ。




「きゃあああ!?栗本さんのシャーペン、宙に浮いてるんだけど!!」


私の右隣の席に座る立花さんが大声で言い放った。

突然の大声で一斉に皆んなが私の方に振り向いた。大量の目と合うこの瞬間が大嫌いだ。


……というか、そういえばそうだった。

私以外の人からはライアーは見えないからシャーペンだけ宇宙空間のように浮いてる状態で見えるんだ。

必死にライアーに目で早く机の上に置くように訴えるが、この状況をたのしんでいるのか全然置いてくれない。なんなら器用に高速でペン回しをしている。 ブレイクダンスするシャーペンに皆はさらに凝視してザワつく。

黒板の前に立つ数学の先生も見えているのか驚愕した様子でこちらを見ており、右隣に座る学級...いや、学年一秀才な五十嵐いがらしさんも興味深そうにじっと静かに見ていた。


「あははは!あ〜何もかもが面白い」


ライアーがイタズラをする少年のように笑いながら言う。


……いや、こっちからしたら嫌な目立ち方して最悪なんですけど!?

そう思っていると、やっとシャーペンを机の上に置いてくれた。





なんとか1時間目の授業を終えたものの、休み時間に男女問わず沢山の人が、さっきのはなんだったのかと聞いて来た。

流石に『死神が遊んでましたー』なんて言えるわけがないので、自分も何が起きたのか分からないというような振る舞いで答えた。

それに納得したのか皆とまた愉快に会話を続けた。

……皆からしたら当たり前にただ会話をしているだけなのかもしれないけれど、私からしたら滅多にないこの賑やかな空間に居られることがとても幸せに感じた。


……もしかしてライアーはこの空間をつくるためにあんな事をしたのかな…。





帰りのホームルーム中に数学の先生が足早に教室に入ってきた。 どうやら朝にやった小テストを返却するらしい。……明日とかでもいいと思うんだけどな...せっかちな人の気持ちは分からない。


「今回のテスト、簡単だったのに高得点少なかったぞー。満点は五十嵐いがらしと栗本だけだ。特に大学進学を考えてる奴はちゃんと復習しとけよー。」


……え、満点取っちゃた……。

ライアーからヒントをもらったものの純粋に嬉しく思った。


「……やったね」


いつの間にか隣にいたライアーが、体を前のめりにしてにんまりと笑みを浮かべて言った。

私も少し目線を上げてライアーと目を合わすと口角をあげた。



放課後、リュックサックを背負おうとするとクラスの女子が私の元に向かってきた。

その中に前に私が描いた絵に対して、不満をぶつけていた水野さんがいて思わずドキリとした。


「栗本さ〜ん、小テスト満点おめでと~」


「あ、ありがとう」


「……え、ねね、でもさ、ぶっちゃけ五十嵐くんの答え見えちゃったとかじゃない?

だって教室狭いからさ、机と机の距離近いじゃん?カンニングするつもりじゃなかったけど偶然にも視界に入って解答書き換えましたーみたいな?」


「……え」


そんな事する訳ないし、していない。

...五十嵐さんはまだ隣の席に座っている。当然今の会話は五十嵐さんも耳に入っているはず。

地獄だ。どうしよう、何故だか言葉に詰まる。


サーッと一気に手が冷たくなっていく。鼓動が早まる。


"私はカンニングしていない"ってちゃんと言わないと...これじゃあカンニングしたみたいになってしまう。


「まあまあ、誰にだってそういう事ってあるよね!私だってあるし!」


水野さんが気持ち悪いフォローを入れてきた。


そもそもなんでこの3人は、私がカンニングして満点取ったと真っ先に考えたんだろう。





───あ、分かったかも。

……五十嵐さんだ。


五十嵐さんは才色兼備で性格も良く、ルックスもいいと言われている。 たしかに、席が近いからか私も勉強で悩んでいる際には、何も言わなくてもすぐに気づいて何回か教えてくれた。

その一方で、五十嵐さんはたくさん友達を作るタイプではない。真面目で勤勉な人しか友達がいないことから噂では、五十嵐さんと同等な人しか友達にはなれないらしい。

……多分、五十嵐さんと同じくらい勉強する人じゃないと友達として継続するには難しいんだろうな。

……私からしたら、どんなに良い人でもずっと勉強しかしない人とは友達になりたくない。というか、あっちからしたら私なんて友達の候補にも入ってないただの隣人の関係に過ぎないんだと思う。


だけど、ここ最近はなんだかんだで五十嵐さんと話す機会が多かったし、テストも2人だけ満点を取ったから、この3人からしたら私と五十嵐さんの距離が縮まっていると勘違いしているんだろうな。あ、あとシャーペンの件も。

……この3人のうち誰か五十嵐さんの事が好きなのかな...嫉妬?……勘弁してほしい。 ただの隣人関係ですから……。


そんな事を刹那に思っていると、五十嵐さんがガタッと椅子から腰を上げ、こちらに歩み寄ってきた。……右手に返却された小テストを持って。

















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