第2話 幸福マウス (2/2)
「え、彼女が事故に……」
男の家に向かう途中、婚約者は交通事故に遭い、あえない最後を遂げてしまったのだ。
男は泣き暮らし、世の中が終わってしまったかのような喪失感を激しく感じていたが、マウスに頼る気にはなれなかった。いくらなんでも婚約者を生き返らせる事など、出来はしないと考えたからだ。
しかしそう思う事にも限界がきてしまい、とにかく救いを求めパソコンを起動させる。
男の悲しみを知ってか知らずか、マウスはいつものように動き始めた……。
「警部、自殺で間違いないようですね」
「うむ、遺書もあるし何より密室だ。婚約者に死なれたという動機についても確認がとれた」
男の遺体を眺めながら、さもいつもの如くといった口調で2人の刑事が会話を交わす。その時、別の刑事が話に割って入ってきた。
「警部、自殺に使用した毒物の入手経路がわかりました。ガイシャのパソコンに、毒物をネット通販で買った記録が残っています」
「うーむ、近頃こういうケースが多いなぁ。よし、残っている記録から業者を特定しガサ入れだ、急ぐぞ」
警部は部下に檄を飛ばす。この手のサイトは足がつくのを恐れて、短期間でサイトを閉鎖してしまうからだ。
捜査員の動きが活発になる。パソコンわきのマウスが、部屋を出ようとする警部の目にとまった。
「あのマウス、前の自殺現場でも見たような気が……」
だが捜査が進展をみせようとする中、警部の頭からマウスの事はすぐに消えてしまう。
警部の記憶は、正しくも間違っていた。
彼がそのマウスを見たのは前の自殺現場だけではない。改造拳銃をネットで手に入れ、上司を撃った男のアパート。はたまた同じ毒でも自分を裏切った男をネットで入手した毒で殺した女の部屋……。ここ何ヶ月かの間、様々な所で見ている事を彼は忘れていた。
ところかわって、深夜の研究所。教授と助手が次々と送られてくる情報を分析している。
「教授、そろそろこの研究について、発表なされてはいかがしょう。実験は大変順調なようですし」
データ分析の手を休め、助手が訊いた。
「いや、まだ資料が足りん。この発明は非常に画期的なものなのだ。世の中の理解を得るためには、もっとたくさんの実験が必要だ」
自信はあるが、慎重さも持ち合わせている初老の教授がこたえる。
「わかりました。さらに試作品のマウスを1000個ほど、無作為に抽出した住所に送ります」
助手はどこかへ電話をかけ、何やら指示を出す。
「しかし教授、この発明品が世の中に出れば、大変な反響を呼びますね。何せ使用者の脳をマウスがスキャンし、一番役に立つサイトへ誘導するのですから」
若い助手は興奮気味に語る。この世紀の大発明に関わった事を誇りに思っているようだ。
「うむ、マウスをパソコンに接続した際、自動的に特殊なプログラムがパソコンにインストールされる。使用者の脳から読みとった情報を元に世界中のサイトを検索し、最も適したところへ誘導するわけだ。もちろん、詐欺サイトやウイルスのあるサイトは避けるようにしてな」
教授は、自慢げに言った。
「このマウスが普及すれば、検索サイトはもういらなくなりますね。そういった会社から恨まれないでしょうか。それに使用者の検索結果を、無断でここへ送信しているのも倫理上の問題がないのか気になります」
助手の心配に対し、少し間をおいてから教授はこうこたえる。
「新しいものが出現すると、必ず反対する輩が出てくるものだ。かつての検索サイト会社もそうだったのではないかね。それにこういった大発明の場合、多少の倫理的問題など取るに足らんことだよ」
その時、新たなデータが到着したことを知らせるアラームが鳴った。
「教授、15件分のデータが追加されました。あれっ?おかしいなぁ」
データを見ながら助手がつぶやいた。
「どうしたのかね」
少し不安げに教授が問う。
「いや、今までのデータでもそうだったんですが、多くの使用者が最終的に幾つかの共通したサイトに行っているんですよ。しかもその後、多くのケースでデータの送信はストップしています」
「それは、どんなサイトなのだね」
「何故かほとんど全てのサイトが閉鎖されていて、詳しいことはわかりません。偶然でしょうか」
この発明には何か欠陥があるのかも知れないという、かすかな疑問が助手の脳裏によぎった。しかしそれを打ち消すかのように、教授が自信たっぷりにこたえる。
「おそらく、たまたまじゃろう。それにもし機能に問題があったとしても、これは全く新しいプログラムなのだから、バグの一つや二つあって当然だろう。後々なおしていけばそれで済む話じゃないか。そうだろう、君」
「はい。全くおっしゃる通りです」
その夜、新たな幸福マウスが沢山の人々に送られた。迷える子羊を救うために。
幸福マウス (短編) 藻ノかたり @monokatari
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