幸福マウス (短編)

藻ノかたり

第1話 不思議な贈り物 (1/2)

その夜、男が仕事から帰ると、郵便受けに小さな包みが入っていた。差出人欄には「全日本 幸せグループ」と書かれている。


「また、何かのダイレクトメールかな」


疲れていた男はその小包を机の上に放り出し、とりあえず入浴と夕食をすませた。


「そういえば、あの小包は何なのだろう」


男が小包を開けると、中には可愛らしいデザインのパソコン用マウスが入っている。同封されていた紙には”きっと、あなたを幸せにします。私は幸福マウスです”とあった。


「ダイレクトメールのおまけとしては豪勢だ。”幸福マウス”などと、少しでも注意を引きたいのだな」


男は物事を深く考えるたちではなかったので、まぁ何か得をした程度にしか感じてはいなかった。


これから寝るまでの間は、天涯孤独の男にとって唯一楽しみの時間。インターネットの世界を探訪する時間だ。


早速パソコンに、マウスをつなげ起動する。


「おう、手にしっくりくる。なかなか良いおまけだ」


色々なサイトへおもむき楽しんでいると、しばらくしておかしな事が起こり始めた。


「あれ、故障かな」


男がマウスを動かしていないのに、マウスポインタが勝手に移動するのだ。


「しょせん、おまけのマウスだな。もう壊れやがった」


しかし、よく見るとマウスポインタの動きが少し変だ。最初は滅茶苦茶に動いているように見えたポインタも、落ちついて見てみれば何かを探し画面の中をうろついているようにも思える。


男は様子を見ることにした。そのうちマウスポインタはあるリンクの上に止まり、そこをクリックした。


「あっ、まずい」


むやみにリンクをクリックすると、とんでもないサイトへ誘導される事がある、そういう新聞記事を思い出したからだ。


しかし時すでに遅し。リンク先のページが開き、商品の説明がデカデカと表示された。


「詐欺サイトにでも誘導されたかな。このマウスは、このサイトへ来させるためのものだったのか?」


こういう時は慌てず騒がず冷静に対処するのが鉄則だと、新聞記事には書いてあったのを思い出し、男はページの内容をじっくりと見まわした。


するとここは、男が前々から欲しいと思っていた限定フィギュアを売るサイトではないか。しかも、格安で販売されている。


「嘘みたいな値段で売られているな。詐欺サイトなのか、やっぱり」


普段だったら絶対購入しないが、本当に欲しかったフィギュアであり、仮に騙されたとしても「世の中の勉強をした」ですむ程度の金額であった。


「ええい、騙されたと思って」


男は、そのフィギュアを購入した。


男の心配をよそに、果たして3日後には商品がきちんと到着した。詐欺サイトではなかったのだ。


「マウス様々だなぁ。おまえは本当に”幸福マウス”のようだ」


上機嫌で今夜もパソコンに向かう男。その時、またおかしな事が起こった。前回と同じように、マウスポインタがまた勝手に動き出したのだ。


「ややっ、これは前と同じような動きだぞ。ものは試しだ、今回もマウスの思う通りにさせてやろう」


マウスポインタは、あるリンクの上に止まりクリック。今度は株価情報に関する内容が書かれたサイトにつながった。


男は現在の仕事に将来の不安を感じ、インターネットで株を始めたばかりであった。しかし、素人がそうそう儲けられるはずもない。男は株による投資を諦めかけていた。


そんな折りに、このサイトである。男のつたない株の知識でも、このサイトに書かれている内容が、インサイダー取引ぎりぎりの情報であることくらいは、すぐに分かった。


「ここに書いてある情報が確かなら、かなりの儲けになるぞ」


男はわずかに残った資金で、情報に従い株を買った。結果は大成功。今まで損ばかりしていた男が、三ヶ月分の給料に匹敵する利益を手にしたのだ。


男はマウスを全面的に信じるようになった。むしろマウスの動きをワクワクしながら眺めるようになり、リンクで開いたサイトを何のためらいもなく受け入れるようになった。


男はあらゆる意味で幸せを満喫するようになる。金銭的にも恵まれ、物欲、食欲、名誉も手に入れた。会社はとうの昔に辞めてしまい、人間関係の煩わしさに悩まされる事もない。


そうなると、この幸せを分かちあう人が欲しくなった。人生の伴侶をえる。すなわち結婚だ。


男の決意がかたくなると、れいによってマウスポインタが動き始め、結婚相手を探すサイトにつながった。男の好みの女性が紹介され、話はとんとん拍子に進んでいく。


こういう場合、大抵は騙され大金をむしりとられるものなのだが、このサイト自体は言うに及ばず、紹介された女性も真実すばらしい人物だった。


男は婚約し、幸せの絶頂にあった。しかし、その幸せは一本の電話によって絶望へと変貌する。


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