【短編】親友(♀)が私のアンチになって、大ファンになる話

タイフーンの目

親友(♀)が私のアンチになって、大ファンになる話

 大学に着くと葵が死んでいた。

 理由は大体察しがつく。私は、机に突っ伏している彼女の隣に座って、


「おはよ。どしたの葵」

「……凪ちゃん。見た?」

「ああうん。サラッと」


 Web漫画の話だ。

 葵の大好きな作品が今日の午前0時に更新されている。


「死んだの……が! どうして!?」

「ど、どうしてって言われても……でも作者のSNSで『最初から決まってたことだ』って書かれてたよ」

「あんなの公式が勝手に言ってるだけだし! うわああぁ」


 葵の推しキャラ・ロイが作中で死んだ。

 予想はしてたけど、まさかここまでショックを受けるとは。


「もうやだ! 伊原先生のバカ!」

「……作者は悪くないんじゃない?」

「先生は私にとっての神様だったのに! 死んだんだ、もう神様はいないんだ……! ふぐぅうう!」


 大泣きする葵に周囲の視線が集まるけれど、それはどうでもいい。


 そんなことより――


(い、言えない……!)


『伊原先生』が私だなんて、絶対に言い出せなくなってしまった。


 高校時代に賞レースで選ばれ連載作家になった――けれど高校時代に学校でも浮いていた私は、それを誰にも公表せずにいた。その名残で、大学に入っても漫画家であることは誰にも明かしていない。


 それは、親友である葵にもだ。葵は、人見知りのうえ性格の悪い私とも根気よく接してくれて、友達になってくれた。神様だなんて言い出したら、私にとって葵こそ女神様だ。


「なんで殺しちゃったのぉ…!」


 それは最初から決めていたこと。葵がロイのことを好きになってくれるのは嬉しかったけれど、いつかこの日がくることは決まっていたんだ。


 ――葵のためにロイを生かそうかと思った日もある。けれど、それは漫画家としてのプライドが許さなかった。私は私の作品に対して責任がある。


 でも、葵のこんな悲しい顔は見たくないし……


 いや!

 正直言うと!


 葵に嫌われたくない!『伊原』としても私は嫌われたくないっっ!


(ああ、どうすれば!?)


 切迫した私はだらだら汗をかきながら…つい、後戻りのできない、禁断の領域に足を踏み入れてしまった。


「そ、そうだ……私、描こっか?」

「え」


 泣きはらした葵の目が、私を見る。視線を合わせないようにして私は、


「二次創作っていうの? 実は中学くらいまで漫画描いててさぁ…って嫌だよね。偽物なんて――」

「ほんと!? 描けるの!? 見せて!」

「う、うん」

 

 勢いに負けてノートにロイを描く。


「すご!? 髪型ちょっと違うけど、雰囲気捉えてるよ!?」


 逆に似ないように描くのに死ぬほど神経使ったよ。


「お話も書けるの!?」

「ちょっと、ね」

「ええっ、じゃあ私もアイデア出すね! 楽しみ! 凪、マジで神だね!」

「あ、あはは。良かったぁ……」

 

 満面の笑顔を目にした喜びと漫画家としての葛藤で、私は死にそうだった。


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