神様が死んだ日

鵜鷺冬弥

神様が死んだ日

 正月に父親の実家に帰省した。


 何年も帰っていなかったが、就職活動が上手くいかず鬱気味だった自分を心配した両親が、半ば強引に連れてきたのだ。


 親戚やいとこ同士の会話から逃げるように家を出て、小さい頃よく遊んだ田舎町を彷徨う。記憶の中の町とはあちこち変わっており、大切な思い出を壊されたような気がした。


 あてもなく歩き回っている内に、ふと気がつくと、幼い頃によく遊んだ神社がある小高い丘の前まで来ていた。

 神社に続く石階段の前には、年明けに解体工事が始まるという看板が立てかけてあった。


 何かに誘われる様に、神社へと続く階段を登っていく。


 階段を登りきると、酷い光景が目に入った来た。

 鳥居も本殿もボロボロで酷い有様だった。もう長いこと鳴らされていないであろう鈴も、今にも鈴紐ごと落ちてきそうだ。


 壊れた賽銭箱の前まで来て、本殿の中を覗き込もうとした時、石階段の方から人が登ってくる気配がして振り向いた。


「ああ、やっぱり。なんとなく、ここに来れば会えるような気がしたんだ」


 子どもの頃の面影があったから、すぐに分かった。よく、この神社で一緒に遊んだあいつだった。


「久しぶり。お前も帰省してきたのか?」


「まぁ、そんなところかな。そういうキミは、なんだか元気がなさそうだね」


「就職活動が上手くいかなくて。順調にエリートコースを進んできたのに……このざまさ」


 幼なじみに会えた懐かしさからか、普段なら言わないであろう弱音がこぼれ落ちた。


「キミならきっと大丈夫さ。そうだ、昔みたいに、ここの神様にお願いしていったらどうだい?」


「こんなボロボロの神社に? さすがにこの有様じゃ、神様も消えちまってるさ」


「知らないのかい? 神様は、誰かひとりでも信じてくれる人がいる限り、死んだりしないんだよ」


 思い出の中と変わらない純真そうな物言いに、何故だか軽くイラついてしまった。


「くだらない。そんなの、昔の人が苦しみから逃れるために生んだ幻想だ。いやしないよ、神様なんて」


「……そうかい? でも、ボクは信じてるよ。だって、キミともう一度出会えたんだ。きっと神様が会わせてくれたんだと思うよ」


 困ったような寂しそうな顔であいつが微笑んだ。


「さて、ボクはもういかないと」


「もう? 今来たばかりじゃないか」


「……元々、あまり時間がなかったんだ」


「そうか、じゃあ俺も帰るよ」


「うん、さよなら。ボクは、向こうの階段から帰るね」


 短すぎる邂逅を終え、別々の方向に歩き去っていく。


 ふと、違和感を覚え、振り返った。


「なぁ、階段って、こっち側にひとつしか――」


 振りむいたその先には、あいつの姿はどこにもなかった。


 風もないのに、ボロボロだった大きな鈴が、からん、と鳴る。力尽きるように鈴紐ごと地面に落ちた。


 がらがらと鈴が転がる音の中、「合格通知」と書かれたメッセージが、スマホに届いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様が死んだ日 鵜鷺冬弥 @usagitouya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ