海の娘と白い骨
みこと。
全一話
かろうじて光は届く
しかし人の呼吸は続かない
そんな水底に、一匹の海蛇が気に入りとしている
ひとつの"されこうべ"がございます
底知れぬ黒い
チラリ、チラリ
穴を出入りする海蛇の鱗が、鈍く光ります
海底では特に珍しくもない頭蓋の骨
そして海蛇
なんの変哲もない組み合わせですが……
ああ、でも、この海蛇と
今日はそのお話をさせていただきとう存じます
それはまだこの骨が肉を
かの骨は、繊細な美貌を誇る、とある国の王子でございました
人魚が王子に惹かれるのは、世の理のひとつ
泡と消えた人魚がいたという有名な悲恋が
人の世界にまで伝わっているほど
人魚は王子を好むのでございます
海の王は、そのことを大変危惧しておられました
人魚たちに"海から出てはならぬ"と
間違っても人の世界に"足"を持って踏み入ってはならぬと
常から強く戒められておりました
けれど好奇心の強い人魚というものは、いるものでございます
禁忌とされる"王子"という存在を見に
若い人魚が、海面通いを続けました
船で旅する王子が見れないものかと
その娘は来る日も来る日も水の上に顔を出し
そしてある日、見てしまったのです
甲板で海を眺める、麗しい王子の姿を
そこから先は、語るまでもありますまい
ひと目見て、王子に心奪われた人魚の娘は
焦がれた相手に近づきたいと願います
けれど海の王の厳命で、自分が地上に行くことは叶いません
力を貸してくれるはずの海魔女は、泡になった人魚の一件以来
哀れな骨なしの生き物に変えられて、力を失っておりました
考えた娘は、大アワビを怒らせ、故意に嵐を呼びました
海を荒らして船を壊し
王子を自分の世界へ連れ込もうと、そう画策したのでございます
暴風が船を襲いました
そして高鳴る波は巨大な帆柱を倒し、あろうことか王子の足を押し潰してしまいました
王子は歩く力を失いました
家族や家臣から忘れ去られ、ひっそりとした岬の館で、海を眺め過ごす日々へと転じました
娘は毎日通います
海の中から顔をのぞかせ、窓の下で王子に向けて歌い続けます
想いを乗せた恋の歌
王子が歌声に気づくまで、そう時間はかかりませんでした
「わが国では王の条件のひとつとして、完全なる肉体が求められる。神の加護を受けている証だからだ。足を損なった私は……もう王にはなれない」
それどころか厄介者でしかない……
まあ……そうですの……
自嘲気味に呟く王子に、心の底から寄り添うような、慈愛に満ちた声が重ねられます
場を
「それでは海で泳いでみられてはいかがでしょう? わたくしがお手をお引きいたしますわ。おみ足のこと、水の中では忘れられましょう」
人魚の言葉に、王子は身を乗り出し、彼女の手を取りました
そして、そこは確かに自由な世界でした
煌めく波間に
地上のしがらみも、何もかも気にせず、王子は人魚との
彼はとうとう口にします
「私はもう、地上に帰りたくないな。ここでこうして
人魚の娘は微笑みました
「嬉しゅうございます。わたくしもまさに、同じ気持ち」
人の息が水の中では長く続かぬことは、王子を得た人魚にとって、実に
ゆっくりと命を手放す王子を、娘はいつまでも愛おしく見つめ続けました
事の次第は、すぐに海の王に露見しました
人魚の娘は地上と関わった罰として、海蛇の姿に変えられてしまいました
ああ、だけど彼女のなんと満足そうなこと
今日も髑髏にその身を這わせ、白き骨を撫で、嬉しそうに身をくねらせます
彼女はやがて海蛇としての生を終え、海に溶けることでしょう
海の娘に魅入られた憐れな髑髏
いずれこの骨も、小さきものたちが皆分解し、海の一部と化すでしょう
海のものは、とかく陸のものに惹かれるのでございます
ゆえに皆々様、どうかくれぐれもご用心くださりませ
もっとも人魚と王子、ふたりが不幸であったかどうかは、我々が
<終わり>
海の娘と白い骨 みこと。 @miraca
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