燐寸売の少女、炎上後竜を燃やしてまた燃ゆる事

尾八原ジュージ

炎上

 冬の夜のことでした。少女は雪の降る街角に立ってマッチを売りましたが、だれも買ってくれるひとはありませんでした。お古の服に薄いスカーフ一枚をかぶっただけでは、とても寒さをしのげそうにありません。とうとう耐えかねて、少女は売り物のマッチを次々擦っては火を灯し、暖をとろうと致しました。とはいえすぐに消えてしまうものですから、もう一本、もう一本、ええい一気に十本と繰り返しておりますうちにあっという間に籠はからっぽになりまして、寒いうえに売り物はなし、しかたないので少女は家に帰りまして万年床でひと眠り、朝は小鳥のさえずりと共に目を覚ましてみると、なんと大事に育てたアカウントが炎上しているではありませんか。『マッチ誰も買ってくれないからじぶんでぜんぶ使っちゃった🥺』という投稿に、片付けるのをうっかり忘れて帰ったマッチの燃えカスやら空き箱やらの山の写真がくっつきまして、それでわんさか責められている様子。まぁ確かにゴミを捨てずに帰ったのはよくなかったなと若干反省しながらリプライを確認するなどしてみますと、どうも『昨日この辺で火事があったのお前のせいじゃね?』と、身に覚えのない言いがかりをつけられておりまして、そりゃ大した騒ぎなのであります。「火事だって? ふざけるんじゃないよ」少女は憤りました。「あたしゃマッチ売りだよ、燃えカスを片付けるのは忘れても、消火で間違えたこたぁ一度もないよ」――と、そこで玄関からピンポーンと聞こえまして、開けてみますとお巡りさんが二人ばかり立っておりました。かくして少女は放火の疑いで警察に連行されたのでありますが、「悪気はなかった、ただうっかりしたのだと認めて真面目に反省すれば、情状酌量の余地はあろう……」と取調室を仕切るのはこの道三十年のベテラン刑事、カツ丼を片手に「お前さんにも親があるだろう」と詰め寄ります。ところが少女も並の少女じゃございませんので、消し忘れなんぞあるわけがないと譲りません。「あたしだってこの道長いですからねぇ、刑事さん。ことマッチに限っては、万にひとつだって取り扱いを間違えるこたぁありませんや」「いやいやあんたも人間、その万にひとつをやることだって人生一度くらいは」「いやいやいやいや、ハイハイの頃からマッチを売ってこの道十五年、一度だって消し忘れなんぞは」と少女が言いかけたそのとき、大変だ大変だと叫びながら若い巡査が飛び込んで参りました。「なんでぇ熊公、取り調べ中だぞ」「すまねぇ刑事さん、しかしでっかい竜が飛んできて、街中えらい騒ぎなんで」なんだってと叫びながら窓に取り付くと、取り調べに夢中になっている間にいつの間にやら市内のあちこちに火の手があがり、赤々と照らされる夜空を悠々と飛ぶのは口から炎を吐く赤竜レッド・ドラゴンであります。「さては昨日の火事ってなぁ、こいつの仕業だったのか」と驚く警察の面々。そのとき、ひとり悠々とカツ丼を食らっていた少女が颯爽と立ち上がりました。「火を使うなぁ人の業と相場が決まってるってのに、蜥蜴ふぜいが人間様の真似事かい。警察の旦那、あたしがあの身の程知らずを斃してご覧にいれましょう。そしたらこのカツ丼はあんたの奢りにしてくださいよ」そう言うなり少女は窓から飛びました。被っておりましたスカーフをばパラシュートに致しまして、上昇気流に乗りフワフワと飛んでゆくはなんと赤竜の鼻先。そこで少女は片手を懐につっこみますと、まぁ出るわ出るわ、中身のぎっしり詰まったマッチ箱があとからあとから湧いてくるではありませんか。少女はそいつをぽかんとしている赤竜の開いた口にどっさり投げ込みましてから鼻先にストンと着地、仕上げに口をスカーフで縛り上げてしまいました。そうやっておいて「雑ぁ魚、雑ぁ魚」と鼻先で雑に煽ったからたまりません。赤竜は肺をいっぱいにふくらませ、炎の息を吐こうと致します。ところが体内に大量に放り込まれたのは、クリスマスシーズンに売れ残った特別製のマッチでございまして、これらが竜の呼気で熱された結果、一斉に着火致しました。ヒュルヒュルという笛のような音とともに、赤竜の体内で赤や青や金色の火花がパチパチと音をたてて弾け回りました。赤竜の苦しみたるや大変なものでございます。雷のような声をあげながらその辺をのたうち回り、崩れた煉瓦を蹴立て、色とりどりの火花を目から耳から鼻からパチパチと飛ばして苦しむうち、竜の体内の火焔袋とかいうものに火花が飛んだ。どおんと大きな音をたてまして、とうとう赤竜は大爆発、肉片となって色とりどりの火花と共に辺りへ降り注ぎました。少女も燃え盛る竜の肉片と一緒に吹き飛んだものの、しばらくすると涼しい顔でそこいらの瓦礫の中から出てまいりました。かくして赤竜を斃し街を救ったマッチ売りの少女、これからはマッチも売り放題、炎上も終わったろうとアカウントを見てみますとなんと炎上は継続中どころかますます燃える始末。どうやら昨日マッチを擦りながらこっそり喫煙していたのもバレまして、未成年でありますからして燃えに燃え、刑事さんもこれには大激怒であります。「どうやって煙草なんぞ買ったんだ」「へぇすいやせん。コンビニの店員をだまくらかして買いやした」「いやしかし身分証がなければ買えんはず」「買えん買えんとおっしゃいますが、先程ご覧にいれました通り、火焔かえんをどうにかするのはあたしの大得意でございます」おあとがよろしいようで。

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燐寸売の少女、炎上後竜を燃やしてまた燃ゆる事 尾八原ジュージ @zi-yon

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