最後まで生き残ったやつが最強だと信じているから。
水嶋 穂太郎
第1話 ライフブレイク
人として、いちばん強い存在。
どんなやつが当てはまるのだろうか?
戦って、戦って、戦いぬいて……最後まで立っていたら、あるいは。
格闘技など生ぬるい。論外だ。
やるからには徹底的に。どちらかの息の根が止まるまで。
そう。殺し合うのだ。
しかし――、
現実で人を殺すのは難しい。
良心の問題。法律の問題。
そんな問題を解決するために、ひとつの世界が創造された。
たった一度の敗北が、すべての喪失を意味する世界。
心に棲まう悪鬼を満足させるために創造されたVRMMO。
その名を――
《ライフブレイク・オンライン》という。
* * *
「古株もずいぶん減ったよな」
「サービス開始からまだ1年も経ってないよね? 古株も新規もないんじゃない?」
「開始時からいて、今も活動をしているプレイヤーって意味だ」
「ああ……たしかに……」
酒場でふたりの男が、談話していた。
ひとりは大柄で筋骨隆々の男性。もうひとりは中肉中背の男性。
彼らの姿や外見は、現実のものと比べてかなり異なっている。いわゆるアバターというやつだ。
店内に他の客はいない。店員はひとりしか見えず、絡んでくる気配もない。静かなもので、男たちは客2人だというのにカウンター席ではなくテーブル席につくことをためらわなかった。
「まあ、HPの全損でアカウント消去ってのがマジなんだろう」
「デスペナルティじゃなくて、文字通り《デス》だよね……」
ライフブレイク・オンラインへの参加は、かなり簡単だ。
運営に新規アカウント申請を送ると、いまどき珍しい封書のハガキが郵送される。
書かれているアカウント情報をVRゲーム機から登録すれば、新世界への扉は開かれる。
開かれた先で待ち受けるものは……しかしいたって普通のVRMMOだ。
プレイヤーは冒険者となり、フィールドをうろつくモンスターを倒したり。貴重な武器や防具や装飾品で自身を強化したり。迷宮や洞窟に棲まう強力なモンスターにも挑む者だっている。が、それらはすべて、ある一点の目的に集約される。
人殺しである。
ライフブレイク・オンラインは、プレーヤーキルを公式運営が推奨しているゲームなのだ。
もっとも、ゲーム内でプレイヤーを殺したからといって、現実の身体にはまったく影響はないわけで。……などという幻想を破砕するのが、『ゲーム内で死んだ場合はアカウントが消去される』というもの。これは、ゲーム開始前のチュートリアルでも強調されている。個人情報がアカウントに紐付いていることもあり、アカウント消去されたら二度とライフブレイク・オンラインにログインできなくなる。
「実際、信じられねえよな。どうやって運営は保ってんだよ。こんなやりかたじゃあ新規なんて居付かんだろうに」
「あれじゃないの?」
「あれって……あれか? あの不気味な――」
「い、言わなくていいっ!」
大柄の男性が応えようとしたが、中背の男性は自身を抱くように両手を背中に回して震えだした。きっと思い出したのだろう。アカウント申請時に問われ、ゲーム開始前に再度の警告をされた、とある文言を。
「『過去、現在、未来、すべてを捨てる覚悟のある者にのみ新世界を解放する』だったか……」
「ちょ! 言わなくていいって!」
「なぁに慌ててんだよ。怖いのか?」
「……こわい」
中背の男性は何を恐れているのか、大柄な男性にはわからない。
ぐびっ、っと木製のコップに注がれた紫色の液体を、喉の奥に流し込む。
「新世界ってのが開かれたなんてぜんっぜん思えねえんだよなあ。まあ普通に遊んでりゃ大丈夫じゃねえか?」
「楽観的だね……」
「楽しめるときに楽しむのがモットーだ。さて、と」
「行くの?」
大柄の男性が席を立ったので、中背の男性が問う。
「ああ、そろそろやりたくなってきたからな」
「そう……」
中背の男性は小さな声をいつの間にか出していた。
そして。
「お互い、存命で」
そう言って、見送った。
大柄な男性は振り返らずに手を上げてひらひらと振るだけだった。
* * *
なぜこんな怪しげなゲームに身を投じたのか、現実で問われることがある。
進学、就職する際の面接では当然のように突っ込まれる。
常識を疑う答えばかりが返ってくるという。
いわく、「人生を舐めている」「破滅思考」「犯罪者予備軍」などなど。
それでも。
俺はやってみたかった。
現実では決してできないこと。
《最強》を目指すこと。
生まれる時代を間違えたんだな、と言われることもあった。戦国時代なら、将軍にだってなれたかもしれない、と。でも将軍は最強ではない。いちばん偉いだけ。最強ではないのだ。殺して……殺して……殺して……。――屍の山を築いて、誰もいなくなった頂から見える景色が知りたい。
それが俺――新藤命(シンドウ・ミコト)の願いだ。
ライフブレイク・オンラインに心を奪われた者のひとり。
サービス開始時から、『シンメイ』というプレイヤー名でやっている。やっているとは文字通り、人殺しを。この世界でなら、最強の景色を見られると思ったからだ。願いが叶う気がした。
今はまだ道半ば。
* * *
「『鮮血』のシンメイ、決闘を受けてくれたこと感謝する」
ライフブレイク・オンラインは100個の地域で区切られている。そのうちの、第42区にある小さな闘技場で、シンメイは名前も知らない筋骨隆々の男性と対峙していた。
シンメイにはいつの間にか二つ名がついていた。
ライフブレイク・オンラインで『生き残りたい』プレイヤーにとって、彼は驚異になってしまったのだ。
「べつに闇討ちでもよかったのに」
シンメイがつぶやく。
大男のことを律儀なやつだと思ったのだ。
決闘ではなく暗殺を狙いに来てもかまわなかった。
「今まで散っていった同胞たちの嘆きを聞く時間くらいは設けてやりたくてな」
「御託はいい。さっさとやろう」
「……てんめえ…………」
シンメイの雑な言い方に、大柄な男性はカチンときたようだ。
もともと大柄だった身体は、筋肉が隆起したのかさらに大きくなった。
そう。『本気で殺しにいく』という合図だ。
「ふぅううう――、あえて聞く。PvPシステムを利用するつもりはないと?」
PvPシステム。
VRMMOだけでなく、多くのMMOで実装されているものと大差はない。
『最初の一発が当たれば決着とする』――初撃決着モード。
『HPを半分削った段階で決着となる』――半減決着モード。
『HPを2/3削った段階で決着となる』――危険域決着モード。
『HPがゼロになるまで決着がつかない』――死亡決着モード。
いずれの場合も、PvP戦闘時は外野からの邪魔が入らない、という保障がついてくる。完全なる1対1だ。
だが、このシステムを利用しないということは。
「ああ。途中で外野から不意打ちされても文句はない」
不意打ちにも警戒しながら戦わなければならないということである。
一挙手一投足の観察が重要となる対人戦において、周囲にも意識を割くことがどれだけ大変か。知るものは少ない。というか、そんな馬鹿げた真似をするやつは、まずいない。――シンメイを除いて。
「俺の求める対人戦は、システムに守られた温いものじゃないんだ」
ぽつりとこぼしたシンメイの言葉を聞いたのか。
男はそれが合図とばかりに。
「そうかい……んじゃいくぜ」
地を蹴って走った。
* * *
シンメイの右手に握られた短剣が、男の胸に深々と突き刺さった。
男の両手から大型の剣が落下する。
「この……人殺し、が」
「うん。わかってる」
男の身体が、赤色の粒子となって消えていった。
HPがゼロになった証だ。
男は、ライフブレイク・オンラインから永久退場した。
「……まだまだ最強には遠いよな」
シンメイは、天に昇る粒子を見上げながら、つぶやいた。
その後、シンメイと同じくらいの背丈をした男性にも決闘を挑まれたが、それほど苦戦することなく殺すことができた。そいつは、友だちの仇などと大声を出しながら斬りかかってきたのだが、力任せで空回りしているという印象しか残っていない……
* * *
その日は唐突にやってきた。
ライフブレイク・オンラインがサービス終了するらしい。
数えてちょうど3ヶ月後。
シンメイは考える。
はたして最強になれたのか、と。
答えは否だ。
ライフブレイク・オンラインが終わってしまったら? 現実でも最強を目指して、殺しを続けるか? 続けないだろう。現実は、少なくとも『誰かを殺してしまえ』という発想を基盤として生活が成り立つ環境ではない。ライフブレイク・オンラインでは、人殺しの代替行為としてプレイヤーを葬ることが推奨されていた気がするのだ。ついでに勘ではあるが、運営の目的は営利ではない。
ともあれ。
仮想ではあるものの、この理想郷が続く限り、シンメイは最強を目指す。多数の骸を踏み砕き、最後まで立っていようと決意した。
* * *
どれだけ殺したかわからない。
シンメイは、ライフブレイク・オンラインで推奨されたとおり、サービス終了の日まで殺し続けた。
残るはシンメイを入れて8人。
だがシンメイは気づいていなかった。残りの7人が誰なのかを。
8人は円になって集まっている。
3メートルを超える岩と、砂埃で視界が悪い、荒野のエリアだった。
「おめでとう、シンメイくん」
「?」
7人のうちのひとり。
黄色い鉢巻きが印象的な男性プレイヤーが口を開いた。
シンメイからすると、ちょうど向かいにいる男だった。
シンメイは意図が汲み取れず、眉をひそめる。
「さて、運営である我々を残し、すべてのプレイヤーを葬った気分はいかがかな?」
「は?」
「だから気分は――」
「いやその前」
「我々を残し――」
「さらに前!」
「ああ、普通は気づかないかい? どれだけ戦っても死なないプレイヤーが7人……おっと失礼。きみを入れて8人もいるだなんて」
「あんたらはインチキしてたってことか?」
鉢巻きの男が、パチンっと指を鳴らした。
合っているということだろう。
どういうインチキかまではシンメイとって不明だが。
それよりも尋ねたいことができた。
「新世界ってのはなんだったんだ?」
そう。
ライフブレイク・オンラインは、プレイヤーキルが特殊ということを除けば、普通のVRMMOだ。新世界というほどのものはなかった。
「それをこれから決めるのさ」
鉢巻きの男が応える。
「シンメイくん、きみの願いをひとつだけ何でも叶えてあげよう」
「答えになってない」
「きみが望む願いが叶えられた世界。それが新世界ということだよ」
「ますますわからない。そもそもそんなことが可能なのかどうか疑う」
「ふむ。すこし長くなるよ?」
そう鉢巻きの男は言うと、運営の操るアバターらしい7人で話し合う。
シンメイには彼らが口を動かし、何かをしゃべっているように見える。だが、内容は聞き取れない。フレンドメッセージやパーティメッセージの線もあるが、運営専用メッセージと考えておいたほうが、不測の事態にも備えられそうだった。
「うん。うん。じゃあそういうことで……。あ、シンメイくん待たせたね」
「……」
シンメイは戦闘になったときのために臨戦態勢に入っている。
「そう身がえなさんな。いいかい? きみが現実と認識している世界はね……最新のコンピューターで再現した人類の文明なんだ。と言っても我々の世界よりも劣るわけではないから安心してほしい。我々の世界は融和と抗争を繰り返していくうちに疲弊しきってね。人類はもう1000万人を切っている有り様さ。そこで考えた。融和と抗争を繰り返すからいけないのだ、と。どちらかに振り切ってしまえば、違った未来があるのではないかと、ね」
喉が渇くね。
そう区切って、鉢巻きの男は携帯していたらしいハンドボトルを手に取り、ごくりごくりと中身の液体を体内に注いでいった。
「まだ疑問は残るよね。なぜ殺しを推奨した仕様にしたのか、と。融和に振り切る道だってあったのでは、と。答えは単純さ。融和の世界もすでに作ったんだ。でも結果は我々の世界と同じだったんだ。歳月の差異こそあれ、ゆるやかに衰退していったんだよ。悲しいことにね。しかも融和だ融和だと謡いながら、争い、奪い、殺す辺りは変わらずさ。人類は殺し殺されの関係から逃れられないのかもしれない。そう悟ったとき、《殺しの許された文明》という世界の創造に至ったんだ。それがこのゲームの正体というわけだよ」
ところどころ、というかシンメイにはほとんどわからなかった。
自分にとって現実だと思っていたものが、機械で作られた世界だとか。
人類の衰退がどうとか。
ライフブレイク・オンラインの生い立ちがどうとか。
「どうでもいい」
シンメイの。低く、それでいて力のこもった一言。
7人の視線が集まる。
「そんなの心底どうでもいい。俺が知りたいのは……俺は最強になれたのかどうか、だけだ」
7人はシンメイの放つ圧力に押されていた。
創りもののはずの存在。かりそめの命。なのに。
どうしてこうも熱くさせられるのだろうか。
「決めた」
黙ったままの7人に先んじて、シンメイが言い放つ。
「俺はおまえたちとも殺し合いたい。それが願い」
「この世界――ライフブレイク・オンラインのなかでいいのかい?」
「それじゃ不公平だろう」
「へえ、わかるのか」
「話を聞いた限りじゃ、ライフブレイク・オンラインで死んだプレイヤーは現実でも消去されてる。とかそんなところだろ」
「そうだよ。まあ我々にとってはサンプルデータに過ぎないからね。だからちゃんと警告はしたつもりなんだけど」
シンメイは想像する。
あの『過去、現在、未来、すべてを捨てる覚悟のある者にのみ新世界を解放する』という警告文のことだろう。
『過去、現在、未来、すべてを捨てる覚悟のある者』のところで、ある程度の役者を絞る。そして『新世界を解放する』のところで、現状に満足していない者たちの欲求を刺激する……のかもしれない。
すべては運営の探す『何か』のために。
悪趣味なこと、この上ない。
「俺はおまえたちの世界に行く。そこで本当の最強を掴んでやる」
それを聞いた7人は、顔を見合わせると、うなずき合った。
代表して鉢巻きの男がシンメイの宣言する。
「では、シンメイ。きみを我々の世界に招待し、心ゆくまで最強とやらを追求できるように取り計らうことを約束しよう」
そして最後に。
「ようこそ、新世界へ」
意味深に。
締めくくったのだった。
<終わり>
最後まで生き残ったやつが最強だと信じているから。 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro
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