【短編/1話完結】最期は楽しい思い出を
茉莉多 真遊人
本編
平凡な社会人生活を送る男がいた。そこそこに褒められ、そこそこに叱られ、そこそこに残業し、そこそこに飲み会に参加し、そこそこに愚痴を呟く。
男はこんな生活も別に悪くないと思っていたと同時に、こんな生活がどれだけ続くのだろうとも思っていた。そんなある時、久々の残業続きで疲れた男の体は急に重く、そして、軽くなった。
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男は目を覚ますと、金髪の美女が自分の顔を覗きこんでいる光景が目に飛び込んでくる。彼は目をきょろきょろとして見回すとまったく見知らぬ天井、壁、そして、金髪の美女に戸惑っていた。
「大丈夫!? うなされていたみたいだけど!」
男の脳内に突如流れ込んでくる情報の中で、目の前の美女が自分の母親であることを知る。さらに、自分が10歳にも満たない男の子であることも理解した。
「あぁ……心配したのよ! 何日も熱で寝込んでとても危ない状態だったの! よかった!」
男改め少年は戸惑いっ放しだった。自分の記憶にある母親はこれほど美人ではなかったし、だいたい日本人で黒髪の平凡な女性だったはずだ。ここはどこだと思っても、身体が思うように動かない。
「もうしばらく休まないとね」
しばらくして病気も完治すると、少年はいろいろと知った。自分が日本人の青年から異世界の少年に転生したのだと認識し、ここは剣と魔法の世界であることも理解した。魔王がおり、人々は勇者を求めていることも知ることになった。
間もなく、彼は意気揚々と大人たちに指南を受けて、剣を覚え、魔法を覚えた。前の世界ではできなかった興奮をそのままに彼はすくすくと成長していった。
そして、少年は若い青年へとなる。まだ前の世界の年齢よりはずっと若い。それに顔はまるで自分の理想そのままだった。
「あなたも魔王を倒しに行く旅へと出かけてしまうのね」
母親が寂しそうにそのような言葉を口にする。
青年にとって魔王など関係なかったが、一流の剣技と魔法を覚えた彼への期待は高まるばかりで、いつしか彼はその期待に応えたいと思うようになる。
「それじゃあ行こうか」
「息子のことをよろしく頼んだわよ、将来の奥さん」
「おばさんたら、そんな」
「帰ってくる頃にはお義母さんって呼んで頂戴ね」
彼女であるかわいい幼馴染の女の子の期待に応えたいことが一番大きかったのは誰にも言えない内緒である。もちろん、彼女も僧侶として同行してくれるのだから、この旅の中でいろいろとあるのだろうと期待もあった。
魔王討伐の旅は想像を絶した。灼熱の砂漠に眠る魔王を倒すための武器、海深くに眠っていた魔王の攻撃をも凌げる防具、極寒の雪原の中にある祠の中に存在した魔王城に辿り着くための秘宝、それらを手にした青年はさまざまな経験を通して逞しくなって、魔王へと挑む。
「そなたが次の勇者か。勇者を名乗る者は多かったが、ここまで来た者は久方ぶりだ」
不思議と青年には分かっていた。自分がどれほどの経験を積めば、魔王を難なく倒せるのか。魔王のブレス攻撃はどうすれば効かなくなるのか。魔王の必殺技はどのタイミングで仕掛けられるのか。
その上で、彼は多少の時間がかかりながらも魔王を倒すことに成功した。長かった旅はようやく終わりを迎える。彼の隣には彼女から妻に変わっていた幼馴染が嬉しそうにして、彼に飛びついて抱き着いて頬ずりまでして喜びを露わにする。
「やった! 私たち、やったわ! あなたがパーティーに男も女も入れないというから、2人で苦労したけれど、でも、2人で倒せたからこそ、これから何があっても大丈夫な気がするわ!」
青年は妻とともに凱旋した。王が労いの言葉を掛け、国民が彼を勇者と讃え、彼の母親が涙を流しながら彼の帰りを今か今かと待ち侘びていた。
「おかえりなさい、わたしのかわいい息子、そして、娘よね、もう」
「はい! お義母さん!」
旅は全て終わった。だが、彼の人生はこれで終わりではない。勇者としてたくさんの報奨金をもらったものの一生遊んで暮らせるわけもなく、しばらくも経たないうちに兵士たちの指導官として従事する。
「ほぎゃああああ、ほぎゃあああ、ほぎゃああ」
「ほわああ、ほああああ、ふぇ、ふえええええ」
やがて、妻との間には子どもが2人できた。男の子1人、女の子1人で、子育ては容易ではなかった。誰に似たのか、男の子はやんちゃで、女の子はおてんばだった。
彼は妻とともに「魔王討伐の旅の方が楽だったかも」と冗談を言い合うくらいに子育てに奮闘する。
その間に男の母親が亡くなって悲しむこともあったが、子育てはその悲しさをほどよく忘れさせてくれていた。
子どもはすくすくと成長した。
「父さん、母さん、俺は世界に残っている人に危害を加える魔物たちを倒す旅に出たい」
青年は既に前の世界での年齢を超え、壮年よりも中年に近かった。中年になった男は妻とともに息子を温かく見送り、帰りを待つことにした。
その頃に、娘も美しく成長し、隣国に住むという意中の男の下へと嫁ぐことになった。男も妻も何も文句を言わず、これもまた温かく見送った。
「ようやく子育てが終わってしまいましたね」
男はしばらく妻と夫婦仲睦まじく過ごしていた。彼は兵士の指導官を定期的に行いつつも、妻とともに小さな田畑で土いじりを趣味にして過ごす。
やがて、息子が女性を連れて帰ってきた。
「父さん、母さん、旅先で素敵な人を見つけたんだ」
「は、はじめまして」
男は妻とともに、まだまだ硬い表情でぎこちなさのある女性を温かく迎え入れる。聞けば、彼女もまた僧侶であった。男は妻とともに親子は似るものだと笑った。
月日が経ち、孫が生まれる。男も妻も孫をついつい甘やかすものだから、息子と義娘によく叱られていた。それでも、男はこっそりとお菓子をあげるので、ついには妻にまで叱られるようになる。
孫も大きくなる頃には、男も妻も中々に身体が動かしづらくなってきた。杖はいらないが、昔ほど柔軟な動きはできず、兵士の指導官もとうの昔に息子へと引き継いでいた。
趣味の土いじりを男と妻は続けているが、それも段々と難しくなってくる。
「そろそろお迎えが来る頃ですね」
男は妻よりも早くその時を迎える。報せを受けて隣国から娘と義息子、そして中々会わない孫もやってきた。
男の家族が勢ぞろいする。
「あぁ……幸せな人生だった」
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白い部屋。ある病院の一室。男がベッドに横たわり、その横には何人かの人間が立っていた。
「お亡くなりになりました」
皆が悲痛な面持ちで男を見る。
男が最期に見た人生は、フルダイブシステムのゲームを応用した仮想空間の異世界だった。脳の電気信号をゲーム内の動きに変換する機器を使用することで現実世界での動きはなくなり、仮想空間の異世界でのみ動くようになる。
異世界の時間の流れは現実世界と異なり、かなり早く目まぐるしい。しかし、異世界の中にいる時はそう感じることはない。脳がそう認識しているからである。
異世界では多少の苦労があるものの、必ずハッピーエンドを迎えるようになっている。
急死ではない限り、そして、助かる見込みが少ない場合に利用されることが多くなった。最近では保険さえも適用されるほどに全世界でこのシステムが利用されている。
どうしても苦痛や理不尽が多い現実である。
最期は楽しい思い出を持って死を迎えたい人も、最期は楽しい思い出を持って死を迎えさせてあげたい人も多い。
【短編/1話完結】最期は楽しい思い出を 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita
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