村の周辺には魔物も居らんし
ミミズの胴体にモグラの手をくっつけたかのような違和感のある姿。この世界では稀によくある光景や。魔力とかの関係で変な進化しとるんかな。
やつは口を開くと魔力を集め始めた。ドラゴンがよくやるポーズ。つまりブレスを打とうとしてるんやね。その見た目でブレス打つのは詐欺のたぐいやろ。瞳を輝かせて憧れる少年少女が落胆してまうで。
存外に威力が高そうだったから回避するのを諦めた。躱したら多分村の外にあった畑まで巻き込まれると思うんよね。目指すは被害ゼロ。
「ところで君って人食うの?」
飛んできた火の玉を空に弾いて、俺は首を傾げる。見た目からしたらミミズとか食べそうなものやけど。それだと共食いか。
軽々と自信の塊が吹き飛ばされたことに驚いたのか、やつは固まった。早く質問に答えてほしいんやけど。制限時間もうすぐやで。
『……くっくっく』
「お? 俺のギャグがそこまで面白かった? 座布団くれてもいいで」
『お前の言葉は理解できん』
ただ、そうやって余裕そうに振る舞って見せているという事実自体が、お前の劣勢を雄弁に物語っているのだ、と。
やつは自信満々に言い放ってみせた。
ちょっと何言ってるか分からんわ。通訳何処かに居らへんか?
『我のブレスを簡単に防ぐことなど不可能だ。つまり何らかの種があるのだろう? それに気付かれないように振る舞っているのは御苦労なことだが、あいにく通じんよ。数え切れぬほど人を殺してきた我にはな』
「あっそ」
話してて疲れる。そう考えるとレティシアって良い子やったんやね。すぐ白目剥くけど。それはそれで個性やった。
「あんま手間取るとご老人に要らん負担をかけそうやから、早く終わらせるわ」
『我が遺骨を送ってやるぞ?』
「配送は俺の専売特許やで。そんなに心配しなくても村に連れてってやるわ。うるさいから首だけな」
『捻り潰してやる』
おー怖。チャーミング(笑)な顔が顰められまくっとるやん。煽り耐性ゼロやね。君スレバ向いてないよ。一生地下にでも引きこもっとき。
やつは隠されていた下半身を湖から引きずり出すと、音を立てて脚を地上に突き立てた。全長は八メートルくらいやろか。見上げているせいで首が痛くなりそう。それと脚の見た目が人間っぽいもののせいで気持ち悪さが凄いわ。
おまけにテラテラと謎の粘液が下半身を纏っとる。触ったらばっちそうやね。雑菌は消毒よ〜。
ということで俺は火の魔法を使うことにした。魔力を集めて槍のようにする。そのまま発射。あいつも防御しようとしてたみたいやけど、普通に貫通したわ。
耳障りな絶叫がうるさい。耳をふさいでも入り込んできよる。迷惑なやつは死に際まで迷惑なんやね。素直に往生せい。
『馬鹿なァ!?』
「関西弁糸目キャラは強キャラ。そんな事も知らなかったん?」
俺は普段閉じている双眸を開いて、全身から圧力を発し始めた。
それは先程まで漂っていたものとは根本から異なる強さで、糸目キャラが開眼した時の迫力にふさわしい。実はこの覇気ハリボテなんやけどな。開眼シーンの衝撃を強くしよ思うて頑張って習得したんや。
「来世があったら君も目指すと良いで」
やつの足元から巨大な火柱を召喚して丸焼きにした。水の中にいたから耐性あるかなと思って、結構な火力にしたけど過剰だったっぽい。その場には炭も残らんかった。首を持ってくって話、違えちゃったわ。
あたりには静寂が満ちている。あれのお陰で他の魔物は村周辺にいないようやね。これならご老人も安心やろ、と考えたときに思い至った。
いくら田舎の村でも一人でやっていけるはずがない。最後の一人になってしまった彼は、どっちにしろ村を去らねばならないのだ。
傍から見ただけで愛着を持ってそうだったから、出来れば住まわせてあげたいけど。流石に老人ひとり放置していくわけにもな……。
「ままならんわ」
はぁ、と吐いたため息は重かった。
◇
「ありがとうございます」
「お兄ちゃんありがとー!」
「ありがとうございます!」
「本当にありがとう!!」
「お、おう」
誰や??? 肩を落として村に戻ったら見知らぬ人に囲まれたんやが。しかも口々に感謝を伝えてきよる。人の波の向こうにご老人が居った。すまんよ、と呟いて人並みをかき分ける。
「どちら様方?」
「この村の住人です」
「黄泉の国から戦士たちが戻ってきたんか??」
話に聞いていた限りだと彼らは魔物の生贄に捧げられたんじゃなかったんか。見たところ元気いっぱいそうやけど。
俺は抱きついてくる少年少女を引き剥がしながら、ご老人に疑問が詰まった視線を向けた。
「どうやら旅人さんが魔物を倒したときに開放されたようです」
「えぇ?」
食われたんじゃなかったのか……。
しかし周りには人の気配なんてしなかったけどなぁ。強キャラと言っても最強と名乗れるかは自信がない。だから、絶対に俺が気配を感じ取れないはずがないと断言することが出来ないんだけど。
しばらく話を聞いていたら、村の皆様はやつの根城であった洞窟に閉じ込めていられたらしかった。そこは魔法で外に出られないようにされており、俺が倒したことで魔法の効力が失われ、脱出出来るようになった。
巣穴は湖からなかなかの距離があったようで、俺が気配を感じ取れなかったのも納得出来る。
けどどうして食われなかったんやろ。と考えたときに、モグラには餌を溜め込む習性があると思い出した。もしかしたらそのために生き延びられたのかもしれない。
「本当に、ありがとうございます」
ご老人はそれ以上言葉が出ないようで、深く深く頭を下げてきた。前世の価値観からすると年長者に頭を下げさせるのも胸が痛むので、「感謝されるほどのことでもないで」と頭を上げさせた。
「泊めてもらったお礼やから」
「それでも……本当に、どう感謝すればいいか」
「頑固やなぁ」
ちょっと困った。瞳の奥に絶対お礼してやるぜという強い意思を感じる。俺は宙に視線を漂わせて、軽く頬を掻いた。
「……あー、だったらこの辺の観光名所教えてくれへん? 仕事でこの国に来たんやけど、無くなっちゃったから旅しとるんよね。少し前に来たばかりだから地理とか知らんねん」
「私は村から出たことがないので、詳しいことは分かりませんが――」
と彼は自分の村にまで噂が来るほどの街のことを教えてくれた。運の良いことに、かなり近くにあるらしい。まぁ近くにあるから噂が来たのかもしれないけど。
それから数日、ご老人のお家に泊めさせてもらって、そろそろ休憩も良いだろうとなった頃。俺は彼に別れを告げていた。
「じゃあお暇させてもらうわ。お世話になりました」
「貴方のことは決して忘れません」
「ほんとに律儀やなぁ」
思わず苦笑してしまう。今までの人生でこれほど感謝されたことは、覚えている限りでは無い。だから気恥ずかしいのだ。
誤魔化すように手をひらひらと振って、なお抱きついてきた少女の頭を撫でた。……君なかなか強情やね。俺は出てくの。付いてきちゃあかんで。
一人でどんぐりの林を抜ける道を歩いていく。背中の方からは色々な声をかけられているが、振り向くのは恥ずかしい。
ハードボイルドなことに定評のあるジル君はクールに去るで。立つ鳥跡を濁さず。黙って歩き去っていくのは西部劇とかでも良く見る格好良い動きや。
林を抜けると気持ちのいい風が吹き付けてきた。見上げれば空は高く晴れ渡っている。自由に行く雲のように、この世界を満喫しよう。
そのために関西弁糸目キャラになったんや。俺の冒険はここからやで!
関西弁糸目キャラに憧れた馬鹿の話。 音塚雪見 @otozukayukimi
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