なんか静かやね
だいぶこじんまりとした村やね。住人も五十は居らへんやろ。足元に落ちている落ち葉の様子を見ると、大人数が出入りしているようにも思えん。
俺はガサガサと音を立てながら歩いていた。
「おや、お客さんが来るとは珍しい」
声をかけられた方向を見てみると額に深い皺を刻んだおっちゃんが立っている。身長が低いから腰が曲がっとんのかなと思ったけど、案外しっかりと真っ直ぐやった。双眸には力強い光が宿っていて、いわゆる覇気的なものを感じたで。
「どうも旅のものです。歩き通しで疲れとるから、しばらく泊まっていこうかなと思て。ここに宿みたいなのってあります?」
「うーん……なかなか外から人が来られませんからなぁ。そのようなものは残念ながら」
あらら。ご老人は眉を下げて首を捻った。俺もつられて捻ってしもたわ。
別に今すぐ休まなきゃ死ぬとかいう状況でもないけど、人として休みたいという欲求はある。
「ですが私の家などはどうでしょう。広いわけではないですが、貴方一人をお泊めする程度であれば大丈夫かと」
「お、本当? ありがたいわ」
落胆を隠さず肩を落としていると、彼はそう提案してきた。当然ありがたく乗っからせてもらい、ご老人のお家にお邪魔することになったで。小さい村やし相応のお家やろな、と思っとったら存外大きい。これって村長クラスのものやないか? 周りと比べても大きいし。
「どうぞ」
「お邪魔します」
歴史を感じる扉を開くと、中から漂ってくるのは枯れ草の匂い。どうもベッドのようやね。森の賢者に弟子入しとったときは地べたに寝てたから、コレだけでも十分やわ。というかこの世界では普通やし。
きょろきょろと見渡しているとご老人は苦笑して、「そう面白いものはありませんよ」と呟いた。あかん、珍しくて失礼してしまったわ。
俺は軽く頭を下げると彼に案内された部屋に入る。応接間的なもののようで、さっきはなかった調度品がチラホラと見えた。なんだか緊張するわ。
「さて」
荷物もなにも持たずに国外逃亡してるから、下ろす必要のあるものはない。部屋の扉を閉めようとしていたご老人に振り返って、俺は一体なにをすれば良いのかと尋ねた。
「いえいえ、お客人に頼み事をしようなどとは思っていませんよ」
「嘘こき。小さな村やけど流石に静かすぎるやろ」
村に入ってからこのご老人以外の人間に出会っていない。夜やったらおかしくないと思うけど、今はお日様がばっちり照らしとる。そんな中で話し声の一つも聞こえないなんて不自然すぎるわ。
そしてまるで俺を待っていたかのように立っていたご老人。村に繋がる道を前に仁王立ちしとったんやで? これで何もないは嘘やろ。
「――実は、ですね」
その質問を皮切りに、彼は仮面が外れたように表情を変えた。恐怖に満ちとる瞳やった。それでも奥に眠る光は覇気を宿しとるんやから、大概大物やね。
ご老人の話をまとめると、この村には魔物が巣食っとるらしい。わかりやすく言うとヤマタノオロチみたいのがいて、これまた定番の生贄を求めているとか。一般的な農村に強い魔物に対抗できるだけの武力はあるはずもなく、粛々と受け入れたんやって。
そんで万が一村を訪れたやつにバレないように、話ができないように呪いをかけられた。なんで今は答えられているかと言うと、その魔物はそこまで呪いに精通しているわけでもないらしく、質問されたら答えられる程度の強さだったのだと。
んで気がつけば村にはご老人一人。
「俺は魔物を討伐すれば良いんか?」
「いいえ! あいつには誰も勝てません! 村一番の勇者と謳われた元冒険者も殺されたのです! 見たところ貴方は冒険者でもありません。まさかそんなお願いをしようなんて……」
思っていません。
そう呟く彼の目元には涙が輝いていた。
ただ自分は村から出られないので、彼の魔物の存在を広めて討伐隊を集めてもらいたいのだと、ご老人は喉を震わせる。生贄は一週間に一人のペースで要求されるために自分は生き残れないだろうが、あいつが倒されるのであれば本望であると。
「なるほど」
じゃあちょっくら倒してくるわ、と俺は手をひらひら振った。話を聞いていなかったのかと叫ばれたけど無視。
ご老人が縋り付くように袖を掴んで止めてきたのを優しく振りほどいた。
「俺、これでも強いんやで? 関西弁糸目キャラは強キャラ、これ豆な」
「しかし……!」
「任せとき。ちょちょいのちょいや」
指を一本立てて宙を掻いてみせる。ひょうきんな関西弁使いは強キャラ。古事記にも書いとる。というか関西弁なら大体のものが強くなる要因となるわ。
やがて俺が聞かないと見たのか、彼は腕を下げた。まるで死地に赴く息子を見送る親みたいな顔しとるやん。死ぬつもりまったくないんやけど。あっ、そんな「無事に帰ってきてくださいね……!」なんて言わんといて。死亡フラグになるから。
強キャラは逆に死亡フラグに弱いねん。じゃんけんにおいてのグーとチョキみたいな関係や。相性が悪いんやね。
家を出てもしばらくは心配そうに見送ってくれたご老人。彼は魔物の元まで連れて行こうかと言ってくれたけど、脚が震えるのを確認して断らせてもらった。トラウマになっているであろう存在の元まで案内させるほど鬼畜じゃないで。
俺は村に来るときとは真反対の道を進む。こっちは人の通りが比較的多いのか、踏みしめられて明らかに道らしくなっていた。領域を確定させるために小さな柵まで設置されとる。
そのまま二十分くらい歩いたかな。大きな影が見えてきた。結構前から魔力の波動を感じていたけど、それに見合う巨体やね。これはそんじょそこらの冒険者じゃ太刀打ちできないやろなぁ。
『新しい生贄か? まだ約束の時までは時間があるが……』
その見た目はドラゴンとは呼べない。強いて言うならミミズとモグラの合いの子。それで知性溢れてそうな目をしてるんやから笑ってしまうわ。
木に囲まれた湖の中に半身を浸してこちらを睥睨する姿は、なるほどなかなかの威圧感だと頷けるもの。しかしその様相でなぜ湖に……?
「安心安全のジル君運送やで。お代は君の命でいいけど、一括払いでええかな?」
『ほざけ。叩き返してくれるわ』
アイスブレイク代わりに俺がウィットに富んだジョークを披露してみたら、怒らせてしまったのか空間が軋むような圧力が増した。モグラみたいに小さな目をひん剥いとる。草生えるわ。
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