ゴキブリを好きになる方法と君が僕を好きになる方法は違う
乙彼秋刀魚
イジメを受ける君
突然だが、君はゴキブリが好きか?
ちなみに僕は超がつくほど大っ嫌いだ。
そんな君も、いや多くの日本人は嫌悪していると言えよう。
理由は様々だ。あの予測できない動きが気持ち悪い、カサカサと動く音が気色悪い、シンプルに汚い、などなど数えきれないほどのゴキブリアンチコメントが挙がる。
しかし、僕にかかればこの「ゴキブリがキモい」という「固定観念」を「ゴキブリは可愛い」という「固定観念」に変えることができる。
もしそうなった日には、ペットショップにゴキブリが追加され、ハムスターと同様の扱いを受けるだろう。
ゴキブリ駆除関係の会社は世の中に需要がなくなることや、世間からのバッシング、罪悪感などで倒産するのだろう。
そう、僕は生まれつき特殊な力を持って生まれた。それも使い方によっては世間の崩壊を招ききれない力。
……僕の持つ特殊な力、それは人の固定観念を変えることができる力なのだ。
幼少期よりこの力を保持していた僕だが、常に力に関心をおぼえず、至って普通の生活を送っていた。
しかし小学校卒業、中学校入学を境にとある理由から心境に変化が現れた。
誰しもなる病、厨二病を患ってしまったのだ。
そして僕のブラックヒストリーの一章が開幕した。
今となっては謎だが、当時の僕はとにかく他人とは違うことに憧れていた。
他人と違う自分に、自分の力を使えばなれることに気づいた僕は、ついに力を解放してしまったのだ。
それは印象深く残っている。なぜならそれが最初で最後の力を使った時なのだから。
その内容とは……
「
思い返すだけで顔から火が出るほど恥ずかしい話だ。
何が一番イケメンだよ……。
それからしっかりとその固定観念は適用され、朝学校に登校すると赤面した女子が黄色い声を上げ、それまで僕に関心の一つも示さなかった男子も不自然なほどに話しかけてくる。多い時には一週間で10人に告白され。
それはもう優越感に浸っていた。
今ではそれも恥ずかしいがまだマシだったのだろう。本当にやばいのはこれからだ。
ある日街行く人に必ず二度見されながら、ただ目立つそれだけの為に都心をふらついていた。
すると突然、僕に芸能界へのスカウトが入った。目立つのを望んでいた僕はそのスカウトマンの事務所に入り芸能界へデビュー。
カッコ良すぎる中学生として、番組から引っ張りだこ。瞬く間に日本中、更に世界中に広がり世界にファンを作った。
それから、ハリウッド女優からラブレターを貰ったりした。
浮かれていた、めっちゃ浮かれていた。
そしてついに悪運が回ってきたのだ。
僕は過激なファンによって誘拐されたのだ。
この通り助かったものの僕はたくさんのトラウマを植え付けた。
それから僕は懲りて、事態を収束させ。世間から黒川心の名を忘れさせた。
そして現在に至る。
現在、僕は「普通の高校生」として日々の平穏な生活を志している。
◇◇◇◇
「ぐすん……ぐすん」
涙をポロポロ流し机に伏せ込む少女、
彼女の伏せ込む机は油性ペンでぐちゃぐちゃにされている、そして彼女の教科書はびしょびしょになり汚臭を放っている。
それを教室の角でくすくすと笑う、女子三人組。
3人組はゆっくり彼女の机へ歩いて行く。
「あれぇ〜! どうしたんですか? 雨宮さ〜ん」
3人から爆笑が巻き起こる。
このクラスになって半年にもなるが3人の名前は未だに覚えられていない。ここは少女ABCと呼ぶことにする。
雨宮鈴はというと、僕の隣の席のに座っており、彼女らにイジメられている。
「雨宮さん? ダメじゃない、こんなに机を汚しちゃ」
いじめられている人の気持ちはよくわかる。
僕も似た経験をしたことがあるからだ。
しかし、クラスメイトはいじめられているのは皆わかっていても、誰も口を挟んだりはしない。皆、自分もイジメの対象となるのを恐れているからだ。
腹が立つ、人を蔑めて楽しむなんて誰も得をしない。ただ自分の欲を解放したいが為にイジメているだけ。まるで過去の僕のように。
僕の能力では助けることはできない。例えばイジメはしてはいけないこと、という固定観念を作ってみる。
しかし効果はないだろう。なぜなら、もとより僕らはイジメはしてはいけないという固定観念があるからだ。
ダメだとわかっていてやる。それを含め楽しんでいるのだろう。
「もう、やめて……」
雨宮は出せる精一杯の声を振り絞ってボソッと呟く。
「えっなんつった?」
それを嘲笑する少女ABC。
そろそろ僕の堪忍袋の尾が切れる。
こんなこと言っちゃ今のジェンダーの世の中に反するかもしれないが、女子3人にならば殴り合いで負ける気がしない。
「なあ、お前らちょっとやりすぎたぞ!」
我慢できずに咎めてしまう。どうやら僕と平穏は相性が悪いらしい。
3人はそんな心をギロリと睨みつけた。
「は? あんた何? きっも」
「私達はただ雨宮さんと仲良くしてるだけ! ねっ? 鈴?」
「………」
頭のおかしい連中だ。
これのどこが仲良くというのだ。
「仲良く? イジメてるだけだろ!」
遠回しにせず率直に言う。
「あのね! だから私達は……」
「うっすぅ、あきこいるか?」
扉が開き180cmくらいの身長に派手な金髪をした男が現れる。
そしてそいつに気がついた少女Aはそいつに駆け寄り一言。
「つよしぃ〜。あんね、あいつが私達のことイジメてくんだけど」
少女Aは見るからに軟弱そうな心を指差してそう言った。
少女Aはニヤニヤと僕を見つめる、その男もまた似た笑みを浮かべている。
「絞めちまえばいいのね」
少女Aは不快な笑みを浮かべながら大きく首を縦に振る。
それを確認した、いや確認する前に男は心に向かって歩む。
「あんま調子こくな」
そう言うと男は僕に拳を振りかざした。
最後に見えたのは口元を抑え見下すように笑う少女ABCとその犬、そして涙で顔がぐしゃぐしゃになった雨宮さん。
突然景色は暗くなり、
場面は変わった……。
目が覚めると、至近距離に雨宮さんの顔が写った。そして後頭部に何かふわふわしたものを感じたので、まさか膝枕! という憶測を胸で膨らませたがすぐに違うとわかった。
布団にシーツ、その周りを囲むカーテン。僕は保健室のベッドにいるのだ。
「大丈夫? 黒川くん?」
優しさに包まれた声が聞こえてくる。
声の先からは雨宮鈴が心配そうな顔をして心を見つめる。
「大丈夫だよ、雨宮さんこそ大丈夫なのか?」
暖房の効いていない部屋で寒さを感じ、布団を肩まで被せる。
「……私は大丈夫だよ……」
「……まったく、酷い奴らだな、きっと雨宮さんが可愛いからって嫉妬しているんだ」
すると雨宮鈴は顔を赤くして、落ち着かない様子で小さく呟いた。
「…………黒川くんだって……」
しかし、悔しくも心の耳にその言葉が届くことはなかった。
「え? 今なんて?」
「何でもないよ」
イタズラっぽい顔で鈴はそう言った。
心はポカンとした顔で、特に意味もなく笑った。
「雨宮さん。僕は君の味方だからね?」
「嬉しいけど、それじゃあ黒川くんが……」
「大丈夫、ワンパンチで気絶した僕が言えないけど、これでも丈夫な方なんだ」
殴られてぷくりと腫れた右頬を摩りながらそう呟く。
「そうなの……あ、ありがとう」
その言葉を最後に二人の間に沈黙が続いた。しかしそれは二人にとって悪いものではなかった。
◇◇◇◇
次の日になって、雨宮さんを救う為に今日も女子3人組を咎めた。
そして慣れたようにあの男に絡まれる。
成功する人生も辛いが失敗する人生も辛い。
僕は男にタイマンを挑んだ。
背後にはニヤニヤした女子3人と力強く手を握る雨宮さんがいた。
固定観念を変え、僕を殴ってはいけないようにすれば良いと考えたが、それは違うと思う。それでは何の解決にもならない、僕も成長できない。
長い長い殴り合いは
心に軍配が上がった。
男は惨めにも逃げ去っていき、そね後を追うように少女ABCは逃げて行く。
それを見届けると、地面に倒れ込んだ。
そして冷たい地面へ狙ったかのように雪が降ってくる。
鈴は泣きながら心の元へ走って行く。
仰向けに倒れた心は笑っていた。
「雨宮さん。僕、勝てたよ」
「……ありがとう、ありがとう」
初めて経験したかもしれない、本気でするということ。こんなにも疲れるのか、こんなにも清々しいのか。
雨宮さんは涙を拭った。
心の顔に雨宮さんの顔が近づいてくる。
僕の唇に何か柔らかいものが触れた。
雨宮さんは僕から顔を離し、顔を赤面させ、こう告げた。
「黒川……好きです」
僕は知らなかったこの感覚を、胸の鼓動が全身に広がって落ち着かない、でも苦しくはないこの感覚。
10人に告白されても、ハリウッド女優からラブレターを受け取っても感じたことのないこの感覚。
雨宮鈴は可愛かった。
ゴキブリを好きになる方法と君が僕を好きになる方法は違う 乙彼秋刀魚 @otukaresan
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