【ショートストーリー】老画家が失って、初めて得たこと
藍埜佑(あいのたすく)
【ショートストーリー】老画家が失って、初めて得たこと
かつて、小さな村に老いた画家、ルーサスがいました。
彼は生まれてからずっとこの村で過ごし、毎日のように絵を描いていました。
彼の作品は豊かな色彩、荒削りな筆致、そして地元の風景や人々を巧みに描いたもので、村人たちは彼の作品をとても愛していました。
ある日、ルーサスは突然、絵を描くことができなくなりました。彼の右手が麻痺し、もはや筆を持つことすら困難であることを彼は悟りました。絵画は彼の人生そのものであり、それが奪われた過酷な現実に、彼は深い絶望に陥りました。麻痺の原因は判らず、ルーサスはすっかり塞ぎこんでしまいました。
村人たちはルーサスの悲しみを見て心を痛めました。一人の少年、ベンは特に彼を励まそうと思いました。ある日、ルーサスの家のドアが優しくノックされました。
「ルーサスさん、僕です、ベンです。話し相手になれるかもしれません」
と、少年が恐縮しながら言った。
「ああ、ベン君か。ここにいるよ」
私
ルーサスは彼に挨拶しながら答えた。彼は小さな身体をぎこちなく曲げて頷いた。彼の笑顔はルーサスの心を照らした。それから彼は私の作品についてたくさんの質問を投げかけてきた。
「あの絵はどんな思いで描いたんですか?」
「この絵のモデルは誰ですか?」
「この色を選んだ理由は何ですか?」などなど。
それらにひとつひとつに、ルーサスは記憶を掘り起こしながら答えていった。
そしてある日、ベンはルーサスに一つの提案をした。
「ルーサスさん、どうせなら、村の広場で展覧会を開きましょう。あなたの素晴らしい作品をもう一度皆に見てもらいましょう」
「いや、でも私はもう描くことは……」
言いかけたルーサスを、ベンは小さな手を挙げて遮った。
「それは分かっています。でも、ルーサスさんが今までに描いた絵はたくさんあるじゃないですか。それを皆に見てもらうことで、あなたの作品がどれだけ素晴らしいかを改めて皆に知ってもらいましょう。」
ルーサスは深く息を吸い込み、ややためらいながらも頷いた。ベンの眼差しは真剣であり、彼の提案には村人たちへの想いと尊敬が込められていた。
ベンは村中を回り、ルーサスが描いた絵を一つずつ集めて回りました。そしてそれらを村の広場に展示し、村中の人々に見てもらう展覧会を開催しました。
ルーサスも広場に連れてこられ、自分の描いた絵が展示されているのを見て、深い感動を覚えました。それぞれの絵からは、彼が描いた人々や風景への愛情が伝わってきました。そして、村人たちが絵から得た喜びや感動も彼に伝わりました。
その時、ルーサスは気づいたのです。
彼が失ったのは右手で絵を描く能力だけで、作品を通じて人々と心を通わせる能力は失っていなかったことを。最も大切なものは手ではなく、心と情熱だったのだということを。
その日以来、ルーサスは右手ではなく左手で絵を描き始めました。以前よりも荒削りで、さらに色も少ない作品ばかりでしたが、それでも村人たちは彼の新たな作品を温かく受け入れてくれました。そしてルーサスは、自分が失って初めて気づいた大切なものを通じて、新たな人生を歩み始めたのです。
(了)
【ショートストーリー】老画家が失って、初めて得たこと 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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