26話
「ヤーマン、タイト。額に皺寄せてばっかりじゃ、額に迷宮ができちまうぜ? たまには飲んで忘れようぜ!」
酒場でタイトへの土産の酒を見繕ってもらい。
さらにジャンゴの推薦の酒を幾本か手に。
あなたたちはタイトの宿舎へと押しかけていた。
「ジャンゴに、あんたか」
タイトの宿舎は特になんと言うこともない宿舎だ。
集団の頭目とは言え、特別な待遇というわけでもないらしい。
美女を侍らせているということもなく、宿舎は男所帯。
なんなら、ジャンゴとタイトの宿舎は同じだった。
仲がいいとは言え、男女で宿舎を分けることはしているようだ。
「今日はリラックスして酒を飲みつつ、嬢ちゃんにサイキックの深淵と人間の可能性の深淵について教えてもらおうと思ってな」
「あっさりと言うことではないぞ」
「まぁ、大した違いはないんじゃねえか? 深淵とかそんな深くないない。オンタリオ湖くらいしかねぇだろ」
「でかいでかい」
「スペリオル湖よりは小さいだろ」
「たしかにそうではあるが。ポール・バニヤンかおまえは?」
ワハハハ、とジャンゴが笑い、適当なことを言う。
オンタリオ湖とかスペリオル湖とか、聞いたことはないが。
なんせ湖だ。間違っても水たまりではない。結構な規模の水源だろう。
それを深くないと言い切ってしまうあたり、かなり適当なことを言っているのが伺える。
「まぁ、いい。それで、なんの用だ」
サイキックの深淵と人間の可能性の深淵を知りたい。
あとガードが緩くてヤらせてくれる娘の情報について聞きたい。
「落差があまりにもひどい」
タイトに嘆かれてしまった。
しかし、どちらもあなたが欲している情報には違いない。
「そうか……まぁ、知りたいと言うなら教えてやろう。サイキックソルジャーの由来を」
どちらかと言うと、後者の方の情報が先に聞きたい。
もちろん前者の方も知りたいには知りたいが。
そっちを聞いてから後者の情報を聞くのはなんか申し訳ないというか。
って言うかなんなら、前者の方は話が長くなりそうだ。
そうなると、前者の話をすると話した方も聞いた方も疲れていて後者の話を忘れそう。
なので、最初にガードが緩くて押せばイケる子について知りたい。
「…………ナルシスト四天王は自己愛が極限に達しているので、その自己愛を肯定すれば楽勝だ。ダブルチョロインとのウワサだ」
なるほど、テトとクリーブか。
たしかにあの2人は押せばいけそうだ。
しかし、残る2人は面識がないのだが。
「ナルシスト四天王は男2人女2人だ。トウミギとドロソフィリアがいるが、どちらも男だ。自分のことを世界で一番カッコいいと思っているし、世界で一番イケメンだと思っている」
カッコイイとイケメンは同じ意味では?
「同じ意味ではあるが、ニュアンスが違う。男受けする男と、女受けする男のカッコよさは違うものだ」
なるほど、そう言う。
なんとなくその辺りのニュアンスは理解した。
さて、テトとクリーブは押せばイケるとなると。
やはりちゃんと迫って抱かねば無作法と言うもの。
エロいことに興味津々なのに自分から言い出せないなんてかわいそうだ。
ここはひとつ、先達であるあなたが指導してやらねば。
「ワハハハ、性が乱れる乱れる。ワハハハ」
「笑いごとじゃないぞ、ジャンゴ」
タイトが深々と溜息を吐く。
さて、お疲れのところ申し訳ないが。
次に聞きたいのはサイキックの深淵なるものだ。
人間の可能性の深淵とやらも知りたい。
「ふん。ならば教えるとするか。サイキックの深淵、サイキックソルジャーの由縁を」
言いながら、タイトが自身の横側あたりを指差した。
そこになにかあるのかとあなたが目線をやるも、何もない。
魔力的にもなにかあるというわけではない。
いったいどういう意図のジェスチャーだろうか?
あなたがそう訝っていると、あなたは強烈な力の発露を感じた。
魔力ではない。おそらくはサイコパワー。サイキック能力だ。
そのサイキックパワーの発露は見る間に高まり、この世に像を成すほどとなる。
召喚魔法に近い種別の力の顕現。
この物質界に像を成すパワーの結晶体。
それは人型を形成し、この世に固着する。
「むほほほ、えっちですね~! たまりませんね~! むほほほ!」
それは手に本を持っていた。
あられもない姿の少女が描かれた本だ。
それを血走った野獣の如き眼光で読み耽っている。
黒髪に黒目の、整った顔立ちの美女だ。
顔立ちの造詣が、タイトによく似ている。
タイトの姉とか妹とか、そう言う血縁を感じさせる顔立ちだ。
「えっ! な、なんだ! 何事だ! どうして私はタイトの宿舎にいるんだ!?」
思わず全員がその美女を見ていると、その美女がこちらに気付いた。
やはりと言うとかなんと言うか、『トラッパーズ』のメンバーであるらしい。
「おいおい、タイト。なんでわざわざコイツなんだ。よりにもよって」
「適当にやった。誰でもよかった。今は反省している」
タイトは自分の顔を手で覆って、嘆くように溜息を吐いている。
嘆きたいのは突然呼び出された美女の方だと思われるが。
「おおおおい! タイト! なんで私を呼び出した! 危ないだろうが!」
「その点についてはすまなかったと思っている……だが、あまりにもあまりな姿を客に見せつけてしまった俺の気持ちにもなれ……」
「こっちのセリフだが! 私だって客の前で堂々とエロ本読むわけないだろ! プライベートな時間に自室で読んでたんだぞ! それを突然呼び出したのはおまえだ!」
「それもそうか……すまん、俺が全面的に悪かった」
なんだかよく分からないが、これがタイトのサイキックパワーと言うことだろうか。
仲間の強制召喚……それも当人に悟らせないほど高度なもの。
「すこし、違う。だが、魔法的種別で言えば召喚のそれに類別されるのだろう」
魔法における召喚魔法とは、そこにないものをこの場に現出させることを言う。
そのため、別次元からモンスターを呼び出すことも召喚と言うが。
そこにはない水を創り出す魔法も召喚魔法に類別される。
タイトがそのように含みのある言い方で断るとなると……。
もしや、この美女は今創造されたというのだろうか?
「今ではないがな。この変態は
「剣埼皐月です……キミ、可愛いね? 名前なんていうの?」
あなたはサツキに名乗りつつ、あなたも綺麗だねと答えた。
そして、綿の手袋を纏った手を握り、仲良くしたいなとも。
よかったら、今晩自分の部屋に来ないか? そのように申し出た。
「げ、ゲイリィ――――――!」
「うわぁ! 汚ぇ! なんだこの汁!」
サツキの耳からなんか緑色の液体が溢れ出して来た。なんだこの汁!?
人間が出していいものなのだろうか、これは。
今までちょっとお目にかかったことのない現象だ。
「す、すまない。心配はいらないよ。これは
「初耳だぞ……なんだ、提督汁って……」
「提督から排出される汁だ。無害なので安心するといい」
「提督ってなんなのかと言う疑問が出て来るワードだな……」
「提督汁を排出する存在だ!」
「世の提督の名誉をことごとく穢してる気がするが大丈夫か?」
「ホレーショ・ネルソンや
「国際問題になりそうなことばかり言うなコイツ……」
『トラッパーズ』の例に漏れず、相当エキセントリックな人物らしい。
提督汁とか言うわけのわからない代物を排出したりするし。
「この変態はさておいて……俺はサイキック能力により、人間を創造することが出来る。個々に細分化されたサイキック能力により、個々人の能力はまちまちだがな」
そんなことが可能だとは……いや、不可能ではない、のか。
以前、アルトスレアのオベルビクーン伯ことジル・ボレンハイム。
彼、あるいは彼女はサイキックで自分の分身を創造していた。
時間制限があるし、当人と同じ容姿と、やや劣った能力を持っていたが。
そのように人間に類するものを創造することは不可能ではないのだろう。
しかし、肉体はサイキックで創造されるとしても。
人格はいったいどこから出て来ているのだろうか?
これほどエキセントリックな人格、どこから引っ張って来ているのか謎だ。
「……俺が創造した人間は俺から生まれている。俺の内面に内在している要素を抽出し、それを軸に自我が構築されているはずだ」
つまりなんだろう。
この提督汁を排出する変態は。
元はと言えばタイトであると。
「………………………………………………そうだ」
物凄く長い沈黙の末、タイトが頷いた。
認めたくなかったらしい。あなたも同じ立場だったら認めたくない。
「使えば使うほどに変態変人が湧いて出て来るので、俺の人格が分裂し過ぎているということもあるのだろうな。最初期に創造したアクアやティーはあの通りだ」
タイトはやや無感動気味な性格だと思っていたが……。
もしや、多数の人間を創造している後遺症、ということだろうか……。
「可能性はある」
なんともまた驚天動地の事実と言うか……。
しかし、そうだとすると、もしや……。
『トラッパーズ』のメンバーは、全員……?
「そうだ。『トラッパーズ』のメンバーは全員、俺のサイキックにより創造された。俺と言う個、その総体が成す群体である」
100人を遥かに超える、超大人数の冒険者チーム。
そのすべてが、一個人の能力によって創造された存在……。
あまりにも信じ難い事実にあなたは思わずめまいを覚える。
というか、『トラッパーズ』はかなりの女所帯だ。
男のタイトから創造されたなら、男の方が多いのでは?
「その点は俺にも計り知れない部分があるが……あんたは自分が女であるという自認を、どこに由来して持つ?」
そう問われ、あなたは首を傾げた。
自分が女であるという自認を、どこで持つか。
それはまぁ、当然と言うべきか、肉体では。
やはり乳房があり、男性器がなければ女だろう。
あんまり深く考えたことはなかったが、それが自然と思える。
「だろうな。それと同じように、俺は自己の認識として男性であるがゆえに男性であると理解する。この肉体に由来してな。つまり、男性的人格は肉体に付随すると言っていい」
逆を言えば、それ以外の部分は女性的、あるいは無性であると?
「そう、なのだろうな。俺が男であるがゆえに、男性的な人格部分は非常に切り離し難い、のではないだろうか」
なるほど、まぁ、理屈としてはわからんでもない。
人格を自由に切り離してしまえるとして。
あなたがあなたらしくある人格を可能な限り残そうとした場合。
あなたは女であるがゆえに、男性的な部分を切り離すだろう。
タイトはそれと同じように、女性的な部分ばかり切り離す。
それゆえに、それを軸に創造された人間は女になる……理屈としては納得できる。
「ともあれだ。俺はそのように、人格を細分化し、切り離し、それを核に新たな個を創造した。単一でありながら群となった」
だから、あんなに仲が良いのだろう。
そして、自分だからこそ欲情しないのだろう。
自分自身の手足に欲情するやつはあんまりいない。
全員が清い身な理由がなんとなく分かった。
「単一の個人でありながら、超絶のサイキックにより群体となり、軍団を創造する。まさに、超能力により絶対の戦闘力を発揮する兵、サイキックソルジャーであった」
サイキックソルジャー。
先ほどもタイトが口にしていた言葉。
その言葉を、以前レウナが口にしていた。
『アルメガ』を創り出した文明が、かつて尖兵として創り出した者たち。
つまり、タイトたちは、その文明から……?
「そうだ。生命の創造ですらも欲しいままにした文明、超科学文明の寵児として、俺たちは産まれた……俺たちが『アルメガ』を追う理由でもある」
長くなるぞ、とタイトは前置きをした。
そして、語り始めた。
かつて存在した文明が産み出した者たち。
その生命の尊厳を守るために戦った者たちの話を。
いや、今もなお戦い続ける者たちの話を。
たとえ創り出されたものであろうとも。
生まれてきた意味が他人の意思によって歪められようとも。
その生命の尊厳が、だれにも自由に出来ないことを謳った者たち。
どれほどの技術で生命を操作しても。
果てのない欲望で命を組み替えても。
どんなに打ちのめしたとしても……。
その選択がすべてを変えることだけは、変えられなかった。
そして、選び、戦った。戦い続けた。
その誉れ高き戦いの記憶を。
タイトは静かに語り出したのだった。
次の更新予定
あなたはエルグランドの冒険者だ 朱鷺野理桜 @calta
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