26日のクリスマス
郡冷蔵
26日のクリスマス
私の家には、サンタクロースが一日遅れでやってきた。サンタが来るのが25日の深夜であるから、それに合わせて、クリスマスのお祝いも、26日に一日ずれていた。
理由はもう覚えていないが、子供を騙せれば十分なくらいの、子供騙しなものだったはずだ。
幼い私は、見事にそれに騙されて、皆よりも一日遅いクリスマスを、毎年楽しみにしていた。
朝起きると枕元にはプレゼントがあって、その日の夜には、サンタクロースが置いていってくれたごちそうが食卓に並ぶ。二人では食べきれないほどのチキンに、滅多に食べられないショートケーキを前に、お母さんと二人でメリークリスマスの歌を歌う。なんて素敵。
クリスマスは、一年で一番贅沢な日。楽しみにしないわけがないのだった。
けれど疑問を抱かなかったわけじゃない。
だからある年、何でもない、本当に何でもない、単なる話の流れから、私はなんとなく打ち明けていなかった我が家の一日遅れのクリスマスの話を、友達に話してしまった。なんでだろうね、って。
友達の顔には驚きがありありと浮かんでいたが、やがてそれが少し落ち着くと、友達はこの世界の真実を教えてくれた。
サンタさんってさ、親なんだよ。
だって世界ぜんぶの子供にプレゼントを贈るなんて、無理に決まってるじゃん。
お父さんとお母さんがプレゼントを用意して、夜のあいだに、こっそり置いているんだって。
一日遅れでやる意味はわかんないけど……お父さんが忙しいとかじゃないの?
なるほど。……なるほど。
驚きがなかったわけではないが、納得のほうが強かった。
当時をしてかなり昔の記憶だったが、普段何をねだってもなあなあに済ませてしまう母が、賞味期限間近のお菓子が半額なりなんなりに割引されていたときにだけ、お菓子を買ってくれたものだった。小学校に上がったあたりからは、自分の家が貧乏であることを十分自覚していたから、たとえ半額だろうとなんだろうと、お菓子をねだることはしなくなったが。
つまりは、そう。
クリスマスの賞味期限は25日までなんだ。
チキンと、ケーキと、おもちゃを安く買うために、サンタクロースは一日遅れでやってくるのだ。
惨めとか、悲しみとか、そういうものはまったくなかった。毎日毎日、節約節約の母が、それでも私にクリスマスの体験を与えてくれていたことが、とても嬉しかった。
でも、そう。
一日遅れの聖夜の夢は、もうお腹いっぱいだから。
だから、その日、家に帰った私は、母にその事を伝えた。もう次からは、普通でいいよ。いままで本当にありがとう。
喜んでもらえると思っていた。
だってもう、余分なお金を使わなくていい。
風邪を引いた母が、病院にも行かず、毎日働きに出ることも、これできっとなくなる。
けれど母は笑ってはくれなかった。
涙にむせびながら、私を抱き締めて、ごめんね、ごめんね、と何度も何度も喘いでいた。
何がいけなかったのだろう?
ともあれ、その年から、私の元にサンタクロースは来なくなった。サンタクロースが来ないから、彼が置いていってくれたというていだったごちそうもなくなった。
少しだけ悲しかったけれど、その悲しさを我慢したぶんだけ、幸せになれると思っていた。
26日の夜、母はお酒を飲んでいた。
それまで母が飲酒をしている場面は見たことがなかったから、涙と鼻水でぐしぐしの真っ赤な顔で、ごめんね、ごめんね、と呟きながらビールの缶をあおる母の姿は、かなり異様だった。
私はそれに見なかったふりをして、布団を被って目を瞑った。痛いほど寒かった。
次の年も、12月26日には、母は慟哭しながらお酒を飲んでいた。その次の年も。
その次の年の26日には、母は酒を飲んではいなかった。
かわりに首を吊っていた。
いま、叔父夫妻に引き取られた先では、腫れ物のように扱われてこそいるが、たぶんこれは、お互いに不慣れなだけだ。少なくとも夫妻に悪意はなく、行事事のときには、出来る限り盛り上げようともしてくれる。
ひな祭りで人形を出されたときは心が踊ったし、運動会も音楽会も見に来てくれたし、ハロウィンには三人で町内会のパーティーに参加した。
けれど、クリスマスのお祝いが25日に行われた今日、私はどうしようもなく泣いてしまった。
叔父は無理もないと言って、私の背中をさすってくれる。
違うの、と、私は言わない。
クリスマスは26日であってほしいなんて。
私は言えない。言えるはずがない。
私はただ押し黙り、泣き声を押し殺して、スーパーの出来合いではない、出来立てで、あたたかいチキンを口に運んだ。
とても、とてもとても。美味しかった。
26日のクリスマス 郡冷蔵 @icestick
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