光る指輪

 話を終えたあと、私はお店の外まで二人を見送った。懐かしさもあって長く話してしまっていたのか、目に沁みるような夕陽が降りてきていた。


 小さく頭を下げてくれる昔の私と同じ制服のその子に手を振ると、はにかんだ笑顔で手を振り返してくれた。


 かわいい──と思ったのも束の間、すぐに先生が車椅子を押して見慣れた車へと向かっていってしまう。


 トクン、と胸が鳴るのはきっと夕陽のせいだ。それかコーヒーの飲み過ぎできっとカフェインを多く摂取し過ぎたか。それかもしくは制服姿に自分を重ねてしまったのか。


 そのどれか、きっとそうに違いない。


 少し痛む胸を軽く手で押さえながら、車が出発するその瞬間まで待っていた。先生と会うことはこの先何度でもあるだろう。でも、なぜか今目を離せば永遠に会えないんじゃないか、そんな気分にさせられた。


 不意に冷たい風が吹きつけ髪を揺らしていく。思わず目を瞑る。再び目を開いたときには、先生がなぜか車から降りてもう一度私のところへ向かってきた。


 真っ直ぐに私を見下ろす涼しげな瞳。口元には柔らかく微笑みを浮かべて。先生は私の前で立ち止まった。


「……忘れ物ですか?」


「ああ──そうだよ」


 優しい声色。高校生のときと同じようにまじまじと先生の顔を見てしまっていた私の目の前に、先生の手が伸びると小さな箱が現れた。


「え……」


 見たことある箱だ。よくドラマでこういう──。


 先生の長い指で開けられた箱の中には、指輪が一つだけ入っていた。先生と同じ指輪が。


「えっ、えっ?」


 事態が呑み込めず動揺しまくりの私の左手を掴むと、先生はそっと薬指に指輪をつけた。私の指に。


 それが意味するところは、もう子どもじゃない私にはすぐに理解できる。


「……先生、これは……冗談じゃすまないですよ? 私はもうブラックコーヒーだって苦もなく飲めるんですから」


 先生はしゃがみ込むと、ぐっと顔を近づけてきた。そして、真剣な顔でこんなことを言った。


「もちろん。ブラックコーヒーには杏仁豆腐がお似合いだろう? 僕には君が必要なんだ」


「…………はい」


 指輪がキラキラと光っていた。それは夕陽のせいだけじゃない。私の目からこぼれ落ちた涙が指輪に当たり、私の代わりに想いを伝えてくれていた。

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ブラックコーヒーに杏仁豆腐を添えて フクロウ @hukurou0223

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