第53話 好きの呪い

 俺は天川の唇から名残惜しくも唇を離す。


「なん、で……」


 そんな彼女の疑問に応えねばならない。


「好きだから、かな」


「そんなの! そんなのわかってる! 分かってるけど!」


「けど、俺たちは一緒にはなれない」


 そんなことは分かっている。


 だからこそ、いまがある。


「それに神原さんにキスしたんでしょ⁉」


「あれは、その……恵莉奈の編集を受けるってキスだ。色々と鈍ってるのが分かったから、まずはリハビリがてらにな」


「ど、どういうこと? じゃあ、このキスは……?」


 理解がいかないという顔をする天川。


 その疑問も無理はない。俺たちは共に歩むことはできないからだ。


 でもそれはとある前提条件があるからだ。


 だったら、それを壊してしまえばいい。


「花火大会の後に作ったから、粗はひどいもんだけどさ」


 俺は手に握っていた数枚のルーズリーフを天川に渡す。


 そこにはびっしりと文字がつまった物語があった。


 彼女はその一枚一枚に目を通し始める。


「こ、これって……」


「天川のために書いた」


「そうじゃなくて、書けるの⁉」


 天川は目を見開いて驚きを露にする。


 その反応も無理はない。


 俺はずっと書けないでいて、それが理由で俺たちの関係は拗れたのだから。


「何度も吐いた。何度も頭痛でのたうち回った。何を書いてるか分からないくらい、視界も滅茶苦茶になった」


「そこまでしないでよ! そこまでして私を好きになる必要なんてないでしょ!」


「天川詩乃じゃなきゃダメなんだ」


 そうはっきりと告げた。


「天川詩乃じゃないとダメなんだって、今日気付いた。俺にはやっぱお前しかいないんだよ。だからさっきのキスは、そういう意味だ」


 本当にどうしようもないやつだと思う。


 それでも、そんな彼女が愛おしくて求めてしまう。


「その作品は天川のためだけに書いたものだ。読んでくれ」


 それはラブレター。もしくはエール。


 俺の願いを込めた二千三百四十一文字。


 七光りの呪縛も、作品批判も、天川が筆を折ったのは彼女個人を否定されたのが原因だ。


 だったら、俺に出来ることは一つだ。


 俺だけはお前のことが好きで、必要で、何があってもいっしょにいる。突き放しはしない。そう作品で伝えた。


 でも、それだけじゃダメだ。


 作品ひとつで振り払える程度の呪縛なら天川は自分一人でも跳ねのけていただろう。それくらい強い女の子だ。


 だからこそ、似たような境遇、誰に必要とされているかもわからず、自分が書く意味も見失った俺が筆を執った。必死に抗った事実が必要だった。


「なんで……私といても苦しいだけなのに。なんでそこまでするの!」


「好きだからだよ!」


 むき出しの感情をぶつけてきた天川に、俺も裸でぶつからなければいけない。


「お前といると、辛いことばっか思い出す。苦しい、最悪だよ! それでもそれ以上に天川が好きで、だから筆を執れる」


 天川が寮にやってきて、創作同好会の皆とまた触れ合えた。楽しい思い出も作れた。


 もう一度陽だまりに戻るきっかけをくれて、すごく感謝していた。


 なにか必要だったのだ。あの場所に戻る理由が。


「俺も天川もモノを創って辛い思いをいっぱいした。でも、それは好きで塗りつぶせばいい。苦しみを感じないくらい、好きでいっぱいにすればいい、夢中になればいいんだ」


 それはひとりでたどり着いた結論ではない。


 きっと、ここまでの旅路……圭吾や恵莉奈、そして


「天川が気づかせてくれたことだ」


 その感謝を、好きの気持ちを、作品に乗せた。


「天川のご両親からいろいろ聞いたんだ」


 あのパーティーの晩の後だった。事態を知ったご両親は俺のもとに謝罪に来た。その際に聞いたのは、天川が俺を支えに頑張ってきていたことだった。


 業種は違えど同い年でデビューして、ずっと俺の作品を追っていた。精神的支えにしていた。だから、批判にも耐えられた。


 でも、俺が筆を折ったことをきっかけに、天川の心も折れてしまった。


 だからこそ、天川を救えるのは俺しかいないのだと気付いた。


 それでも俺に何が出来るだろうか。俺たちはどうあっても結びつかない運命にある。


 そう思っていたが、今日で天川のことを好きだと確信し、気付けば筆を執っていた。


 俺が書くことでしか、俺しか救えない。


 俺が書く意味がたしかにここに存在した。ずっと、俺を必要としてくれている人がいたのだ。


「戻って来いよ、ヤマユリ寮にさ。お前がいないのは……つまらない」


 俺の言葉を受けて天川はくすりと笑う。


「な、なんだよ!」


「キザっぽいのなんて、あなたには似合わないわよ?」 


「ひ、人がせっかく勇気を出したのをな~!」


「本当、最高に似合わない」


 でも、そう天川は嬉しそうに声を弾ませた。


「その不器用さが、あなたらしくてとっても好き」


 俺たちは好きの呪いで縛られている。


 すきになればなるほど苦しくて、好きになるほど嫌なとこも見つかって。


 好きの呪いに縛られて、蝕まれていた。


 でも、そんな辛さを塗りつぶせる『好き』がここにある。


 天川詩乃がここにいる。


 それがたまらなく幸せだった。


「天川、俺のクリスマスプレゼント開けたか?」


「まだ。島崎くんは?」


「俺もだ」


 ふたりで顔を見合わせる。


「じゃあ、一緒にあけよう」


「ええ、たのしみね」


 『好きののろい』を『好きのまじない』に変えて、あの日から止まっていた時がようやく動き出した。








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最後までお付き合いいただきありがとうございました!

これにてWEB版の『キスは元カノふたりで割り切れない~元カノ巨乳美少女たちに復縁を迫られています~』の幕を閉じたいと思います。

(現状WEB版しかないですけどね!)


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キスは元カノふたりで割り切れない~元カノ巨乳美少女たちに復縁を迫られています~ harao@カクヨムコン9参加中 @MSharao

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