第96話 万策尽きて……
予期せぬ事態に焦燥しながら、エクトルは元の場所に戻った。
すでに地面は先ほどの紅蓮の炎の大砲に建物ごとくり抜かれ、熔岩のようにドロリと赤くなっている。イグレシアスとミリーナの姿がない。まさか——
「イグレシアス! ミリーナ……!」
大声で叫ぶと、「ここだ」というイグレシアスの声がして、瓦礫の下から、イグレシアスがミリーナとともに出てきた。
「イグレシアス!」
「騒ぐでない……つっ……少しばかり無理をした。寝違えたみたいだ」
イグレシアスが呑気に首のあたりを押さえる。
「エクトル……」
「ミリーナ、大丈夫か?」
「私は平気。イグレシアス様が守ってくださったから」
どうやら銀の疾風は引っ込んだようだ。それにしても、あの火力をミリーナたちはどうやってしのいだのか。
「よくアレを防いだな?」
「なぁに、簡単なことよ。私は【
「ミリーナが?」
ミリーナは「え?」という顔をした。
「私じゃなくて銀の疾風が……風の力で炎を——え、なに?」
ミリーナは胸に手を当てて内なる声を聞き取った。
「今のでだいぶ消耗したと言っているわ。しばらく出てこられないとも」
「消耗? あのブリューナクは?」
「……できないそうよ。私がまだ器として未熟だから……」
エクトルは舌打ちしたい気分になったが、今は二人が無事でなによりだった。
しかし、万策尽きた。ブリューナクの一撃がないとなれば、このあとどうやってあのバケモノを倒したらよいものか——エクトルはディオスクロイを見た。すでに先ほどのダメージから回復しきり、再び白の都じゅうに大砲を飛ばす。
「イグレシアス、核が二つある。同時に破壊しなければアレは止められない」
「ふむ……それは参ったな。銀の疾風のブリューナクが使えないとなると、直接アレに近づいて核を潰すしかない」
「正攻法では無理だ。その前にあの触手にやられる」
「まあ待て、少し考えさせろ——」
イグレシアスが顎に手を当てると、タッタッタッとこちらに駆けてくる足音があった。
「エクトル!」
「カーヤ⁉ 無事か……いや、その腹の血は⁉」
「こちらは大丈夫です。すでに完治しました」
カーヤは軍神アレスに仕える神官としてすでに帰依している。大教皇に刺された腹の傷は、常人なら致命的だったが、超人的な治癒力によって動けるようになっていた。ただ、かなり血を失ったので、頭はフラフラとしていた。
「それより、あの巨大な魔物の正体を——」
「わかっている。元は双子だ」
話は早いと言わんばかりに、カーヤはコクンと頷いた。
それからエクトルは核が二つあることを伝え、同時に叩かなければ止められない旨も伝えると、カーヤはじっと考え事をした。
「あの魔物、ディオスクロイは、あの場からどちらかの方角へ動きましたか?」
エクトルはイグレシアスと顔を合わせた。
「いや、ここから見ていた限り動いておらん」
「一度倒したが、あの場から動いた感じはないな」
カーヤは「やはり」と言った。
「ディオスクロイのあの圧倒的なマナは、おそらく大聖堂から力を得ているのでしょう」
「どういうことだ?」
「大聖堂の地下には、我々神官でも立ち入ることのできない禁域があるという噂です。もしかするとそこには——」
「マナの奔流か?」
と、イグレシアスが間髪容れずに訊ねた。
マナの奔流——この世界にはマナの大きな流れがあり、それが地下を通って世界中に広がっていると考えられている。むろん、魔法使いや、魔法をかじったことのある人間ならばそれくらいの知識はあるのだが、エクトルとミリーナはさっぱり話についていけていなかった。
「ええ、その通りかと……。おそらく、この半島のマナの流れが集まっている……でなければ、あの途方もない力の源を説明できません」
「でかした! それならば私にいい考えがある!」
イグレシアスがニッと口の端を上げた。
「しかし、今のは推測にすぎず——」
「たしかに、そうでなければあれほどのマナの説明がつかん。大聖堂と聞いて合点がいった」
エクトルはちんぷんかんぷんだったが、イグレシアスが希望を見出したのを見て、こうしてはいられないと思った。
「イグレシアス、どうするんだ?」
「マナの奔流……ちょいとばかしその流れを堰き止めるのよ」
「そんなこと、できるのか?」
「ああ。私と聖女の力があればな」
「わ……私⁉」
ミリーナは驚いたように目を見開いた。
「だが、危険な賭けだ。今度こそ一回きり……まかり間違えば、この場にいる全員が死ぬ。どうだ? 賭けてみるか?」
エクトル、ミリーナ、カーヤの三人は、互いの顔を見合わせたあと、イグレシアスに向かってコクンと同意した。
あるいは厄災という名の魔女 〜元暗殺者は少女を救い、世界を救う旅に出た〜 白井ムク @shirai_muku
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