第95話 相容れぬ
なにが起きたのか、エクトルにもはっきりと見えていた。
銀の疾風が放った一撃は、確実に核(コア)の部分を貫いた——と、思われた。実際、槍が貫いたのは確かで、ディオスクロイの胴体と触手のあいだから、肉の塊を突き抜けていくのを見たし、咆哮が上がったのを見れば、相当なダメージを与えたのも確かだった。
ところが、倒れたそのあとすぐにディオスクロイから魔法の大砲がイグレシアスたちのほうへ飛んでいった。
そして、再びディオスクロイが立ち上がった。貫かれたはずの核周辺の肉がモコモコと泡を噴くように再生を始め、あっという間に元に戻ってしまったのだ。
「——残念ですが、あれではダメですね」
呆れたと言わんばかりに、エクトルのそばでイザークが吐き捨てた。
「おい、話が違うだろ……⁉」
「いいえ、合っています。核を貫けば倒せるのは確か……しかし、なにか重大なことを忘れてはいませんか?」
「重大なこと……?」
「彼らは双子ですよ」
エクトルは、はっとした。
ディオスクロイは、元は男女の双子だった。それが一つに融合し、あのようなバケモノに変わり果てたのだとしたら——
「まさか……核が二つ⁉」
イザークはニヤリとした。
「いかにも。あのバケモノには核が二つあります。それを同時に貫かなければ、彼奴は倒せません。——見てください。貫かれた肉と核はもうすでに再生しています。片一方が、もう一方の核を再生しているのでしょう」
厄介な、と思った。片方の核を破壊したところで、もう片方があればいくらでも再生してしまうのだろう。そのもう片方の核は——おそらくあの胴体の中心にある。かすかに、鼓動のような光が内側から見えた。
こうなれば、同時に二つの核を破壊するよりほかはないのだが、それがいかに難しいことかはエクトルも理解していた。
(銀の疾風にもう一度アレをやってもらい、あとは——うまくいくかどうか……)
方法は一つしかないとわかりつつも、銀の疾風の切り札と言うべきブリューナクが、もう一度通用するかどうか——手がないというよりも人手がほしい。あと何人か、精鋭と呼ぶべき人員がいれば、事は楽に運んだのかもしれない。
エクトルは小さく舌打ちした。
「しかし、アレは予想以上のバケモノですね。せっかく焚きつけたのに、あんな醜悪な姿になったのでは、殺すのも汚らわしい」
「……なに?」
イザークの言葉をエクトルは聞き逃さなかった。
「まさか貴様……貴様がアレを起こしたのか⁉」
イザークはクックックと含むように笑った。
「えぇ、まあ……私がこの白の都にやってきた理由はアレだったので」
「なぜだ⁉」
「……? なぜ?」
「なぜあんなバケモノを起こした⁉ まさか退屈しのぎのためとは言わないだろうなっ⁉」
エクトルが感情任せに叫ぶと、イザークは目を見開いて、少し驚いた顔をした。
「いえ、いいえ……まさかそれだけのために私があんなバケモノを——」
「だったらなぜだっ⁉」
イザークは怒り狂うエクトルを見て、いかにもつまらなそうな顔をする。
「なぜもなにも、それが私の使命だったからです。ディオスクロイを刺激し、白の都を破壊せよとの命令があったからですよ」
「誰からだ⁉」
「ふむ……これは口が滑りました。——しかし、さっきから問い詰められてばかりで、これでは私が悪いことをしているようではありませんか?」
悪びれもしないイザークに、エクトルはさらに苛立った。
「貴様は知っていた! こうなることを知っていて焚きつけたんだろっ! 貴様のしたことで、多くの営みが、命が奪われたんだぞ……!」
イザークはいよいよ噴き出し、アハハハと腹を抱えて笑う。笑いすぎて涙が出ていた。
「なにが可笑しい⁉」
「そんなものは大事の前の小事! いや笑止! これからこの世界はもっと多くの血を見ることになるのに、どうしてそんなに少数の命にこだわるんですか⁉」
「ならば貴様のいう大事とはなんだっ⁉」
イザークは笑いを堪えるのに必死で、なにも応えようとしない。これ以上は無駄か。
やり場のない怒りを覚えながらも、エクトルは次のことを考えた。
かくなる上は、いったんイグレシアスたちのいる場所へ戻り、核が二つあることを伝えた上で、再度立ち向かうしかないだろう。たとえこの白の都が完全に破壊尽くされようと、あのディオスクロイとかいうバケモノを止めなければならない。
足が一歩動き出したとき、ようやく笑い終わったイザークが「お待ちを」と引き留めた。
「なんだっ⁉」
「いえ、責任を感じましてね」
「この期に及んで——」
「いえいえ、そうではありません。あなたを輪廻から外す事態になってしまった。その責任を、ちょっとばかし感じているのです。アレが出現しなかったらそうはならなかったでしょう? 聖女の騎士殿? ……それとも予定調和でしたか?」
もはやコイツと話すだけ無駄だ——そう思い、その場からエクトルは離脱した。
「胴体の核へは私が引き受けましょう!」
背中にそう聞こえたが、エクトルは無視してイグレシアスたちの元へと急いだ。
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