第94話 ブリューナク

「なんで貴様が——」

「来ますよ」


 エクトルとイザークが同時に跳ぶと、立っていた屋根が一瞬で消し飛んだ。巨大なマナの弾丸——いや、大砲だ。圧倒的な熱量の塊が直進すると、巻き込まれた建物は楕円形にえぐり取られて火災や倒壊を始めた。


 下手に動けば被害が拡大する。人が多く死ぬ。


 エクトルが舌打ちすると、イザークの高笑いが赤く染まる夜空に響いた。


「あははははっ! いくらなんでも見境がない! 本当にこの白の都を破壊し尽くすおつもりのようだ!」

「イザーク!」


 たまらずエクトルが叫んだ。


「なにがそんなに可笑しい⁉」

「……可笑しい?」


 イザークはキョトンと首を傾げたが、今度は恍惚の表情を浮かべた。


「いえいえ、嬉しいのです。この圧倒的な力……魔神とも呼ばれる十二宮の一柱の本気が見られて、ああ、ああ……本当に産まれてきて良かったと、今心からそう思うのです!」


 この異常者め、とエクトルは思った。

 この惨状を、まるで物見遊山に来たかのように面白がれる神経はいったいどこからくるのだろうか。


 しかし、アレの正体を知っていると見えて、ここはもう少しイザークから情報を引き出したいところである。エクトルは憤りを覚えながらも、


「アレは闇の軍勢かなにかか⁉」


 と、あえてこう問うた。


「いいえ、どちらかと言えば中立ですよ。」

「中立? どういうことだ⁉」

「十二宮は光と闇の争いには加担しないそうです。駒を進めることはあっても、この世界の行く末を傍観するのが彼らのルールです」


 駒——光の民と、闇の民をそう呼んだのか。まるでチェス盤を眺める観客のように、十二宮とは横から野次をとばすだけの存在なのか。


 訳知り顔のイグレシアスに細かなことを聞きたいところだが、今はそれどころではない。


「アレの弱点はどこにある⁉」

「核(コア)です。人間で言うところの魂ですね。そこを破壊できれば、アレは消滅することでしょう」


 ならば——やれることはある。


 エクトルが敵の注意を引きつけ、その隙に銀の疾風がディオスクロイの核を狙ってブリューナクを放つ。そううまくいくとも限らないが。


 これまでの状況である程度の攻撃パターンは読み取れた。


 ディオスクロイの武器は三つ——

 触手の鞭、それを束ねた攻城槌、そしてあの大砲のような魔法だ。


 それぞれ強力な武器だが弱点はある。

 触手の鞭は、切れ味鋭く変幻自在で速いが、剣で切れるほどには脆い。

 攻城槌は、一撃こそ重いが、速度は遅く簡単に見切れる。

 そしてあの大砲は、まともに受けたら消し飛ぶほどの破壊力はあるが、高い位置から遠方を狙って射出されるために屋根より上、つまり地表への攻撃はないということだ。


「さて、腹は決まりましたか?」

「チッ……手を貸せ! やつの攻撃を引きつけろ!」

「その命令口調は好みませんが、いいでしょう」


 イザークは「ははっ!」と笑いながらディオスクロイに突っ込んだ。


「あいつ……!」


 エクトルはもとよりなんの期待もしていなかったが、イザークは無闇やたらに触手の蠢く場所へと突っ込んでいった。


 避ける、避ける、避ける——


 触手はイザークを追うが、奇術師のような動きに翻弄されているように、なかなかイザークを捉えられない。


(ならば俺は——)


 エクトルは屋根から屋根へと跳びながら、ディオスクロイからの大砲を避け続けた。


(思った通りだ。あの大砲は、一度に四方八方へ飛ばすことはできない!)




 エクトルとイザークが、ディオスクロイを引きつけられているあいだ——




『そろそろ妾の出番か』


 銀の疾風がブリューナクを投げる姿勢をとった。


 そのそばでイグレシアスは、わずかでもその一撃がズレないようにと銀の疾風に瓦礫が降り注がないように守りの魔法を張り続ける。


「アレの核を狙うがいい!」

『それはどこにある?』

「胴体と触手の繋ぎ目だ!」


 銀の疾風の視力はそこへ飛ぶように目標を定めた。わずかだが、肉の塊の内側から鼓動するくらいの間隔で光っている。


『風の眷属たちよ! 我が槍に集え!』


 銀の疾風が叫ぶと、周囲に大風が起こった。イグレシアスの小さな身体は一瞬浮きかけたが、なんとか地面に脚をつき、魔法の陣を張り続ける。


 やがて銀の疾風が手にしているブリューナクに風が収束すると、碧の光を放った。


(なんと強力なマナよ……)


 イグレシアスは唖然とした。これが聖女の……いや、この銀の疾風という精霊の力だというのか。


 やがて銀の疾風は、カッと大きく目を見開いた。


『射よっ!』


 と、命令した瞬間、銀の疾風の手から槍がビュンと飛び立った。


 風を切り、触手の隙間を縫って、ブリューナクはディオスクロイのコアへ向けて、真っ直ぐと飛んでいく。


 果たして——槍がコアを貫いた。




 グオォオオオオオオーーーーーー……!




 激しい咆哮が夜空に響き渡ると、崩れるようにディオスクロイが倒れた。


「やったか……?」


 イグレシアスは魔法を解いた。

 が、そのとき——


『まだだ!』


 銀の疾風が叫んだ瞬間、土埃の中から、こちらに目掛けて魔法の大砲が飛んでくるのが見えた。


「チィ……!」


 イグレシアスは銀の疾風の前に出て、前方に向けて防御魔法を展開したが、大砲の魔力があまりにも強すぎた。


「ぐあぁっーーーーーー……!」


 抑え込むことはできない。防御の魔法が押し返されて、イグレシアスの小さな身体はジリジリと後退させられる。


「銀の疾風よっ! 器とともに離脱しろっ!」


 イグレシアスはそう叫んだが、間もなく強大な魔法に飲み込まれてしまった。

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