最終回 英雄のいない英雄譚

最終回 英雄のいない英雄譚


この世界の根幹は、五つの元素で成り立っている。


この世を温め万物を照らし糧となる物、炎。

命を育み流れ着いた命を次の命に繋ぐ、水。

世界を巡り淀みを消し恵みをもたらす、風。

豊かな大地となり生き物の支えたる母、土。

瞬く間に迸り他の元素の仲介を担う核、雷。


これら全ては均衡を保っており、時折気候が変化するのはそれらが帳尻を合わせようとしているからである。


そして。それら元素を扱う魔法を用いて戦うのが、我ら<剣士>である…。


「……もう耳からタコが出るほど聞いたのに、改めて考えると感慨深いものがあるなぁ」

「そうね…あの時は、こんなことになるなんて思ってなかったわ」


夕暮れに染まる、学園の校舎。その中のとある教室の片隅で、マガミと向かい合うように座って微笑み混じりに話す。


「……あれから、1ヶ月なのね」

「そうだね…あっという間だったよ」


大陸最北端の『名も無き墓標』で人知れず激戦を制した僕らは、その場に取り残されてしまう。唖然とする僕らだったが、レイドの提案により盾に皆で乗って風の魔法を下に放つを数回繰り返し断崖絶壁を何とか降りることに成功した。


正直、影との戦闘と同じくらい緊迫した空気だった。


地上に降りた僕らは、酷使した体に鞭打って暫し歩いた。こじんまりとした街を見つけそこの宿屋に転がり込むと、ベッドにマガミとリーン、リーシャを寝かせ僕とレイドは枕と毛布を追加で貰って床であっという間に眠りにつく。


丸一日眠り続け、翌々日の朝に学園の前までの遠距離を移動する『空風機』に乗って空の旅を堪能しつつ帰路を急いだ。


無事に学園に戻った僕らを待っていたのは、学園の理事でありベル家の現当主イーリナ•ベルさん本人だった。涙を流して全員の帰還を喜んでくれて、事の顛末を話し終えると解散になった。


レイドは飛び出して来たサーヤちゃんの待つ我が家へ、リーンとリーシャは僕を強引に連れて屋敷に戻ろうとしたが今はゆっくりさせなさいとイーリナさんに嗜められ素直に帰宅。


数日も経てばゴタゴタも収まるはずだったのだが…僕とマガミは、一連の魔物騒動の被害を受けた人達へ追悼の旅に出た。


元はと言えば僕らの問題が、巡り巡って被害を被ってしまったのだ。謝罪の一つもしなければ、申し訳が立たない。幸い、他の<剣士>の人達の頑張りもあり死傷者はいなかったが四肢の一部に甚大なダメージを負う重傷者は多かった。


責められることもあったが、殆どの人は僕らのせいじゃないと温かい言葉をかけてくれた。頭が上がらない思いだった。だから、最近では僕やマガミだけでなくレイドやリーン達も付き添いで見舞うことが増えている。


そんなこんなで、あっという間に一月が経過していたのだった。


「何だか、本当に世界を救ったのか実感が湧かないや」

「結局、あの戦いを知っているのは私達と被害を受けた人達だけだからね。影が動けなかったおかげで、魔物以外に無差別な魔法の被害も無かったし」


マガミが眩しそうに手を翳して沈みゆく夕陽を眺めながら、静かに呟く。それを見つめてから、視線を落として物思いに耽る。


心の宝玉は、あれ以来僕の手には出ていない。恐らく、僕の中に戻ったのだろう。心の奥底で、目覚めることがないように。


影と共に他の宝玉は全て消え去ってしまったが、魔道具は何一つ効果を失っていない。僕ら<剣士>の持つ、法玉もだ。今頃は、ひっそりと世界を見守っているのかも知れない。


「……ところで、ハーツはもう答えを決めたの?」

「答え?何の?」

「リーンとリーシャからのプロポーズよ」

「あ…えっと、それは…」

「…やっぱり、考えてなかったのね」


ここ最近忙しかったからといった雰囲気で肩を竦め追求をしないマガミには、ただ僕が決断力に欠けているだけとは口が裂けても言えそうにない。


「ま、その内しっかり答えを出しなさい。私も…そんなに気は長くないんだから」

「姉さん……」


フフッと大人びたマガミの微笑みは、夕陽に照らされ煌めく白銀の髪や狼の耳尾も相まって息を呑むほどに美しかった。


思わず惚けてしまう僕は、マガミに手を引かれるままに立ち上がる。


「……おぉい、ハーツ!マガミ!今日はリーン達の屋敷でお泊まり会しようって話なんだが、どうする〜?」

「ハーツもマガミも、勿論来るよね?花嫁候補の私達のお誘い…断るなんて酷い真似は、許さないよ?」

「ハーツ兄、マガミ…来てくれたら、私達すっごく嬉しいです!皆でまた、楽しくパーティしましょう!」


その時、教室のドアが開きレイド、リーン、リーシャがタイミング良く顔を出した。皆でお泊まり会と聞いては、心が踊らざるを得ない。


「勿論行くよ!一緒に行こう、姉さん!」

「えぇ…一緒にね、ハーツ!」


数歩前に出て後ろを振り返り、100年前は見送られて離れてしまった手をしっかりと繋ぎ直す。


小走りに皆の下へ向かい合流すると、思い思いに語り合いながらベル家の屋敷へ足早に歩き出した。


……誰にも語られず語るべき英雄なんていない、僕らだけの英雄譚。それは、今日もまた…僕らの心の中で刻み続けていこう。


100年先まで、残るように。


〜〜〜完〜〜〜

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英雄のいない英雄譚 燈乃つん@🍮 @283

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