第7話 真実は小説の中に
「我々も驚いています。まるで夏目さんはこれから自分の身に何が起こるのかわかっていたようだ」
太った男はハンカチで顔の周りを拭きながら私にそう告げる。最初に会った時自己紹介をしてくれたが、名前はなんと言ったかな? 土田だったか。
「私は夏目氏を殺していない。殺す理由もない」
私は感情のない声でそう告げた。確かにここに私の名前がある。それは知っていた。それは…。
「そうですよね。我々も分かっています。この小説にもあるように、最初に夏目さんに危害を加えたのは、息子の要くんです。それは既に夏目 麗華も自供しています。ただあなたはこの原稿のタイトルを最初に見たはずだ。だから名前を隠した」
「何を根拠に…」
私の声はもはや説得力のかけらもなかった。おそらく私の指紋もこの原稿から出たのだろう。私は迂闊にも素手で触ってしまったことを思い出す。
「もしかしてあなた方警察は、私が夏目氏にとどめを刺したと思っていらっしゃるのですか? もしそうであるならお門違いも甚だしい! しかも彼が自ら背中にナイフを立てることも不可能だ」
「そうですね。夏目氏は重度の年齢肩、いわゆる40肩だったことがわかっています。ご自分で後ろ手に強くナイフを差し込むのは難しかったでしょう。そしてあなたが夏目さんを殺すことも。夏目 麗華の自供によると、落ちてきたナイフが偶然にも夏目さんの背中に刺さった。その後柄の先端を押す様に深く夏目さんの背中にナイフが食い込んでいった。これは解剖所見が証明しています」
太った土田という男は、私に原稿を差し出し指でトントンと叩く。「読めばわかりますよ」と言いたいのだろう。
土田は応接室を出て私を一人にしてくれた。読む時間を与えてくれたのだ。
私は恐る恐る原稿に手を伸ばす。
文章は私が夏目氏に会うところから始まっていた。
* * *
どのくらい時間が経ったのだろう。
バサッ。
私は先ほどまで手にしていた原稿用紙を膝の上に無造作に置いた。そして天を仰ぎ大きく息を吸い込む。
「あの人には敵わない」
夏目氏の書いた密室殺人事件。彼の新作は全てあの日行われたことが書かれていた。彼はこうなることを望んでいたのだろうか。
謎の女は私だ。
夏目氏から頼まれ、麗華さんにヤキモチを抱いてもらうための芝居に一役かったのが私だ。小説の中でも同じやりとりが綴られている。
小説の中の主人公は妻とその愛人、そしてその息子によって殺害されることになっていた。
でも少し事実とは異なる。
私はその現場にいた。一部始終を見ていたのだ。彼は苦痛に顔を歪めながら私にこう言った。
「お前も出ていけ。大丈夫だ。お前は予定通り朝ここに到着すればいい」
「それでは先生が…」
「良いんだ。いつか女に刺されて死ぬ運命だと思っていたから、こうなるのは想定内だ」
「ダメです! 今救急車を」
夏目氏は、慌てて携帯を操作する私の手を制した。そして私を外に追いやり鍵を閉めた。
争って乱れた他のナイフをきれいに並べ直し、風吹が落としたであろう合鍵を机の上に置き、そして…。
私の名前の書かれた空白の原稿にわざと血が滴るように椅子に座った。致命傷ではなかったはずのナイフの柄を背もたれに押し付け、自らナイフを背中の奥へ差し込み…彼は息絶えたのだ。
私の感じた違和感。ナイフの並びが微妙にずれていたのは、彼が重度の年齢肩だったから。それは先ほどの刑事が言っていた。腕を上げられないほどの40肩だったと。
夏目氏は、謎を残したのだ。自分の書き上げた小説と同じようにするために。
いや、もしかしたら麗華さんを守りたかったのかもしれない。
『恭一郎。お前と飲むコーヒーは格別だった。私の息子よ。殺されるとすればお前の母かお前に背中を見せるべきだったな。すまない。哀れな老人となった父を許してくれ』
最後のページに書かれていた言葉。私が殺したいほど彼の父親としての愛に飢えていたことを知っていたのだ。
私の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
END
密室は簡単には作れない 桔梗 浬 @hareruya0126
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