第二章 後宮始末官誕生! ⑨
初日はそのひとりで終わりそうだった。
後宮人は五百人以上もいる。こんな調子で大丈夫なのだろうかと不安になってしまう。
「大丈夫だよ、翡翠。まだ初日だ。どんな様子か分からずにみんな躊躇っているだろう。明日からはきっともっと来てくれるよ」
旺柳の慰めの言葉が嬉しいが、なにかの手を打たないと難しいなと翡翠は考えていた。
「あの……このことを皇帝に報告する?」
「え? どうしてそんなことが気になるの?」
「だって、これは後宮人たちが皇帝の意に反していると捉えられてしまうかもしれないでしょう? そうしたらやっぱり処刑にしようって気を変えてしまうかもしれない」
「大丈夫だよ、心配しないで。俺は、翡翠が悲しむようなことはしないから」
旺柳は翡翠の肩に手を置いた。
その言葉を信じていいのだろうか。いや、もちろん旺柳のことは信頼しているが、決定権は冷酷無比な陽光皇帝にあるのだ。余計なことを言って、旺柳にも累が及ぶようなことになっては、と考えていたとき。
「あれ? もしかしてもう終わりなの? せっかく来たのに?」
突然扉が開いたかと思ったら、よく見知った顔が部屋に入ってきたので、翡翠は脱力してしまう。
「ひとりずつ面談してくれるんでしょ? 俺の話も聞いてよ」
そう言いながら部屋の中央の椅子に座り、偉そうに足を組んだのは、言うまでもなく稜諒だった。
「ねぇ、翡翠、これ、誰?」
旺柳がひそひそ声で聞いてくるが、この小さな部屋では全員に丸聞こえである。
「ああ、こちらは稜諒。宦官で、仲良くし……いえ、別に特別仲がいいわけじゃないわね。お世話に……なった覚えもないし、ときどき首を絞めたくなることもあるけれど、そんなことで自分の人生を終わりにするのはあまりにも惜しいから思いとどまっている……」
「この通り、とても仲のよい友人です」
にっこりと笑った稜諒に対して、旺柳は苦虫を噛み潰したような、とても嫌な表情をした。
「……後宮に居るというから、そっちの方は安心していたのに……」
「え? なに? 旺柳? なにか言った?」
「いや、なんでもない。宦官とは、みんな彼のような者なのか?」
「いえ、人類の中でも稜諒のような人は希有だと思うけれど」
「俺が得がたき人だなんて。いやあ、そんなに褒められても」
「まったく褒めていないけれど。曲解も甚だしいわ」
そんないつもの会話をしている間にも旺柳がすごい目つきでこちらを見ているのが気になったが、きっと変人の稜諒に呆れているのだろうと理解した。
「ええっと、もう終わりにしようと思っていたところだけれど、いいわよ。話を聞いてあげるのもやぶさかではないわ」
「そんなに強がっちゃって~。閑古鳥が鳴いているって噂になっているよ」
「いいのよ、初日なんだから、こんなものよ! ねぇ、旺柳!」
「あ、ああ……そうだね」
なぜか旺柳は心ここにあらずといった様子で、稜諒のことを見ている。いや、睨んでいると言った方がいいかもしれない。ふたりが知り合いのはずはないし、旺柳が嫌いな人が稜諒に似ているのかな、と考えた。
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