第4話 結

『古き良き王道RPGを多様性で無双する』は俺が生前大好きだったバカゲーだ。


開幕、王様が勇者に支度金を渡すところからゲームは始まる。初見プレイでは、主人公が勇者だと思ったら、その支度金を渡す兵士の方だったという痛快なスタートに見事に騙され、その瞬間、俺の心はそのゲームの虜になった。


通称『王道RPG』にのめりこんだ俺は、やがてクリアタイムを競うRTA走者となった。即兵士を辞職し、酒場でガチャを引いたらレベリング。確殺棒を取りに行くついでに魔族の少女を回復用員に加え、そして実は勇者の父だという魔王が困惑している間に暗殺する。そういう攻略チャートのはずだった。


結果として日本レコード1位を達成した俺は、勇者に転生してもゲームのシナリオ通りに走り出し、そして今、イレギュラーに衝突した。


「魔王?息子ってどうゆうこと!?」


困惑するチエ。ユウキは黙って聞いているが、その目は聞きたいことが山ほどあるようだった。


「言葉の通りだ。もっとも、息子はガワだけで中身は違うようだがな」


「それは一体......?」

耐えきれなくなって尋ねるユウキ。


嫌な汗が流れる。どうやら同じ転生者じゃなさそうだが、それは話し合いが期待できないことを意味する。魔王、こいつは一体どこまで知っている?


「貴様ら、その勇者は仲間か?」


「そうだ!たとえ魔王の息子だろうと、僕らの仲間だ!」

魔王の言葉に吠えるチエ。


「ではそいつの名前は?仲間の名前を言えるか?」


今度はユウキが答えた。

「当たり前だ!仲間の名前を忘れるわけがないだろう!彼はっ......かれ、......は、」


言葉は尻すぼみになり、次第に青ざめていくユウキ。チエもまた名前を叫ぼうと開けた口が塞がらないままでいる。


それも当然。本来勇者は、俺は、主人公じゃない。ネームドどころかただの雑魚モブだ。名前などあるはずもない。


「クハハ、お前らに分かるか?勇者だった我が何故か憎き魔族の王になり、愛した妻も息子にも名前がないと気付いた瞬間を!あの絶望を!」


魔王は怒りの形相のまま力任せに腕を振るう。たったそれだけで館は半壊し、俺たちは瓦礫に体を沈められる。


「ぐっ、がっ」


「再度聞こう。勇者、お前は何だ?我が自我を取り戻したと同時、力ある者だけが名を持っていると気付いた。だが、そんな中貴様だけが特異な行動をとっていた。名前のない、雑魚の貴様が!」


頭から血を流しながらも、どうにか立ち上がる。そして、余裕綽々といった魔王の体に、全身全霊でクレアの剣を振るう。


届いてくれ、今の俺の全力......!




パキ


振るった剣は、傷一つ付けることなく真っ二つに折れる。


「そんな、......うぐぁッ」


瞬間、吹っ飛ぶ体。魔王にぶたれたのだと気付くのにそう時間はかからなかった。無様に転がる体に瓦礫片が傷を増やしていく。たった一撃で満身創痍。それが魔王と俺との力量の差だった。


「この雑魚が息子?......ありえない。何故だ、何なんだ。息子は、私の息子は一体何処にあるんだ!!」


理性を忘れ怒り狂う魔王は、俺に見向きもせず辺りを破壊しつくしている。攻撃を仕掛けようにも体が動かない。


「勇者、こっち......!」


伸ばされる腕。瓦礫から飛び出たその手を掴むと、中へ引きずり込まれる。暗くなっていく視界で最期に捉えたのは、俺を運ぶユウキとチエの姿だった。






「......起きた?」


ハッとして体を起こすと、そこはいつぞやの廃教会。どうやらチカの所に運ばれたらしい。


「......ああ。助かった、ありがとうチカ。それから二人も」


目が合ったユウキとチエは少し気まずそうだ。だが、ここまで来たら俺にはすべてを話す義務がある。



「......つまり、俺は名前のない雑魚モブで、もう魔王を倒す術はないんだ」


俺の説明を聞いて、二人はなるほどという顔をする。


「そうか、つまり名前があれば良いってこと?」


「話聞いてた?」


俺をよそに勝手に人の名前で盛り上がる二人。そのうち無事呪いの解けた弟を見ていたチカも加わって、俺はもう指をくわえて見るしかない。


「決めた、今日から君はミライだ!よし、魔王を倒しに行こう!」


「待て待て待て、そもそも俺は勇者でも主人公でもなくてだな」


ユウキを引き留め説得しようとするが、まるで聞く耳を持たない。次第にチエとチカまで味方し始めた。


「それがどうしたんですか?男でも魔法使いになって良いといってくれたのは、ミライ、あなたですよ」


「そうだよ、女が戦士になっても良いように、ただの冒険者でも魔王を倒せば良い」


「魔族のわたしと弟を救ってくれたのは、シュジンコウさんでもユウシャさんでもなくて、ミライだよ?」


ああ、そうか。そんな簡単なことだったのか。


「そうだ、その通りだ!これからは多様性の時代。勇者を辞めようが、主人公じゃなかろうが、何だって良い!俺は魔王を殺すミライ、ただのミライだ!」


待ってろよ魔王。雑魚モブでもできる魔王討伐のお時間だ!




「ほお、逃げずにやってきたか。名もない雑魚が」


魔王の手で魔族を葬り去っていく。可能性の芽を絶やそうとする多様性の敵、その前に俺は立ちふさがる。


「......まれ」


「ん?」


「黙れ!俺の名はミライ、お前を殺す雑魚モブのミライだ!」


飛び出すと同時、瓦礫に隠れていた三人も姿を現す。共に最終決戦に臨んでくれたチカが、バフを掛けつつ遠距離から弾幕を張る。


「小癪なッ!まずは魔法使いから殺してくれるわ!」


瞬歩で詰め寄る魔王。だが残念、それは仕込み杖を構えたユウキだ。魔王の拳を右手甲で弾くと、カウンター気味に驚きで固まった魔王へと回し蹴りを放つ。



「この女、まさか戦士か!?ぐあっ!!」


魔王の頭に炸裂したのはチエの放った氷柱。が、魔王が弱る様子はない。


「クハハ、効かぬ、効かぬッ!そして貴様が一番ぬるいわッ!」


振り返り、確殺棒を手に背後に忍び寄っていた俺に殴打をかます魔王。チカの回復で持ちこたえているが、三人がかりの攻撃にも魔王はまるで狼狽える様子がない。


「その魔剣で我を殺すつもりだったのだろうが、万策尽きたな雑魚がッ!」


「っるせえ......ここまで近づけりゃ十分だッ!」



俺は聖女クレアすらピックアップされるガチャにも入っていない雑魚モブだ。

要はゲームじゃ主人公のパーティーにすら入ることが出来ない、本来戦うことのないキャラクターだ。


だが、その俺が確殺棒を振るえばどうなる?

確殺棒は確かに当たっている。だが振るったキャラクターにはデータが存在しない。


「つまり、システム上は判定になるッッ!!!」


斬る、斬る、斬るッ!

ナイフからは想像もできないその威力は、魔王すらも切り刻んでいく!


「馬鹿なッ!この我が、無名の雑魚なんかにッ!!!」


「うるせえッ、俺の名前はミライだッ!」


俺は最期の一撃を心臓に突き刺し、高らかに宣言する。


「んでもってテメェの名前は、ユウシャノチーチじゃねえかぁッッ!!!」


溢れ出る閃光と共に、断末魔を遺して崩れていく魔王。

手ごたえのなくなった確殺棒を放し、その場にへたれこむ。


「やった、やったぞ!俺達で、魔王を倒したんだ!」


瓦礫の山の上で、ユウキ、チエ、チカ、そしてミライは笑いあう。夜は明け、空には日が昇り始める。きっとこれから先も数多くの敵と偏見が彼らを待ち構えている。だが、照らされた彼らの道のりは明るい。




___世界から争いが無くなる未来は、そう遠くない。

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古き良き王道RPGを多様性で無双する アオイ @A01aoi

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