転生した厄災の魔女はもう二度と世界を救いたくない

かおぴこ

再会と始まりの物語

 今から数百年前、一人の魔女が国を燃やし尽くした。街を、森を、人々を。魔女はその全てを燃やした。10年以上に渡って悪逆の限りを尽くしてきた魔女は、ついに聖堂教会が率いる聖騎士軍により討たれた。


 魔女による殺戮は終わりを告げたが、10余年の歳月で彼女に命を奪われた人間はおよそ100万人とも200万人とも言われ――実に国民の9割が犠牲になったとする研究結果すらある。


 最期に聖騎士アーサーの持つ聖剣に胸を貫かれ魔女の魂は決して赦されることの無い罪により、永遠に地獄を彷徨っている。


「この国の子ども達が教義として教わるこの国の始まり。……そして私の前世の物語。だと思うんだけど……」


 うーんと頭を捻る。


「何がどうしてこうなった……?」


 先ほどまでは森であったはずの場所は、私によって焦土と化してしまった。


◇ ◇ ◇


 頭が混乱している。今の私の記憶に、前世の私の知識が流れ込んできたせいで何が正しい情報か分からなくなっている。


「こういう時は声に出して情報を整理しないとね」


 ここは聖教国セインティア。その首都から遠く離れた山奥の小さな村。300人ほどが暮らすこの村で私は生まれ育った。国教であるセインティア教の敬虔な使徒である両親のもと、私は十分な愛情を注いで貰っていた。


 そんな両親は数年前に流行病でこの世を去り、まだ15才の娘が1人きりだけで生きていくのは容易ではないが、森での採集や周囲の人々の協力でなんとか生きている。


 今日も森に食糧の採集に向かった私だったがうっかり魔物の縄張りに迷い込んでしまい、狼種の魔物に囲まれてしまったのだ。


「それで、狼達が飛びかかってきてもうダメだと思ったところで唐突に身体が熱くなって……」


 無我夢中で手を前に突き出すと、なんとそこから炎が放たれた。炎は狼達を燃やし尽くすとそのまま周囲に燃え広がり、数十秒で辺り一体を焦土に変えてしまったのだ。


「そして私は唐突に前世を思い出した、と」


 私の前世での名前はスカーレット・トレジャーベル。厄災の魔女として畏れられ、今もセインティア教に於いては大罪人として記されている。


 女神の加護を受け、魔女スカーレットを殺した聖騎士アーサーは初代教皇として正教国セインティアを設立。荒れ果てた国土を立て直したと、されている。


「とはいえ、私は自分スカーレットが死んだ後の事は今世の教義でしか知らないわけで」


 歴史なんて時の為政者の都合の良いように改竄される。前世で散々学んだし、何より前世の私スカーレットが大罪人とされて居る事からも明らかだ。


「そりゃあ別に自己満足ではあったし、やった事は概ね事実なんだけどさあ」


 私は手元に発生させた炎をクルクルと回しながら呟く。これはペン回しのようなもので、魔力の精密操作の練習やその日のコンディションを確認する際のルーティーンになっていた。上手に回せる日は炎を操る魔術の調子が良い。ちなみに今日の炎回しは絶好調。


「そりゃあ何百万もの命を奪った私は、さすがに英雄として讃えられるとは思っていなかったよ? だけど災厄の魔女? 大罪人?」


 グッと拳を握ると炎が手の中で握り潰された。


「流石にそれは無いんじゃないか? なあ、愛弟子アーサーさんよぉぉぉっ!?」


◇ ◇ ◇


 村に帰った私は何気無い素ぶりで自宅に戻る。幸い、森の一帯を燃やし尽くした事に気付いた村人は居なさそうだ。まあ森を焼いたと言いつつ、高温で一気に蒸発させたようなものなので殆ど煙も上がっていなかったはずだ。


「村一つ分くらいの面積を焦土にしちゃったけど、不可抗力ってやつだよね」


 あの範囲にいた動物達には悪い事をした。スカーレットにまたひとつ罪が追加されてしまったな。いや、あれは今の私の罪なのか?益体もない事を考えつつ、私は今後どうしようかと考える。


「記憶と同時に思い出したこの力炎操術があれば生きていく分には困らないわよね。……残念ながら炎操術はセインティア教で禁忌の力とされているから、大っぴらに使うわけにはいかないけど」


 炎をクルクルと回す私。このまま前世の記憶と禁忌の力を隠し持った村娘として生きていくのも有りだよな。この術はただ目の前のものを燃やすに留まらず、


 魔術には水操術は風操術、土操術などがあるがぶっちぎりで使い勝手が良いのがこの炎操術だ。国教で禁止されてなければ是非、学ぶべきである。極めることが出来るのは一部の天賦の才を持つ者だけだが、生活に便利なレベルで良ければちょっと魔術の才が有れば習得出来る。


「しかし私が「厄災の魔女」か。ウケる」


 両親の位牌を一瞥する。娘の前世が厄災の魔女だったなんて信心深い両親が生きていたらそれだけで卒倒しただろうな。


「ってゆーか厄災って何だよ。だんだん腹立って来たな」


 むしろ厄災を祓うために命を賭したんだが? とはいえ、教会に「スカーレットは厄災の魔女じゃありません!」って乗り込んだら最悪異端審問に掛けられて打首だな。


「くっそ、権力の無い小娘には前世の汚名を雪ぐ機会さえ与えられないのか!」


 悔しい、かつての権力が懐かしい。しかし今更どうしようもない事でもある。


「よし決めた! 全部忘れて気にしない事にしよう! 炎操術はこっそり使うけど後は知らん! もしもまた国が危なくなっても


 そうして私はフテ寝した。


◇ ◇ ◇


 その後しばらく何事もなく過ごしていた。私は前世の記憶から得られる知識と、炎操術をこっそり使う事で日々の生活の質をちょっぴりだけ向上させることで満足していた。


 そんな日々を過ごし数ヶ月たったある日の事。王都から村に遣いがやって来た。


 村人は全員中央の広場に集められる。なんだなんだと浮き足立つ村人達。王都の遣いの説明によると、王に仕える宮廷魔術師が人を探しており近隣の村を回っているとの事。


「ねぇマリン、宮廷魔術師様だって」


 横にいたおばぁに声を掛けられる。この人は両親亡きあと私の事を気にかけてくれる優しきおばぁだ。好き。


「こんな田舎に人を探しに来るなんて、珍しい事もあるもんだねぇ」


 呑気にしているおばぁに頷いて見せる。人探しか。炎占いを使えば失せ物探しや人の捜索なんかもお任せあれなのにね。だから炎操術を禁止するなって話なんだよ。水占いとかじゃ精々大体の方角が分かる程度だよね。あー、炎操禁忌の術サイコー! 宮廷魔術師様なんて言っても人ひとり探すのにご苦労してまちゅねー!


 心の中で宮廷魔術師とついでにセインティア教義をバカにしていると、馬車から着飾った男が出て来た。あれが宮廷魔術師様ですか、無駄に顔が整った男だな。サラリとした銀髪を靡かせて切れ長の眼でぐるりと村人を見回す。小さな村、ここに居るのは全員が顔見知りみたいな村人達だ。あなたの探し人は居ないでしょうよ。ここに居る全員がそう思ったはずだ。だが彼はある一点を見据えて硬直した。


「……見つけた……その真紅の髪、金色の瞳……間違いない」


 小さく呟くとそのまま真っ直ぐある人物の元へ向かい、目の前で跪く。そして手を取りその甲にキスをすると顔を上げてハッキリと告げた。


「お迎えにあがりました」


 ……そう、彼は私の眼を見てそう宣言したのであった。


◇ ◇ ◇


「だから、人違いですって!」


 あれよあれよと王宮へ向かう馬車に乗せられてしまった私は今、狭い馬車の中で宮廷魔術師の男と二人きりとなっていた。


「私は生まれも育ちもあの村ですし、王都どころか隣街ですら数えるほどしか行ったことが無いので! あなたの探す人物とは他人の空似だと思います」

「いや、顔立ちは特に似ていないですね。私の探している人はあなたと違ってもっと気品と威厳に満ちていた」

「ムカッ。だったら尚更別人じゃん」

「……口の利き方には注意した方が良いですよ。貴族相手にそんな口調で話しかけたら不敬罪で首を刎ねられても文句は言えません」

「無理やりこんな馬車に押し込んで無礼なのはどっちだよ!」


 今世でも罪人扱いか? 身に覚えのない罪で裁かれてやるつもりはないぞ。私はいつでも炎操術を使って逃げ出せるように魔力を練りあげる。


「――その魔力です」

「はい?」

「この波動、間違える筈が無い。目の前で見て改めて確信しました。やはりあなたはスカーレット・トレジャーベル……お師匠様なのですね!」

「は? はぁ?」

「お互いに器が変わっていてもいつかまた会えると信じて幾星霜、またこうして会える日を待ち続けていました、お師匠様!」


 待て待て、何を言っている? マリンに弟子なんているわけが無いだろう。いや、こいつ前世スカーレットの名で私を呼んだのか? 前世の私には確かに弟子と呼べる男がいた。


「お前まさか……アーサーか!?」

「はい! 分かっていただけましたか、お師匠様!」


 宮廷魔術師は見覚えのある人懐こい笑顔で頷いた。


◇ ◇ ◇


「お師匠様がこの世を去ったあと、私は荒れた国を立て直しました。生き残った人を集め女神の教えを人々の心の支えとするようセインティア教の原型となる教義を説いたのです」

「あの状態から国を興したのは大したものだ。よくやったと思う。セインティア教についてもまぁ、人を導くのに宗教が有用な事を否定はしない」

「お褒め頂き、光栄です」

「だが、どうしてスカーレットが大罪人として扱われているんだ? それもお前の仕業か?」


 アーサー――今世ではノエル・ホワイメルと言う名前らしい――は首を振った。


「私はお師匠様の成した事を正確に伝えた筈です。救国の聖女、と」

「聖女って……、そんな大層なものじゃないけど」

「当初は確かに聖女として記されていた筈ですが、数百年が経ったこの時代では何故か稀代の悪女として扱われていたんですよね」


 アーサーは確かにスカーレットの行いを善行として伝えた筈であったが、数百年経ったそこが歪んでしまったらしい。歴史って怖いね。


 他にも懐かしい話に花を咲かせる私とアーサー。積もる話はまだまだあるが、そろそろ本題に入るとするか。


「それで、思い出話をするために私を探していたわけじゃないだろう? 私情でこんな豪華な馬車を出して兵士を引き連れて何処にいるとも分からない私を探しに来るとは思えないし」

「さすが師匠、お見通しでしたか」

「アーサー。今の私はスカーレット・トレジャーベルじゃない。平民で家名も持たないただの村娘の「マリン」だ」

「……では私の事も「ノエル」と呼んでください。それが今世の名前です」


 ノエルはスカーレットを捜索するに至った経緯を話し出す。貴族の親の元に産まれた彼は、つい最近前世の記憶を取り戻した私と違い物心着く頃には前世アーサーの記憶を取り戻した。その記憶と継承した魔術の腕を遺憾無く発揮して史上最年少の宮廷魔術師にまで出世したという。


「それも全て、お師匠様も私と同じように転生している可能性を考えての事でした。国で最高の魔術師になれば私を見つけて頂けるかもと思ったのです」

「見つけてやれなくて悪かったね。……それで、そんなご立派な宮廷魔術師サマが見つけて貰うのを待つだけでなく直々にスカーレットを探し始めたって事は、そうしなければならない理由が有ったのだろう?」

「はい、半年ほど前の事です――」


 宮廷魔術師となったノエルは第一皇女の魔術の教師も兼任していた。しかし半年前のある日、その第一皇女が病に倒れた。ノエルの得意な水操術は回復に秀でており大抵の病は癒すことが出来るのだが、この病はどうしても癒すことができなかった。日に日に弱っていく第一皇女に精一杯の延命をすることしか出来ず焦る日々だったが、ある時遠くにスカーレットの魔力を感じた気がした。水鏡を使い占ったところ、私の村の方向に「探し人アリ」の結果を示したため藁にも縋る想いで私を探す旅に出たとの事だった。


「病気で伏せってる皇女サマを放ったらかして何ヶ月もスカーレット探しの旅に?」

「彼女の事は国一番の名医と神官に任せました。私達が戻るまで必ず保たせると約束してくれたので、きっとまだ無事な筈です」

「だけどお前が治せない病を私が診たところで何とかなるとも思えないんだけど。治癒魔術の効果は炎より水の方が上だし」

「それでも、お師匠様はかつて私に救えなかった多くの命を救ってくれました」

「救った命より終わらせた命の方が何十倍も多いんだがね……」

「それでも……お願いしますっ! もう私には彼女を救う手立てがないっ!」


 必死な顔で頭を下げるノエルを見て、私はかつての弟子の姿と重ねる。もともと人を救うのが生き甲斐のような優しい男だったら。そんな彼が皇女を救いたい一心で、かつての師匠の可能性を追いかけて来たというわけか。


 どうしようかな……。前世で人助けをした結果、碌な死に方をしなかったばかりか死後も厄災の魔女扱いされている私としては、今世は目立たずお気楽に生きて行こうと決めていた。しかし愛弟子が泣きそうな顔で頭を下げているのを無碍に出来るほど非道でも無い。マリンは根が優しいのだ。


「はぁ……、治せる保障は無いからな?」


 結局、今回だけは彼の望みを叶えることにした。前世で私が壊滅させた国を頑張って立て直したご褒美として、出来るだけの事はしてあげよう。


◇ ◇ ◇


「レア様!」


 王城に到着すると、そのまま第一皇女の部屋に直行したノエル。私も同行する。


「ノエル、戻ったのですね!」


 部屋に居たのは私と同じ年ぐらいの少女。ブロンドの髪と赤みがかかった茶色の瞳。全身から溢れ出る気品から、彼女がレア・セインティア第一皇女だと理解する。


「はい、こちらに。……体は大丈夫なのですか?」

「はい。ここ最近はルーシャ先生のおかげか小康状態なんですよ」

「それは良かった……ルーシャにも礼を言わなければなりませんね」

「是非に。それでノエル、そちらの女性は?」


 レア皇女が私の方を見て首を傾げる。


「初めまして皇女様、マリンと申します」


 私はレア皇女に礼をして見せる。田舎の小娘だと思って厳しい目を向けていた侍女達は、その完璧なカーテシーをみて息を呑んだ。前世の名残で一通りの淑女の作法は覚えている。多少型が古い部分はあるだろうが無礼を働くよりはマシだろう。


「レア様。このマリンはかつて私に魔術を授けてくれた師匠のような存在です。私では癒せない病も、彼女ならと思いまして」

「史上最年少の13歳で宮廷魔術師となった貴方の魔術の師ですって!? その割には随分とお若い……ああ、魔術師の方々は年齢不詳ですものね! 失礼いたしました」

「そ、そうなんです! ……それでマリン、どうでしょう?」


 ノエルに促され、私はレア皇女を観察する。やっぱり良いもの食べているだけあって身体がキレイだなあ。でも病のせいで髪のツヤや肌のハリが無いのが勿体無い……せっかくの美少女が台無しだ。


「マリン?」

「うん? ああ、そうですね。今は小康状態という事もあるのでなんとも。何日か様子を見させていただいても宜しいですか?」

「そうですか……」


 その時、扉が開いて1人の女性が入って来た。白いローブを着た神官だ。


「ノエル、戻りましたか」

「はい、ルーシャ。これまでレア皇女を守って頂きありがとうございました」

「私はただ、貴方に言われた通りに薬を調合してあとは祈りを捧げていただけですわ」

「……最近の小康状態は、その祈りが届いたのかも知れませんね」


 ノエルが私を探して旅に出ていた数ヶ月間、このルーシャ神官がレア皇女の病状を診ていたという事か。祈りが届いたねぇ……。


「ところでノエル、そちらの女性が?」

「はい、私の魔術の師のマリンになります」


 私はルーシャ神官に対して頭を下げた。


◇ ◇ ◇


 レア皇女の容態が急変したのはその夜であった。高熱でうなされるレア皇女に必死に水癒術をかけつつノエルが叫ぶ。


「皇女っ! 気を確かに! そうだ、マリンはどこに!?」

「ここにいるよ」

「今夜は特に酷いっ! この高熱ではっ……何とか出来ますか!?」


 額に汗を垂らし必死に癒術をかけるノエルに、私は頷いた。


「うん。お陰で尻尾を掴んだ」


 私はレア皇女が苦しむベッドに背を向けて部屋のバルコニーに向かう。素早く窓を開けてそこに居た人物の手首を掴んで捻り上げた。


「痛っ! ……何をするのですか!?」

「それはこっちのセリフだけど。こんなところで何をしてるの? ルーシャ神官」


 ルーシャはギリっと唇を噛む。ぐっと顔を上げるとノエルとレア皇女の方を見た。


「わ、私はレア皇女のために祈りを捧げていて……」

「だったらバルコニーでこそこそしてないで、ここで祈れば良いじゃない」


 ほれ、とノエルの隣にルーシャを押し出す。ルーシャはその場で手を組み眼を閉じる。そんなルーシャを訝しげな表情で一瞥するノエル。程なくレア皇女は落ち着きを取り戻し安らかな顔で寝息を立て始める。


「これは、まさか……」

「そんなっ……!?」


 驚愕の声を上げるノエルとルーシャ。だがその言葉の意図は全く違う。片方は己の企みが成さ無かった事に対する焦り、そしてもう片方は皇女に呪いをかけていた者の正体に対する驚きだ。


「レア皇女を蝕んでいたのは病ではなくて呪い。炎操術のひとつ、『蝕火』むしばみのひっていう極々弱い呪術だね」


 対象の魔力を司る核を少しずつ蝕み発熱と衰弱を引き起こすだけの弱い呪いだが、呪いの恐ろしいところは例え弱い呪術であれそうと解らなければ有効な治療を施せずいずれ死に至る……ちょうど先程のレア皇女が峠に差し掛かっていたように、だ。

 今は私が対抗魔力で呪いを抑え込んでいるのでノエルの水癒術で容態が改善したというわけだ。


「さて、レア皇女を狙った理由やわざわざノエルが帰ってきたタイミングで仕上げにかかった意図とか色々と聞きたいことはあるんだけど……とりあえずひとつ教えてくれるかな?」


 私はガタガタと震えるその頬に両手を添えてその眼を正面から見据える。


「何故セインティア教で禁忌とされている炎操術を、神官である貴女が使えるの?」


 ルーシャ神官は観念したように眼を閉じた。


◇ ◇ ◇


 レア皇女の呪いは私の『浄火』の術で完全に消え去った。あとはノエルの水癒術で直ぐに良くなるだろう。呪いをかけたルーシャ神官は王宮騎士に連行されていった。


 私は後始末をノエル達に押し付け用意された客間に戻った。月を眺めながら故郷の村では一生拝むことが出来なかったであろう高級な茶と菓子に舌鼓を打つ。


「お茶もお菓子も懐かしいな。今世ではこんないいもの食べたことないもん。」

「気に入って頂けて良かった。無理を言って準備した甲斐があったというものです」

「……ノックも無しにレディーの部屋に入るような弟子に育てた記憶は無いんだけどな」

「それは失礼。ですが貴女の事だからノックなどしなくても私が来たことは分かっていたでしょう?」


 分かってないなー、気付く気付かないの問題じゃ無くて女の子に対する扱いの話だよ。


「皇女はもういいの?」

「はい。まるで何も無かったかのように血色も良くなり、主治医も眼を丸くしていましたよ」

「それは良かった」

「いつからルーシャが怪しいと思っていたのですか?」

「初めからある程度怪しいと思ってた。レア皇女を見た瞬間に『蝕火』だって分かったし、既に呪い自体は彼女の全身に広がっていた。あの状態で小康状態を保ってるってことは術者が呪いの発現を制限している意外にありえないんだよ。いつでも殺せる状況でありながら敢えてそれをしない理由は、何かの機を伺っているんだと思った。例えばノエルに皇女の治療を引き継いだタイミングとかね。そうだとすれば怪しいのは直前まで皇女を診ていた人物でしょ?」

「その証拠を掴むためにあの場ですぐにレア皇女を治さなかったんですか?」

「その代わり気配を消してずっと皇女の近くに控えてたから。犯人が呪いを発現したら死なないようにガードしつつ、魔力を辿って犯人を特定するためにね」


 犯人ルーシャが初日に動いてくれたのは結果的にラッキーだったけど、私は数日くらいは徹夜で見張る覚悟はあったんだぞ。


「……さすがお師匠様です。私が何ヶ月も何も出来なかった皇女をたった1日で治したばかりか犯人まで捕まえてしまった」

「運が良かっただけだよ。それにノエルの水癒術による対処があったからここまで皇女が保っていたんだろうし、あまり自分を責めるのは良くない」

「常に自分が世界一の魔術師であると信じ続けろ、お師匠様の教えでしたね」

「そう。前世の私スカーレットは最後の最後でそれが出来なくなったから命を落とした」


 魔術師は自分を信じられなくなった時、その力を大きく損なう。前世の私がそうであったように。


「お師匠様……」

「マリン、だよ。さて、元弟子のお願いは無事に叶えたし、私はそろそろ行こうかな」


 私はよっと立ち上がる。


「どこへ行くのです!?」

「どこへって、村に帰るんだよ。歩くと10日くらいかな? まあ送ってくれなんて厚かましい事をいうつもりは無いから安心していいよ」


 今の私は平民だからね。貴族様にそんなお願いを出来るわけもないと言うことは弁えている。


「待ってください! まだルーシャがあんな事をした理由も、背後に誰かがいるのかどうかすら分かっていないのですよ!?」

「それを調べるのはノエルや騎士様達の仕事でしょ? 私はただの平民なんだから。今回は前世の弟子の頑張りに免じて手伝ったけど、私はもう前世のように表立って何かするつもりは無いんだよ」

「それは……この時代でスカーレットが大罪人とされてしまっているからですか?」

「まあ私の頑張りが全部悪行に置き換わっているのは業腹ではあるけど、それだけが理由では無いんだよ」


 ではどうして、と縋ってくるノエルに私は月を見上げながら呟くように返す。


「こう見えて私は昔から夢見る女の子なんだよ。普通に恋をして、好きな人と結ばれて、添い遂げたいと願うぐらいにはね。前世ではより優先すべきことがあったからそんな想いに蓋をしていたけれど、その結果がこの有様だ。せっかく平和な時代に生まれ変わったんだから、今度こそ自分の夢を叶えたっていいだろう?」

「――っ! お師……、マリンには、心に決めた相手が居る、ということですか……?」


 悲痛な顔で訊ねてくるノエルに私は笑いながら答えた。


「残念ながらまだ私の王子様はまだ現れていない。それどころか、今後現れる保証もないよ。年相応に恋に恋してみたいってだけで、」

「だったら!」


 ノエルは私の言葉を遮るように叫ぶと、姿勢を正して跪いてみせる。


「私ではダメでしょうか……?」

「……は?」

「マリンの想い人に立候補させて頂きたいと言っています。」

「ノエルが? 何故?」


 いきなりの求愛に意味が分からず、素直に訊ねてしまう」


「何故、と問いますか。

 私は以前から……前世の頃からスカーレットお師匠様に焦がれていました。いつか貴女の隣に立つに相応しい男となれるように……貴女に命を救われたその日から、それだけを目指して自らを鍛えていた。

 ……それなのに! 貴女は私の胸の中で息絶えてしまった! 貴女に分かりますか!? 最愛の人の胸を剣で貫く事の辛さが! その絶望が! アーサー前世の私のその後の行いは全て、愛する人をこの手で殺めた事に対する贖罪でしかなかった!」


 叩きつけるように感情を吐き出すノエル。大きく息を吐くと、改めて真っ直ぐに私を見つめる。


「貴女が二度と世界を救わないと言うのなら、それで構わない。ただ、私は貴女を……マリンを愛しています。だから貴女も私を、ノエル・ホワイメルを一人の男として見てはくれないでしょうか?」


 真っ直ぐな愛の告白。私は顔を真っ赤にして俯いた。正直今すぐにここから逃げ出してしまいたいほど恥ずかしい。だけど彼の気持ちを踏みにじることは出来ないと、勇気を振り絞って応える。


「……偉そうな事を言っては見たけど、私は魔術以外はからっきしだ。だからノエルの期待するような女性では無いかもしれない」

「構いません」

「恋の仕方だって本当は知らないから、お前を困らせるかもしれない」

「是非、困らせて頂きたい」

「……そこまで言ってくれるなら、いつかお前に対する想いが親愛から恋愛に変わるまで、気長に待ってくれるなら……。もう少しだけ、同じ時間を過ごしてみても、いい……かな?」


 しどろもどろになりながらも精一杯の気持ちを返すと、ノエルはパッと顔を輝かせそのまま私を力一杯抱きしめた。


「お師匠様! ……いえ、マリン!」

「ちょ、離せって、そんな急なスキンシップは許してないって」

「いいえ、離しません! 私はもう二度と貴女を離さないっ……!」


 強く決意するように、自分に言い聞かせるように呟くノエルに、私は仕方ないなあとしばらく好きにさせてあげる事にした。


◇ ◇ ◇


 こうして私とノエルは、数百年越しに師匠と弟子という立場から、恋人……未満? という立場に変わり、もう一度共に歩み始める事になった。


 共に想いを育みつつ、世界を牛耳るセインティア教の闇に迫ったり、前世の因縁を断ち切るために結局表舞台に出る事になったりするんだけど……それはまた別のお話。

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