第7話 懐かしき


どこにそんな力があったのだろう・・・自分でも分からないが、ひたすらに全力で走り、そうして陽春さん達が追いついた時には、足が縫い付けられたように一軒の廃墟の前にいた。


「(なんて目をして)」


「姫様・・・?」


なんだか絶句する李白さんを置いて、伺うような陽春さんの声を合図に私は漸くそっと壊れそうな扉を開けた。


ギイッと音を立て、壊れそうな扉が開いて見えた部屋の中は埃が厚く被っている。


「・・・こんな所に民家があったなんて。


周辺には村がないし、立地的に山賊達にもバレなかったのか家具もけっこう残っているようだけれど・・・結構蔦は絡まっているなぁ・・・」


家の外と中をざっと見る李白さんに公孫さんが指である一点を指し示す。すぐに見つけるのは目立つから?それとも能力の高い人だからかしら・・・。


「・・・見てみろ李伯・・・床が変色している」


「・・・・・・・・こりゃ、血の痕です・・・?」


入り口と部屋の奥の床が一部変色している。-私-はその場所が紛れもなく、母と父の殺された場所だと、そして、随分古びているが、この廃墟となっている木製の家は10年間娘が愛しい家族と過ごした場所だということを覚えていた。


美月は心の中で泣いているだろう-私-が可哀想で仕方がない。此処で過ごした記憶が暖かいほど、与えられた絶望は濃くなるもの。


-私-は優しさも、愛おしさも、そして悲しみも全てこの場所で感じたはずだ。それ故に身の内の慟哭は止まらない。


美月は、泣いて止まらないだろ-私-に代わり、懐かしむように、幼い頃壁に直接書いた落書きをなぞる。


少し薄れてはいるが、見れない事はなかった。


「姫様・・・その絵は、姫様とご両親・・・?」


何で書いたのかはもう覚えていないが、壁には拙い字で父と母、綺麗な字で祥蘭と書かれていた。


字を習い始めた頃で、自分の名前は難しく、母が代わりに書いたのを思い出す。


「姫様の御名は、祥蘭様というのですか」


陽春さんの言葉に、こくりと頷いた。きっと-私-本人(祥蘭)ですら忘れていた名前だ。事実、美月からすれば初めて知った名前だもの。


誰も呼ばない上に、自分の名前は愛しい父母が付けてくれた名前・・・・


名前1つにしても父母の死を思い出させるので記憶のそこに閉じ込めて蓋をしていたのだと思う。




陽春さんは外を見回ってくると良い扉を出て行った。

部屋に残ったのは公孫さんと李白さんで、2人で私では届かないところなんかを見てくれている。


「姫様、・・・・・祥蘭様、この耳環に見覚えはありませんか?」


公孫さんは部屋の中を見渡し、隠れるように物と物の間に落ちていた耳環を見つけ掌を差し出してくれた。


掌には赤い小さな硝子玉が付いた耳環が一対乗っている。


-私-(祥蘭)は、それが何なのか直ぐに分かったようだ。同時に美月に祥蘭の記憶が蘇る。




父母の生まれた集落では一対の耳環を男女で分けて付けるのを夫婦の証にしていたようで、決して裕福でない父母には小さな硝子玉が精一杯だったけれど、とても幸せなのだと、母はにこにこして、父は頬を緩めて祥蘭に何度も寝物語のように語ってくれた。


幼かった祥蘭はそれがとても素敵なことだと2人の話を幸せな気持ちで良く聞いたものだったらしい。




そうっと公孫から受け取った耳環を両手でぎゅうっと抱きしめて泣き笑いの表情(かお)になる。


耳環は祥蘭にとって幸せの象徴だった。


今となっては幼少期に間違いなく幸せだったことの記憶の証でもある。




「姫様、これを良かったらお使いください」


李白さんがそんな私を見て懐をあさって手渡してくれたのは、小さな紐付きの守り袋だった。


「これの中に、耳環を入れたら持ち歩けますよ。


・・・大事なものなんですよね?俺・・・あー・・・私の使っていた物で申し訳ありませんが、暫くはそれを使ってください」


申し訳なさそうにする李白さんの言葉に首を振り、その手をとる。


「姫様?」


手をぎゅうっと握り、精一杯のありがとうを目を見て伝えれば、驚いた顔をして雀斑のある顔をくしゃっとさせ蕩けるように笑った。


同じように、公孫さんの掌も握ってありがとうと伝える。


公孫さんもまた、一瞬固まり、次いでゆるく微笑んだ。


その笑い方が父に似ているような気がして、長く枯れていた涙が瞳に浮かぶ。


この家に帰って来て、祥蘭の忘れていた筈のモノを幾つも思い出した。



記憶の底から溢れ出す、優しい思い出。


抑えていた心が、どんどん溢れる。


「(-私-は、幸せだった。


・・・・・・・・・・・本当に、幸せだった)」





「姫様、裏に盛り土がありました・・・姫様!!??お前たち何してる?!」


「誤解です隊長!!いや、誤解でもあながちないような・・・でもやっぱり誤解です!!!」


「訳が分からん。・・・姫様、2人に嫌なことでもされましたか?」


周囲の探索が終わった陽春さんに慌てたように聞いてくれるのでぶんぶんと首を横に振った。えん罪です!!


「・・・隊長、盛り土があったと?」


さらりと公孫さんが話題を変えれば陽春さんは表情を少し厳しいものに変える。

盛り土って何かしら?


「・・・あぁそうだ。家の裏手にあった。


盛り土自体は最近のものではなかったがこんな辺鄙な場所にあるのに、盛り土の周辺の雑草は背が低く、まだ新しい花が供えられていた」


「可笑しな話ですね」


「あぁ・・・・姫様、とにかく見に行かれますか?


・・・・・・・・・・・・・おそらく、ご両親の墓だと思いますが」


その言葉に私の目は無意識に見開かれたけれど、しっかりと首を縦に振った。






推定両親の墓は、家の裏手にあった。


かつては野菜畑だったその場所に、盛り上がった土が並んで2つ、それぞれの上部分には見覚えのある懐剣と簪が突き刺さっていた。


懐剣は父が、自身の親友から譲られたのだと宝物のように扱っていたもので、簪は母が父に初めて贈られた夫婦の証である耳環は別にして、唯一の装飾品だった。


守り袋をきつく握り締める余りに強く握ったせいで、掌は十年間まともに手入れされていないギザギザになった爪で傷が付いて、赤い血が滲み出る。


「姫様」


陽春さんがそっと膝を付けて座り、私の血が滲み出る掌を大きな手で包んだ。


自分の手より何倍も大きくて厚みのある手にゆっくりと解かされる、その自分以外の温かさに、堪えていたのに瞳からはとうとう涙がポロポロと零れた。


悲しくて、哀しくて、かなしくて頭の中はぐちゃぐちゃになり涙はどんどん溢れ止まらない。


10年分纏めて流すように、その後暫く、私は-私-の分も含めてわんわん泣き続けたのだった。








散々泣き続けた後は、家の中に戻り椅子に座らされると、李伯さんの手で傷ついていた足と掌の治療を施された。


「姫様、藪の中を裸足で走ったりするから怪我していますよぅ。すぐ処置せず申し訳ないです・・・。


けど!今度からはちゃーんと、隊長とか、俺達を頼ってくださいネ!!


俺達は姫様の為だけの近衛なんですから!!」


バチーンとウインクして見せた李白さんに困ったように笑って見せた。


何故、出会って2日の彼らは良くしてくれるのだろうか?


自分が<鳳凰>だからなのだろうけど、私にその自覚もなければ根拠も無い。


そもそも祥蘭は農民の両親の元で生まれ、育った農民の子だ。


久しくしていないが土を弄り、山菜を採るために山を駆け、川で泳ぎ魚を釣る、そんな生活を物心付いてからあの日までしていた。


いくら貴方は鳳凰ですよ、って言われても、ハイそうですか。と納得など出来ない。


だから、彼らはきっと勘違いをしているのだとひとまず思う事にする。



優しい声も眼差しも、差し出された手も、全て自分とは違う誰か、別の子の為のものだと思うと寂しさが胸を過ぎるが、ココまでしてもらえてだけで自分にとっては奇跡なのだと思い直す。



何時、求められている<鳳凰>と別人だと知られるかは分からないが、現状証拠が無い以上此方から言うことも出来ない。


そんな事をつらつら考えていると、怪我の治療が終わっていた。


白い包帯は病的な肌の色と合わせてチカチカと目に痛い。


「姫様、お抱えしても宜しゅう御座いますか?」


公孫さんが聞いて来たのでうっっと躊躇いつつ、小さく頷く。


そもそも自分で歩くのは選択肢にないらしい。


公孫さんは、なんとなく-私-の父に雰囲気がよく似ていて、その懐かしさと、切なさを感じながらその腕に収まった。


ぎゅうっと服を握れば、あやす様に背を撫でられる。


懐かしいのと恥ずかしいので、照れたように頬を染め、そんな様子を見た公孫さんは優しげに眦を緩めた。


馬車に戻った私たちは、待機していた近衛達に心配したと口々に声を掛けられ迎えられ俥はまた直ぐに走り出した。


-私-(祥蘭)が生まれ、育った土地はあっという間に見えなくなった。


流れる故郷の風景を目に焼き付け、今は無理でもいつか戻ってきたいと心の中でそっと呟く。


直ぐには戻れなくても、鳳凰の誤解が解けたらきっと戻ろう、戻ったら、両親の墓を守りながら畑を耕して昔のように暮らす事ができたらと願った。



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黄金の瞳を持つ娘は空を見たい @syugermilk

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