第6話 出発
薄粥を食べた後、俥には公孫と李白と乗り、陽春達は俥に併走するように馬に跨り疾走している。
俥、というが形状は馬車だ。最も-私-も、そして山下 美月(前の自分)も、馬車に乗った事は無いのだけれど。
俥の中は案外広くて、車内では改めて自己紹介を受けている。
真横且つ入口側に座る公孫さんはバリトンボイスで、腰が砕けそうなくらい非常に声が良く、年齢は40代前半くらいかしら?黒髪を前髪ごと後ろに流して三つ編みにしている。ゲームで出てきそうな武闘家のようなガタイの良さだ。ちなみに妻帯者で子供が2人いるのだそう。
対面に座る李白さんはまだ10代後半くらいで雀斑のある愛嬌のある子だ。髪はお日様のような金髪で、瞳は青色の欧米人っぽい見た目ね。けっこうリアクションが大きくて、その愛嬌もあって愛されキャラ感が滲み出ている。
公孫さんとは親子のようなやり取りをちょこちょこしているわ。
「隊長はすっごい人なんですよぉ・・・!春の闘技大会で1番でした!!ちなみに副隊長も2人共10番以内なんです!」
「それはお強いんですね・・・?」
「ふへへ、自慢の方達です」
にっこにこの李白さんに対して公孫さんは少し困り顔だ。・・・照れ顔なのかもしれないけれど。
とても良い関係なのが羨ましい。山本美月の職場環境はどうだったかしら。
フラットな関係ではあった気がするけど、踏み込まない今時の職場だったから、先輩を自慢する事なんて無かったかもしれないわ。
そんな自慢の陽春さんは、近年で最も強い武官で、あっという間に精鋭100名を纏める近衛隊長に就任したらしい。短髪で青みがかった黒髪、右眉から耳上まで傷がある、一見して迫力があるのに理知的で穏やか、しかし、腕っ節は物凄く強いが酒は下戸というギャップの持ち主で女官に大人気だという。
「(女も男も放っておけないタイプねえ)」
落ち着いたら、ゆっくり観察してみたいわ、と内心呟く。
・・・・自分が鳳凰(人外)かどうかは未だに嘘だろうと思っている。当たり前だ。人間以外になった記憶は無い。
・・・ただ、金の瞳ではある。黄土色じゃないか、とも思うけど。
彼等の期待の人物では無いと分かった時、どうなるのかしら・・・と内心で呟く。
その後も私を飽きさせないようにお話は続く。
例えば、李白さんは礼州という学問の盛んな州の出身で、平民だが、学校で優秀な成績を収めたため薬師として働けたのに、身体を動かすのが好きだから薬師兼武官になったとか
例えば、公孫さんの趣味は読書だが、本は高いので中々買えない為、国府に仕官すれば国の蔵書が読めると思った為に今の道を進んでいるのだとか(文官じゃ無いのが不思議よね)
ハクウンジョウは白雲城って字で、その名の通り真っ白かつ雲を見下ろせるような高台で、敷地が広大すぎるため毎年何人もの迷子が各部署から出るのだとか。そして例に漏れず李白さんも迷ったらしい。
紅国は他国に比べると学問と医学に力を入れているのだとか。なので礼州や隣の国に面する文州では外国の留学生も多いそう。言葉は便利な事に共用語らしく、読み書きは共通なのは良いなと思うわ。
生前と言って良いのか、美月はとても英語が苦手だったもの。道を海外の方に聞かれたらジェスチャーか、最終手段は中学英語で目的地付近まで連れて行ったものよ。
どれほど時間が経ったのか、何気なく李白さんの話を聞きながら走る俥の外を見て、流れる風景に目を見開き、公孫さんの腕を力いっぱい掴んだ。
「姫様?如何いたしました・・・??」
「止めて!ください!!!」
私の強い訴えに公孫さんは何があるのかと直ぐに御者に止めさせてくれた。
Side:近衛
「どうかしたのか」
「姫様が・・・っ姫様!!??」
止まった馬車に近くにいた陽春が近寄る。
すると公孫が報告をする為に僅かに開けた扉の隙間から、姫は物凄い勢いで飛び出し、あっという間に藪の中に消えた。
「っ李伯!公孫!続け!!残りの者はこの場に待機!!!」
陽春は何時、熊などの猛獣や賊が来てもいいように銀に光る剣を鞘から抜き、2人の部下を伴って急いで姫の後を追う。
脇目も振らず藪の中を駆け続けたその背中はあっという間に小さくなる。
それでも近衛隊の精鋭三人は、何とか見失わないように後ろを走った。
藪の中は大の大人が走るには狭く、苦労する。
「姫様、どこに向かっているんです!!??」
「分からん!!だが、まるで迷いが無い!」
大声をだして会話する部下二人の前で、陽春はただ後悔する。
姫は、裸足だ。
そして駆けているのは藪の中・・・・何で足を怪我するか分からない・・・いや、姫が身に纏う衣服は急ごしらえの簡素なもので、決して丈夫ではないから、下手したら藪が身体に突き刺さるかもしれない。
「(どうして簡単に扉を開けたんだ!!!)」
助けた姫は大人しく、受け答えもしっかりしていた。体力もほぼ無いに等しく油断したのだ。
なんて愚かだったのかと自身を叱咤しながら姫の後をただひたすら追った。
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