第5話 悪夢からの目覚め

※ほんの少し残酷描写入ります







夢を見ていた。




あの石造りの部屋にいる間、何度となく見た夢。


もう、今となっては戻れぬ-私-の過去の話。



「-----?」



「-----」



声は聞こえないし顔ものっぺらぼう・・・口元から下しか無いが、記憶に僅かに残る母は優しく-私-に微笑みかけ、無口な父は口元を緩め、-私-の頭を大きな掌で優しく撫でた。


何時もの、日常・・・・


優しい過去・・・・



そして優しい時間は突然終わる。





扉がこじ開けられ、抵抗もままならず父の首が宙を舞った。


母は悲鳴を上げて-私-を押し潰さんがごとく抱きしめ、そうして目の前で胸に銀の剣を生やし事切れた。



それは、悪夢だった。そして現実だった。



部屋に閉じ込められて何度同じ夢を見たことか。


初めの頃は夢を見るたびに-私-は泣いて叫んだ。


だが、自分の身体は、流す涙すら惜しいのか、何時の間にか涙は流れなくなり、叫ぶ力もなくなった。




そんな-私-を、あの人は何も言わず、何も変わらず、ただ淡々と眺めるのだ。


その無機質な瞳は-私-を貫く。


それは罵倒されることより、余程心を鋭利に削った。




そうして・・・何時からか、-私-は部屋を出るということを諦めた。


何かを考えるということを諦めた。


・・・けれども、自分の命を終わらせる事は難しかった。


色々な物を諦めても、感情は残ってしまった。


孤独に死ぬのが怖かった。


いつか朽ちると、そう思っていても自分で自分の命を終わらせる事は出来なかった。


未来(さき)が分からなくても、ただ其処に在り続けるだけであったとしても・・・


そうして、擦り切れた心は千切れそうになりながら私の記憶を思い出した。









「姫様、お加減は大丈夫ですか???」


「あ、はい・・・すいません・・・ぼおっとしてしまって」


診察中に、昨晩見た夢を思い出すなんて・・・と小さく息を吐く。李白という名前の雀斑のあるまだ10代だろう青年は軍所属の薬師だと紹介された。同じく、その横には40代後半くらいの年齢の垂れ目が優しそうな早雲という名の軍医がいて、2人がかりで診察されている。


「どうだ?」


「隊長、やはり体力が心配です。また、まだまだ冷えますから姫の体調を鑑みますと行程を考えねばなりませんぞ」


陽春さんと早雲さんが話しているのが耳に入る。どこかに行くのかな・・・?


「姫様、こちらの薬湯をお飲み頂けますか?煎じたものになります。少しばかり苦いですが、身体を温めます」


目の前で匙を使って竹筒から抹茶より深い緑でドロドロしたものを掬って飲んで見せた李白さんから竹筒を受け取る。


「・・・・・・(すごい色)」


これは気合いを入れねば・・・とグッと息を飲む。


大人は気合だ・・・!それにこれは-私-を気遣ってくれているものだし!


「!!!???(にが!!!)」


・・・見た目を裏切らないお味だった。




「姫様・・・その、大丈夫ですか」


気遣わしげな表情で伺ってくる陽春さんに頑張って笑って頷く。


口の中が苦すぎるの。引き攣った顔していそうだわ。


「口直しに干した果物が御座います。よろしければ召し上がって下さい。そして、召し上がりつつ今後の予定についてお伝えさせて頂きます」


差し出されたドライフルーツを有り難く口に放り込んで、顔は陽春さんに向ける。


「本来ならば養生を必要とされているお身体ですし、暫しこの場での滞在を考えていたのですが、不愉快な記憶ばかりであろう此方に長居するのも如何なものかと思い直しました。


そこで、お身体に触らない程度の速さで、宝林の白雲城に向かおうかと思います」


こちらを伺うように見てくる陽春さんに頷く。


「陽春さん達がそれが望ましいと考えて下さったのなら、異論はないです・・・


ただ」


「ただ?」


「申し訳ないのですが、改めて先に色々教えて下さいませんか・・・?私は、大して物を知らなくて・・・・」


「勿論で御座います」


宝林ってどこ・・・ハクウンジョウって城?お城???





世界には8つの国があり、この国は紅国という名前だという事


国は文州・貴州・光州・芳州・燕州・鋼州・礼州・京州・鈴州という9つの州に分かれているという事


この場所は文州にある山奥で、周囲に人里はない。一方でこれから目指すというのが国の政治と経済の中心地、貴州の中の宝林という高台の場所にある、真っ白な外壁が特徴のその名の通りお城なのだという事


陽春さん達は近衛という軍に所属していて、陽春さんはその隊長で公孫さんは副隊長・・・ちなみに副隊長はもう1人いてその人は城でお留守番しているのだとか。


そして私はこの国を統治する聖獣の鳳凰なのだということ。




「・・・え・・・にんげんじゃない・・・」


目をかっぴらいている自覚がある。


衝撃は-私-にも当然あって、普段はすぐ近くにある気配が消えたのが分かる。気絶かな?私も気絶したい。


「姫様・・・?」


「おとーさんとおかーさんは、人だった・・・はずだけど・・・本当の子供じゃ無かった・・・?」


「いいえ、それは違います」


衝撃に無意識に呟いた言葉は、すぐに陽春さんに否定される。


「詳しくは、城にお戻りになった後になるでしょうが、私達国民ならば誰もが知る鳳凰様についての記述書が御座います」


そうして、簡単にではあるが鳳凰の交代方法を聞いて小さく息を吐いた。


「先ほど、姫様の御心を考えてこの場を離れるとお話致しました」


「え、はぃ・・・?」


「実はそれだけではなく、鳳凰交代の報が流れて既に10年に近く、それほどまでに次代様が見つからなかった事が過去に御座いません。


ですので、一刻も早いお越しを、というのが実際のところでも御座います」




難しい表情の皆さんに、それは、かなり大変な事態なのでは・・・・と冷や汗が流れた。

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