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 卒業式は朝から講堂で執り行われていた。


 もちろん卒業する九年生だけではない。全学年、そして職員が一堂に会する滅多にない機会だった。


 そんな中、シオリは卒業生の最前列に座っていた。


『答辞。代表、50n』


 司会がルームメイトの番号を呼ぶ。自分を除いて最もスコアが高い彼女にその役目が任命されるのは至極当然だろう。ルームメイトとしても鼻が高い。シオリは小さく笑みをこぼした。

 間もなくフィオンが壇上へと上がり、送辞の挨拶を始めた。


『冬の寒さも遠ざかり、春のきざしを――』


 マイク越しにフィオンの声が届く。優しい声音。明日からこの声を聞けないと思うと寂しくもあるけど、新しい世界へと泳ぎ出すのだ。卒業式の後に行われる職業選定。そこで希望の職種を選ぶ。そのために、今日まで頑張ってきた。


『――――』


 と、壇上のフィオンと目が合った。だけどシオリにはその目が、どこか決意に満ちたように見えた。


 フィオン……?


『それでは最後に、卒業される先輩に私の好きな六つの言葉を送ります――


 スマイル

 愚直

 忍耐

 平静

 躍進

 変革


 です。本日は本当におめでとうございます。生徒代表、50n』


 最後にそう締めくくると、フィオンは答辞を終える。割れんばかりの拍手が講堂全体に響き渡る。紛れもなく、素晴らしい卒業式。誰もがそう感じていた瞬間だった。


 だからこそ、そこにふたつの空席があることに、誰ひとりとして気がついていなかった。



「まさか卒業式の最中に呼び出すなんて思いもしなかったよー」


 シオリは言う。そこは、二人が一年を過ごした部屋。

 先に中にいたのは、少し前まで答辞を読んでいたフィオンだった。


「先輩こそ、よく気がつきましたね」

「そりゃーねー。私の小説に出てくるトリックだもん。私に向けたメッセージだって、すぐにわかった」


 さっきフィオンが言った単語を縦読みすると『すぐに部屋へ』となる。自分たちだけで通じるやりとり。だからシオリは卒業式の最中にもかかわらずここに来た。


「それで、どうしたの? もしかして愛の告白ー?」

「はい」

「へ?」


 素っ頓狂とんきょうな声が出てしまう。


 かと思えば、フィオンはシオリの手を握っていた。


「行きましょう」

「えっ、ちょ、へ?」


 そしてそのまま部屋を出る。シオリを引き連れて。もう一方の手にはノート。フィオンのイラストと、シオリの小説が書かれたものだ。


「ちょ、行くってどこへ?」

「外に世界に、です」


 言うと、フィオンは握る手の力を強めた。


「い、いやいや。もう私は出るし、こんなことしなくても」

「ダメです」


 フィオンは言う。握る手と同じくらい力のこもった声で。


「私と、来てください」


 卒業式、スコア、職業適性、これからの生活。いろんなことがシオリの頭で駆け巡ったが、どうでもよくなった。それほどまでにフィオンの声が、愛の告白がずしりと響いていた。


「――わかった」


 シオリは頷く。愛する者を見つめて。


「行こう、一緒に」


 そうして二人は並んで廊下を走り、施設の出入口へ。いつもは厳重に見える警備も今日はどこかゆるく、いとも簡単に出ることができた。


「あのさフィオン。お金とかってあるの?」

「ご心配なく。ほら」


 フィオンは得意げにポケットから何かを取り出す。プリペイドカードだった。しかも残額はそこそこありそうだ。


「あっはは、フィオンもやるねー」


 笑い合う。ルームメイトになると似るんだな、とシオリは自分色に染まったフィオンにむずがゆい気持ちになる。


 施設がどんどん遠ざかる。新鮮な街の景色が二人を出迎える。


「そういえば先輩。レプトケファルスって、ウナギだけじゃなくていろんな魚の小さな頃をまとめてそう呼ぶらしいんです」

「へえー。私たちの呼び名にそんな由来があったんだ」

「今の私たちにピッタリじゃないですか?」

「って言うと?」

「今なら私たち、何にでもなれますよ、きっと」

「……うん、そうだね。なりたいものになれる。そんな気がするよ」


 二人はその瞬間、自由だった。誰にも邪魔されることなく、ひれを大海原に向かって広げていた。


 シオリたちは顔を見合わせると、手首に巻いた端末を外す。そして勢いよく放り投げる。

 ちょうどその数値は、どちらも100になった。

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かつて、レプトケファルス 今福シノ @Shinoimafuku

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