Last Episode 神様がくれた五分間


『お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても、手を繋いでるよ?』


《……僕は本当に、幸せだった》


『もし、ふさふさ真っ黒のポニテがちらり、と見えたらそれは私だから、立ち止まってくれる?』


《父さん、母さん。それにたくさんの人達が、たゆまぬ愛情で、無償の努力で支えてくれた。想ってくれた》


《そして、澪……》


《とうとう伝えられなかったけれど……神様が、許してくれるなら》


 許して、くれるなら。


 いつかまた……君の元へ。



 ベッド、ベッドテーブル、貴方の姿。


「…………え? あっ!」


 開けた視界に目が眩む。

 

 でも。

 そんな事より。


「貴方!」


 呼吸は!

 脈は?

 

「……よかった、息、してる……」


 若干苦しそうではあるものの、さっきと変わらない呼吸の仕方に、離さずにいた手の温かさに、震えがくる。


 そして。

 愚かな自分に震える。


 気が付いてしまった。

 思い知らされてしまった。


「本当にああやって私に言葉を、意志を伝えようとしていたのなら……貴方の声と心を……私は全く汲み取れていなかった」


 何一つ。

 何一つも、だ。


 どこにもたどり着けずに、私達二人の間で彷徨い続けた無数の想いと言葉は……いったいどこへ向かったのだろう。


 泣きたい。

 叫びたい。


 でも。


 今は駄目だ。


 悔恨も。

 懺悔も。

 全ては。


 貴方を見送ってからだ。



 こん、こん。


 ……ん?

 誰か来た?


 看護師さんの巡回は、夕方前に来ている。

 今日はもう私が呼ぶまで来ない筈だ。


 こん、こん。


 まただ。

 お客様かな?

 

「はーい。ちょっとだけ待っててね、貴方」


 間仕切りのカーテンを寄せて、扉を開ける。

 

「どなたさまかしら……あら?」


 扉の前に誰もいない。そして、近くにも廊下の端々にも、人の気配はない。


 少し見まわして、病室の中に戻る。


「誰もいなかったわ。サンタさんの悪戯かしら、ふふ」

「こ、こほん」

「……えっ?」


 貴方の声。

 まだ聞こえる。


 でも、視界は病室のままだ。

 ベッドの方から?

 カーテン越しの、声。


 このまま貴方の声を聞いていたいけれど……。


 カーテンを潜って、ベッドを見る。

 

「澪、あ、その……お久し振り、です」

 

 ベッドを椅子にして腰を掛ける、貴方がいる。


「え? あ、あら?」


 また、幻?

 白昼夢?


 でも、違う。

 さっきと同じようで、何かが違う。


 ……そうだ。

 視点が違う。

 それに、私に話しかけている?

 

「さっきのは、クリスマスプレゼントだったって言ってた。だけど、自分を責める君を見たサンタが慌てた。で、サンタの涙に困った神様が僕に、『時間が来る前に行っておいで』って」


 訳が分からない。

 理解ができない。


 でも。


 貴方が私に話しかけてくれている。

 貴方が、私に。


 夢でもいい。

 今日で命が本当に終わってもいい。


 私が。

 貴方が。

 お父様、お母様が。

 お父さん、お母さんが。

 貴方を、私を支えてくれた、助けてくれた皆が夢見た。


 希望が、未来が、幸せが。

 今、ここにある。


「声が聞こえてたのも、本当だよ。ありがとう。幸せだった。本当に幸せだった。最後に……それは、絶対に伝えたかった」

「ごめんなさい! ごめんなさい! 私、貴方の声、を」


 唇に、貴方の人差し指が優しく触れた。


 涙を溢しながら。

 微笑みながら。

 首を振る、貴方。


 時間が。

 時間が無いんだ。


 なら。

 なら!


「幸せだった! 貴方に出逢えて、ずっと傍にいれて幸せだった! 大好きで……大好きなっ………ううっ……ううー」


 あれだけ話しかけていたのに。

 伝えたい事はたくさんあるのに。


 言葉が出て来ない。

 ここで言えなかったら絶対、後悔するのに……!


「澪」


 温もりに包み込まれた。優しく頭を撫でてくれるその手、安心感。あの頃と何一つ、変わっていない。


「本当はあの頃に、たくさん抱きしめてあげたかった。ごめんね」

「私もたくさん、貴方を抱きしめたかったなあ」

「じゃあ、君と僕の楽しい未来の話をしよう」

「ふふっ……そうね」


 誰も見た事がない未来。

 私達が知る由のない、いつかの話。


「私から好きって言ってもいい?」

「あ、先に言われた! うーん。次は君の番。でも、その次は僕」

「駄目。会う度に私が大好きって言うの!」



 心からのプレゼントが届けられなくって泣いたサンタがいて。優しいサンタの涙を見て、奇跡を授けてくれた神様がいる。


 じゃあ。

 こんな奇跡を見せてもらえた、私達は。

 

 また逢える事を、信じてもいいでしょう?



「約束、忘れないでね? たくさん抱きしめて?」

「澪こそ、ね。好きは代わりばんこだから、ね」

「ふふっ……大好き。大好き。大好き。愛してる。また、ね?」

「澪、ありがとう。またね? 必ず、必ず、君の元へ行くから」

「うん。絶対、絶対、絶対………逢いに行く」


 


 

 

 



 


 



  







 



 だって。

 奇跡は起こるから、奇跡なんだ。




















 そして、私達は。

 神様のくれた奇跡の時間を。




















 絶対に忘れない。




















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神様がくれた五分間 ~クリスマスイブの奇跡~ マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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