第5話

「おい、起きろ」


 看守から無慈悲な声がかかり、目を開ける。


 俺はまた前世の記憶を見ていたことに気がつく。

 そしてあの時と同じく、ブタ箱にぶち込まれていたのも思い出した。


 あの人のいない世界に生まれ変わったことを思い出し、どうしようもなく虚しい気持ちに襲われるから、俺は眠るのが嫌いだ。


 黒川晴樹が、現場監督をぶん殴ってパクられている現実を思い出し、ゆっくりと身を起こす。


「弁護士が来ている。接見するからこちらへ」


 寝ている間に諸々の事務処理が進んでいたらしい。


 どうせクビだろうし、好きにしてくれと看守の背を追いかけ歩き出す。


 俺の処分より、同僚の給料をちゃんと払わせろ、とブツクサ文句を言うが無視される。


 接見できる部屋へと通され、無造作に置かれたパイプ椅子に座らせられた。


きっと会社が安金で雇った弁護士が来るんだろうと、ため息をつく。



「初めまして、黒川晴樹くん」



 聞いたことがある声だった。

 また名前を呼ばれたいと何度も渇望していた、忘れるはずがない声。



 アクリル板で隔たれた向こうに座っていたのは、スーツを着て穏やかな顔で微笑んでいる、最愛のあるじだった。


「レナ……ス……王……?」


 心臓を鷲掴みにされたかのような感覚で、うまく息ができない。

 

  嘘だろ。


「? 私は確かに玲奈という名前だが……。

 どこかで以前会ったことがあるかな?」


 うわごとのように呟いた名前がうまく聞き取れなかったのか、アクリル板越しの主は、首を傾げる。


 ああ、その些細な仕草さえ、あの人と同じだ。


「国選弁護士の北条玲奈です。

 今回の件、黒川くんの暴力に対して起訴されるかと思ったが、給料未払いだった事実が公になるのはまずいと、会社側は君に示談を持ちかけている」


 翡翠の瞳は、黒い目に変わっていた。


 日本人の名前で、日本人の顔立ちなのに、どうしてこれほどまでにあの人に似ている?


 言葉は聞こえてはいるが頭には入ってこない。俺はじっと、目の前の弁護士を眺める。


「示談ってわかるかな? 裁判をせず、お金を払って手打ちにしようということだよ」


「あ、ああ……わかります」


 内容が理解できていないと思ったのか、噛み砕いた言葉で説明し直してくれる。


 現実が理解できていない俺の気持ちには気が付かない。


 黒騎士ハロルドは、土木作業員の黒川晴樹に生まれ変わり、あなたをずっと探していたんだ。


 北条玲奈と名乗った女性は、具体的な金額や会社からの要求された書類の内容を伝えるが、ただ生返事をするだけだ。


「やはり暴力事件を起こした人を雇い続けるわけにはいかないと、契約は切られてしまうみたいだね。

 君は身寄りがいないみたいだし、急に無職っていうのも辛いだろう」


 弱き者を守る弁護士らしく、俺の職のことを心配してくれているらしい。


「そこで提案なんだが」


 言葉を区切り、俺の目をじっと見つめて、小さく微笑んだ。


「うちの事務所、最近忙しくなってきてね。事務仕事が私一人では間に合わないんだ。

君さえ良ければ、うちで働かないかい?」


 主とそっくりな弁護士から告げられた、地獄の底の俺への救済の台詞。


『君さえ良ければ、私の臣下にならないかい?』


 奇しくも、牢獄から手を差し伸べてくれたというシチュエーションも同じだ。


「もちろん給料は出すよ。ボーナスもね」


『もちろん褒賞は出すよ。近衛隊に出世もできる』


 何度も何度も夢に見た、あなたに出会ったあの日。


 右肩に刻まれた罪人の刻印はもう今はないのに、どうしてか熱く疼く気がした。


 断る理由など、あるだろうか。


「承知しました。玲、奈さん」


 前世、気高き王に教育された番犬は、敬語を使い頭を下げる。


「よろしい、契約成立だ」


 すぐそこを出れるように手配するよ、と優雅に頷く我が主君。


 あの日、吹雪の中、血を流し倒れていたあなたを救うことができなかった。


 何度生まれ変わっても、次は必ず助けると誓った。


 俺の命より大切な唯一無二の主。

 ずっと会いたかった。


「……次は必ず、俺が守る」


 掠れた声で呟いた言葉は、アクリル板越しの彼女には聞こえなかったようだ。


 レナス王に仕えた黒騎士ハロルドは、北条玲奈弁護士の元に仕える、黒川晴樹へと姿を変えたが、その信念は変わらなかった。

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輪廻の黒騎士と記憶のないロイヤー たかつじ楓@LINEマンガ連載中! @kaede_takatuji

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