第4話

「そこにいるのは何者だ!」


 振り返ると、上等な銀の甲冑を着込んだ騎士団の連中に取り囲まれていた。


 その時ようやく、自分の頬や手が返り血に染まっているのに気がついた。


 唯一生き残った町人が、走ってカーティス城に助けを求めたらしい。


 皆殺しの小さな村で、生きていて血まみれの斧を持っていた俺はすぐさま牢屋にぶち込まれる。


 そうしてつけられたのは、『三十人殺し』の汚名。



 村を襲い皆殺しにしたのも、俺の仕業だと思われているらしい。


 赤く燃える石を押し付けられ、罪人の刻印は一生消えない肩書きと酷い痛みを残した。


 暗い牢獄の中で処刑の時を待ちながら、俺は考えていた。


 酒浸りで俺を殴っていた親父や、それを見て見ぬふりをしていた奴らのことなんてほっといて、一人で逃げればよかったのに。


 夜盗どもに立ち向かわず、名前も過去も消して、一人で違う町へ行けば良かったのに。

何故だろうな。


 あの時は、奴らにやり返さなきゃいけないなんて思ったんだ。


 家族や村人たちが死んだって、愛情も信頼もない奴らに、なんの感情もわかないのに。

生まれた意味もなければ価値もないのだから、このまま死んじまうのも一等俺にお似合いかもしれない。


 自嘲じみた笑みを浮かべて、縄で結ばれた両腕を眺めていたら、ふと頭上から声がかかった。


「『三十人殺し』と聞いてどんな豪傑な男かと思ったら、存外若い青年だとはね」


 項垂れたまま視線だけ声のした方を見ると、檻の前に一人の人間が立っていた。


 男……いや、女か? 中性的な見た目と声で、性別が読めない。


 しかし身につけている真紅の服で、こいつが位の高い貴族だというのはわかった。


「……誰だよアンタ」


 縛られもうずっと水も飲んでいないため、声は喉の奥で掠れた。


「レナス・フォン・カーティスという。一応、このカーティス王国の王だよ」


 檻越しの人間は、栗色の長い髪を一つに束ね、薄い唇を上げて優雅に名乗った。


「……アンタが、王様?」



 王様なんて傲慢ででっぷり太った白髪のジジイだと思っていたら、若くて綺麗なものだ。


 そういえば、数年前に皇帝が死に、唯一の子供が若くして王の座についたと、風の噂で聞いた気がする。

 城下町のさらに果て、森の中の貧しい村には、その程度の情報しか来ない。


 レナスと言ったか。何故王様が、こんなドブ臭い檻の前まで来るんだ?


「お礼を言いたくてね。君が殺した蛮族たちは、数ヶ月前から小さな村を狙い皆殺しをする極悪人だ。被害が多くずっと探していたんだ」


 両腕を縛られ、項垂れている俺に視線を合わすため、レナス王は檻の前でしゃがみ込んだ。


 上等な服が汚れるのも気にならないらしい。

 宝石のような翡翠色の瞳と、初めて目が合う。


「町人を殺したのは君ではなく、蛮族たちだろう。

 町人たちの傷口はナイフでつけられていたが、蛮族たちは斧で一刀両断されていた。

 君は、復讐を果たしたんだろうね」


 柔らかく優しい口調で、血濡れの俺に話しかける。


「……復讐、か」


 大切な人を失ったのならまだしも、情も無い奴らのためにおろした斧を、復讐と捉えられるのかと、自嘲気味な声が出た。


「君の名前は?」


「……ハロルド」


 初めて名を聞かれ、素直に返した。

 下賎な平民に名字は無い。


 記憶にない母親が俺に唯一残してくれたのが、この名前。



「そう、いい名前だね」



 レナス王は形の良い唇を上げ、長いまつ毛を揺らした。


「処刑は取りやめだ、ハロルド。

 君は忌まわしき蛮族を倒し、今後の被害を抑えてくれた英雄だ。

 今すぐ君を解放する」


 そう言って片手を上げると、後ろで控えていた側近たちがすぐに檻の鍵を開けた。


 三十人殺したと言われ捕まり、今まさに処刑されそうな状況だったが、王の一言で簡単に牢の扉は開いてしまった。


 実際に殺めたのは七、八人で、それも極悪人だと指名手配されていた奴らだと、レナス王は気がついたのだろう。


 ドブ臭い檻の中、真紅の服を翻し、レナス王は一歩足を踏み入れた。


「罪人の焼印を押してしまった部下に代わり、私がお詫びをしたい」


 腰に差していた短剣を抜き、俺の手を縛っていた縄を切り、囚われの身を解放するレナス王。

 その細い指で、縄の跡がついた手首をいたわるように優しくさする。


「ハロルド。君さえ良ければ、私の臣下にならないか?」


「……はあ?」


 予想だにしない言葉に、間抜けな声が出た。


 王様の側近なんて、生まれながらに由緒正しき公爵だの伯爵だのの血統がやるんじゃないか?


「蛮族を一人で倒した君のその強さを、ぜひ私の元で役立てて欲しくてね。

 もちろん褒賞は出すよ。成果を出せば、近衛隊に出世もできる」


 俺の心を読んだかのように、レナス王はすらすらと言葉を紡ぐ。


 三十人殺しの冤罪と共に、斬首系に処されるはずが、王を守る騎士団に入れるなんて、まるで夢のようなお言葉だ。


「私と祖国に仇なす敵を斬ってくれればいい。できるね?」


 その翡翠の瞳に、空虚な俺の心の奥まで見透かされたような気がした。


 断る理由がない。


 今思えば俺は、あの時から俺はあの人に惹かれていたんだ。


「……ああ、いいぜ。王様。

 ところであんた別嬪だけど、男? 女?」


「交渉成立だ。まずは言葉遣いから教育し直してあげるよ、ハロルド」



 そう言って、レナス王はとても美しい笑顔を浮かべ、俺の手を取った。


 そして数年後、俺はレナス王の一番の側近、「黒騎士ハロルド」へと成り上がる。

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