第3話

 ガシャン、と無慈悲な音がして、俺は狭く暗い部屋に閉じ込められた。


 警察から取り調べを何時間も受けた後、帰ることは許されないと、拘留されたのだ。


「……ちっ。ずいぶん大袈裟じゃねえか」


 そもそも、先に作業員相手に暴力を振るい、給料を払っていないのはオッサンの方だ。ブタ箱にぶち込むのはあっちだろ、とブツクサ独り言を言う。


「身元引受人が来るまで拘留だ」


「俺にそんな奴いねぇよ」


 両親は幼い頃死に、兄弟もおらず施設暮らしの俺に家族などいない。

 せいぜい会社の雇い主ぐらいだが、大手ゼネコンと問題を起こした俺に手を差し伸べるかは甚だ疑問だ。


 とにかく、留置所に入れられては何もすることはない。


 コンクリート打ちっぱなしのがらんとした空間はやたら寒くて、作業着のボタンを1番上まで止め、床に寝転がりくしゃみをした。


 朝からの肉体労働と、何時間にも及ぶ取り調べ疲れで、俺の瞼はゆっくり下がっていった。



* * *



 そして俺はまた性懲りも無く前世の夢を見る。


 あの日も牢獄に入れられていた。


 両腕を縄で縛られ、右肩には罪人の証である焼印を押され、何日も閉じ込められていた。


 焼け爛れた右肩は熱を帯び、痛みと空腹で気が遠くなる中、ドブネズミが走り異臭が漂う牢獄の中で俺は項垂れていた。


『三十人殺したらしいぞ』


『あいつは悪魔だ。間違いなく処刑だな』


 見回りにくる看守はそう言い放ち、檻越しの俺に唾を吐きかける。



 母親は俺が赤ん坊の時に病死し、酒浸りの父親に毎日殴られて過ごしていた。


 お前を産んだから彼女は死んだんだと罵声を浴びられる日々。


 十五を過ぎると体も大きくなり、俺に勝てなくなった毛録した親父は、今度は金をせびってくるようになった。


 浴びるように飲む酒代の足しを稼げと、冬になる前には厚着をし弓と斧一本で森へと出かけたのだ。


 罠を張って野生の動物を取り、毛皮を剥いだり肉を売ったりして生活の足しにするためだ。


 その日も、いくつかの獲物を仕留めまだ薄暗い朝戻ってくると、冬だというのに家の玄関の扉が開けっぱなしなのに気がついた。


 背負った薪と獲物を置き、足を踏み込む。


「親父……?」


 声をかけると、返事はない。


 むせかえる酒の匂いは慣れたものだったが、それとともに、血の香りがした。


 はっとすると、胸から血を流した親父が、目を見開いたまま倒れていたのだ。


 見ただけでわかる、間違いなく死んでいると。


 急いで隣の家に行ったが、そこも玄関は空いており、口うるさい婆さんも、よく喧嘩していた幼馴染も、みんな血を流し倒れていた。


 心臓が恐ろしいほど早く脈打っている。ひゅーひゅーという風音が喉の奥から漏れ出る。


 殺されている、全員。


 貧しく小さな村で、全員昔からの顔見知りだ。ろくでもない奴らばかりだったが、死ぬほどじゃなかった。


 一体誰が。


 家の外へ出て周りを見渡すと、霞む視界の遥か奥に、松明の光が見えた。


 地面には数人の歩いた足跡がある。


 あいつらだ。


 そう思った時には、走り出していた。


 現実を受け止められず、理解が追いつかない脳みそを冷やすためにか、後から後から涙が出てきた。


 松明を持っている小汚い男たちは、最近噂になっていた夜盗のようだ。


「年寄りと男しかいねぇしけた村だったな。女がいたら可愛がってやったのによぉ」


下卑た笑いを浮かべた奴らまで走り寄り、大声を上げた。


「おい待て!」


斧を握りしめたまま叫ぶと、自分でも情けないぐらい震えた声だった。


「なんだぁ、あのガキ、泣いてやがるぜ」


「死ななかったんだから、逃げればよかったのになぁ」


 振り返った夜盗たちは、下卑た笑みを浮かべたままゆっくりと近づいてきた。




 それからのことはあまり覚えていない。


 手に持った斧を先頭の奴の脳天めがけて振り下ろしたあたりから、脳みその容量を超えてしまったのかもしれない。


 手の中に残る、肉を骨ごと切る感覚は、豚を捌く時と同じだと思った。


 間違いない、こいつらは豚だ。無抵抗の町人を襲い、命を奪った糞以下の豚ども。



 気がついた時には、全員地面に転がっていた。


 その場に立ちすくんでいるのは自分一人で、ぼんやりとその死体を見下ろしていたのだ。


 斧からは血が滴り落ち、朝日がその刃を照らしてる。

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