第5話 新たな場所へ

 叫び声が響き渡る。鏡がないので顔は見えないが、手で触った感じや形の違いはすぐ分かる。しかも全身までもが緑色に変色し、肉がぶよぶよと垂れ下がっているのだからリリアナは気が動転した。その様子を見ていた白虎は冷たく言葉を投げかける。


「それが代償だ。人を欺き、自分ばかりが良い顔をしてきた虚栄心丸出しのお前にはピッタリの罰ではないか」

「……っ、冗談じゃないわっ! 嫌よっ! 今すぐ元に戻してよっ!」

「審判はけして覆らない。例え世界が滅んでももう元には戻らない。命が取られなかっただけでもありがたく思え」

「……そんなっ! ……嫌よ嫌よっ、いやあああっ……!」


 まだ何か騒いでいるが、白虎はそれを無視して向きを変えた。固唾を呑んで成り行きを見守っていた群衆から次第に騒めきが広がる中、白虎とシャーロットは何かを真剣に話している。そこへ、足元をふらつかせながらザカリーが二人に近付いた。


「すまなかったシャーロット! 命を救ってくれた君に私は何という事をっ……! どうか許してくれないかっ! 私はリリアナに騙されていただけなのだっ!」


 そう言ってザカリーは跪いては頭を下げる。それに続き、周りにいた者たちも次々に謝罪し始めた。


「申し訳ありませんでしたシャーロット様!」

「私たちは騙されていたのです! どうかお許し下さい!」

「まんまとあのリリアナ妃の口車に乗ってしまいっ……深く反省しております!」


 そんな彼らをシャーロットは少しのあいだ黙って見つめた。やがて「ふう」とため息を吐くと表情を変えずに口を開く。


「……本当に、あなた方は聖痕が全てなのですね。そうやってリリアナのせいにばかりしていますが、聖痕ばかりに囚われ、本質を見ようとしなかったのは誰ですか。聖痕があるから正義とか、聖痕がないから偽物とか……、そんな偏った考え方しか出来ないあなた方にも非があるのではないでしょうか」

「……! それはっ……」

「私は残念でなりませんでした。あれほど命懸けで国に尽くしてきたにも関わらず、聖痕がないと分かった途端、過去の実績は否定され、みんなに手の平を返されて……。結局、私がどれだけ頑張ろうが貢献しようが関係なかったのです。評価されていたのは私ではなく、聖痕だった訳ですから」

「……っ、……シャーロット、それはっ…………いや、……すまない」

「もう謝罪は結構ですので、これからの事を話しましょう。まず、私たちはこの国を出て行きます。スノウとも話し合いましたがその後の事は――」

「――えっ!?」

「……へ? ……はい!?」

「……シャーロット様? 今、なんと……?」


 予想外の言葉が耳に入ってきたのでその場にいた全員が目を丸くした。強調するようにシャーロットが「私たちはこの国を出て行きます」と更に言葉を重ねると、みんなサアッと青ざめる。そこへ高台にて高みの見物を決め込んでいた王がようやくこの場に割り込んだ。


「……シャ、シャーロット嬢っ! それは考え直してくれないかっ!? これまでの事は謝るっ! だからどうかっ……!」


 慌ててそんな言葉を口する王をシャーロットは白けた気持ちで見つめていた。以前は誰よりもシャーロットに敬意と賛辞を呈していた王は、彼女が帰還した途端何の関心も示さなくなった。他の人のように罵る事はなかったが、それでもこの状況になるまで何一つ口出しせず、我関せずの完全な傍観者となっていたのだ。それなのにここへきて縋ってくる事にシャーロットはほとほと呆れてしまった。


「もう決めた事です。あの時、処刑を言い渡された時に私の心は決まったのです。この国が私を捨てるなら、私はこの国を出て行こうと。そしてこの力は私を必要としてくれる国や人の為に使うべきだと」

「……そんなっ! それではこの国はどうなるのだ!」

「リリアナがいるではありませんか」

「……! あんな化け物っ……! そうだ、ではこうしよう! リリアナは即刻処刑とする! それで其方はまたザカリーと――」

「――何を言っているのですか」


 今まで見た事もない、その冷淡な態度と物言いに王は思わず身をすくめた。シャーロットは更に落胆している。自身の時もそうだったが、都合の悪い邪魔者は消してしまえ、処分してしまえばそれでお終い……、そんな考えでいるからこの国は何も学ばないし成長しないのだ。先程話し合っていたのも実はそれを懸念しての事だった。怒りを滲ませるシャーロットの代わりに、白虎が王とザカリーにその件を説明する。


「先程、シャーロットとも話し合ったが、リリアナの聖痕はそのまま残す事にする。本来ならば間違いなく滅していた所だが、シャーロットの最後の慈悲だ。せいぜい感謝するんだな」

「……!」

「……それはっ……」

「故に、今後何があっても処刑するなど許されんぞ。聖痕持ちを殺せば国中に厄災が降りかかる。……まあ、聖痕持ちとは言ってもその力はごく僅かの本当に微々たるものだがな。それでも無いよりはマシだろう」

「「……ッ」」

「お前らはその力がこれ以上弱まらない様にきちんと管理するんだな。これまでのようにぐうたらさせず身を粉にして働かせろ」

「はいっ!」

「必ずやそのようにっ!」

「あとこれだけは言っておくが、お前ら……特にザカリーはシャーロットの時のようにけして態度を変えるなよ。リリアナは生涯お前の妃だ。これからも寝食を共にするんだな」

「……!?」

「……そ、そんなっ……」

「そして毎年この日は、必ずあの記録映像が流れるようにしておく。愚かな過去を反省し、また同じ過ちを繰り返さぬように」

「……ッ」

「……承知、しました……」


 二人は項垂れる。人々も肩を落とし、現場には重苦しい空気が漂った。



 その後、シャーロットは宣言通り速やかに国を出て行った。後ろ髪を引かれる思いは微塵もない。何とも爽快ですっきりとした足取りだ。道中、そんな彼女に白虎が訊ねる。


「シャーロット、もう次に行く国は決めてあるのか?」

「ええ。あの子がいるエルシュタール帝国に行ってみようと思うの」

「あの子? ああ、アイツか。……確かにその国の事は我も気になっていた」


 実は黄泉の国にいる間、シャーロットはある人物と知り合っていた。ザカリーと同様に強力な呪いに侵されていたその人物は真っ暗な死の淵にいたのだが、シャーロットが更に追加で宵契約をした事でその者の命を救ったのだ。本来なら二年の宵契約が四年にもなったのはこの為だった。


「その後、あの子がどうしているのかも気になるけど、黄泉の国へ来る人数がその国だけ異常に多かったのが引っかかって……」

「……うむ、そうだな……」


 白虎としてはさっきからシャーロットが“あの子”と言っている方が気になったが、妙ないたずら心で、それは黙っておく事にする。実は、魂が擦り減っていた影響で幼い子供の姿にはなっていたが、本来あの者は成人した大人である。しかもその素性が帝国の皇子である事はまだシャーロットは知る由もない事だった。


「……まあ、きれい……」


 目指す方角には鮮やかな夕日が見えていた。あまり見ないオレンジとピンクの色合いが心に勇気を与えてくる。胸が高鳴るシャーロット。それは何故だかこの先に新たな希望がある事を予感させた。

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黄泉の国から戻ったら、婚約者と妹が結婚してました。 雅楽夢 @bee3gamu8

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