第4話 その代償

「……リリアナ。私はあなたに聖痕を預けた。……分かる? 預けていただけなのよ。あげた訳じゃない」

「……はあ?」

「だから、返してもらおうと思えば、私はいつだってその聖痕を取り戻す事が出来た。でも、それをしなかったのは、あなたが大変な目に遭うのが目に見えていたからよ」

「……何よそれ、どういう事よ!」

「聖痕にはね、それを受け持つ者の資質と責任が問われるの。間違った行いをすれば自ずとそれは自分に返る……。罪の数や重さに応じて代償を支払わなければならないの」

「……なっ、そんなの聞いてないわ!」

「私は何度もあなたに言ったわ。このままでは大変な事になる、だから本当の事を言うようにと。罪を認める事で降りかかる災難を軽減出来れば……、そう思って何度もあなたに訴えたのに……。結局、あなたは聞く耳さえ持ってはくれなかった。最後まで罪を重ねてしまった……」


 その言葉を追うようにオーブはその時のシャーロットとリリアナの様子を映し出していた。シャーロットは確かに、このままでは大変な事になる、あなたに災難が降りかかると警告しているにも関わらず、リリアナは意地悪く笑っては嫉妬するなんて見苦しいと、的外れな言葉でシャーロットを軽くあしらっている。


「……っ、何よ、何なのよ……」

 

 リリアナはここで初めて焦燥感を露わにした。嫌でも不穏な空気を感じ取り、不安そうに腕をさするなど落ち着かない素振りを見せている。そんな彼女を白虎は更に追い詰めた。


「その聖痕も随分と酷く穢されたものだ。元々は輝くダイヤモンドブルーの色味だった筈が、今ではそんなに黒ずんで……」

「……これはっ――」

「もうザカリーを救った影響でとか、そんな言い訳は通用せんぞ」

「……!」

「人を欺いた上に、聖痕を持つ者としての役目も忘れ遊び呆けていたのではそうなるのは当たり前……。輝きを維持する為にはそれに見合った努力と責任を果たさなくてはならんからな」

「……ッ」

「その点、シャーロットは立派だったぞ。黄泉の国でも悩み苦しむ人々の為に全力を尽くし癒しを与え、おかげで死の淵から救われた者も多かった。……故に、我としては、その穢れた聖痕をシャーロットに返されるのはとても我慢ならぬのだ」


 そう言うと白虎は再びその目を強めた。光り輝く両目と共に今度は自身の聖力によって毛が逆立ち、圧縮された空気の波が弧を描いて周囲に広がる。それが疾風の如く過ぎ去ったかと思えば、キラキラとした金粉が辺り一面に煌めいた。それは流れる風に乗り、美しい光の帯となり、シャーロットを優しく包み込む……。やがて凝縮した光が発散すると自然と彼女の枷が外れた。その左手には黄金色の新たな聖痕が輝いている。


「黄泉の国の神々によりシャーロットには新たな聖痕が与えられた。これぞシャーロットに相応しい最上級の聖痕だ」


 その金の色味はまさしく最上級の証であった。数千年前に存在したと言われる大聖者と同じ色の聖痕がシャーロットの手に刻まれたのだ。人々は驚きのあまり息を呑む。緊張感が漂う妙な静けさの中、白虎は「さて」と視線を切り替えた。


「あとはお前への処罰だけだ」


 急に声のトーンを落とした白虎にリリアナは「うっ」と動揺した。その視線が自分の聖痕に向けられていると思ったリリアナは咄嗟に後ろに左手を隠す。


「何よ! お姉様はもう新しい聖痕を授かったんだからいいじゃない! これは私の聖痕よ! 取り上げるなんて、そんな処罰は受けないわ!」

「お前の意見など聞いていない。それに、そんな事が処罰になる訳がないだろう」


 凄みのある顔で睨まれたリリアナは思わず一歩後ずさりする。そんな彼女を逃すまいと白虎は声を張り上げた。


「審判の時がきた! お前には相応の罰が下される!」


 言うや否やすぐに「キャア!」と悲鳴が上がった。空中で記録映像を写していたオーブが勢いをつけて聖痕の元へ戻ったと同時に黒い煙がリリアナの体を取り巻いたのだ。悶える人影。程なくして煙は消え去ったが、再び姿を露わにしたその人物に人々は絶句してしまう。

 そこにはもう元の姿など想像も出来ないほど醜悪な化け物に変わり果てたリリアナらしき人物がいた。その風貌は頭ばかりが異様に大きなバランスの悪さがまず目立ち、まだら模様の緑色の顔面は瞼や耳たぶ、頬の肉がぶよぶよに垂れ下がっている。禿げ上がった頭部とおでこにはカエルの目玉のようなものが無数に散りばめられていて、ポカンと開けたその口からは先が割れた長い舌が飛び出していた。

 時間差であちこちから人々の悲鳴が聞こえてくる。それが自分に向けられているのだと知ったリリアナは急いで自分の体を確認した。


「……いやあああっ! 何よこれっ! どうなってるのっ……!」

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