第9話 どきわく!アリーの必殺仕事人講座

 オアシスを後にした二人は再び砂漠を進む。昼間、太陽が顔を出している内に進めるだけ進み、夜が来たら身を隠して交代で眠った。


 どうして涼しくなる夜に行動しないのか?

 カインは砂漠に入り、最初の夜にアリーへ尋ねた。すると彼女は当たり前だと言わんばかりの表情をして「夜の方が快適だからさ」と答えた。カインには意味が分からなかった。しかし、その意味はすぐに知ることができた。


 砂漠の夜は昼間とは違う顔を覗かせる。日中、暑い日差しを避けて隠れていた生き物たちが活発に動き出したのだ。

 カサカサと脚を蠢かせ、カインの胴体を軽々挟めてしまいそうなハサミを持つ巨大なサソリ。常に5、6体の集団で行動する獰猛で狡猾な四足獣たち。他にも蛇や虫など多種多様な生物が姿を見せる。そして、そのどれもが危険な雰囲気をまとっていた。


 カインは息を潜めて夜を過ごした。夜の砂漠で見かけた生き物たちから標的にされたら、どれであっても無事でいられる自信がない。

 特に巨大サソリは危険だ。一度、人間大の獣がサソリに襲われていたが、巧みな鋏さばきで逃げ場を削り取り、最終的に捕まえて尾の毒針を突き刺していた。自分と同じくらいの大きさをした獣が、その一刺しでピクリとも動かなくなる。恐怖を抱かない訳がなかった。


 気付かれないよう息を潜めるカインをよそに、その隣ではアリーがぐっすりと眠っていた。この状況でも眠れるとはやはり彼女は底知れない。もしくは神経が図太いのか、能天気なのか。カインにはどれとも判断がつかないのだった。



 砂漠を歩み続けて5日経った。4日目に西のオアシスと呼ばれる湖で水分の補充をしてすぐ翌日。ついに標的であるロックスキンベアーの巣を見つけた。

 砂の上に残ったロックスキンベアーの足跡、あるいはわだちと言った方が正しいだろうか、を手掛かりに進んだ結果、岩場の多い砂岩地帯で発見した。

 大きな砂岩に横穴状の窪みができており、地面には枯草が敷かれている。アリーが調べたところ、ロックスキンベアーのフンも落ちており、間違いないとのこと。

 どうやら横穴がちょうどよい住処になっているようだ。……とはいえ、今はもぬけの空である。


「居ないみたいだけど」


「ロックスキンベアーは昼に活動するからね」


「それじゃあどうするんだ?」


「帰ってくるまで待つしかない。当てもなく探し回るより巣の近くで見張る方が確実さ」


 そう会話を交わし、岩場の隙間に紛れるよう簡易テントを張った。砂岩と同じ色合いをしたテントは近くで見ても気付かれにくい迷彩仕様だ。そこで夜までじっくりと待つ。



 巣の近くで身を潜めてしばらく経った。徐々に陽が傾き、伸びゆく影が世界に夜の訪れを伝えている。そんな中、遠くからゴロゴロと何かが転がってくるような音が近付いてきていた。

 テントの目出し穴から周囲を探る。アリーが「アレだ」と言って指差した方向へカインが視線を移すと、大きな車輪が単体で転がってくるのが見えた。普通の馬車に付いている車輪と比べて横幅が何倍もある。それに直径も人の2、3倍くらいありそうな巨大車輪だ。


「な、なんだアレ……」


 カインの疑問に答えるように、巣の近くまで転がってきた巨大車輪は動きを停止させた。背を地面にしてゴロンと寝転がる様に丸まっていた身体を解除する。その姿はまぎれもなく熊であった。

 ともすれば寝転ぶようにして回転を止めた姿は愛くるしさすら感じられるが、そこからノシと身をもたげた姿は人の何倍も大きい。カインの中で一瞬生まれた愛らしいと思う感情も刹那の後には吹き飛んでいた。


「大きいな」


「あれでもまだ若い方だよ」


「もっと大きくなるのか?」


「過去には突進の一撃で城壁を粉砕したロックスキンベアーも居たからね」


「城壁を……!?」


 アリーがモンスターの強大さを示すために城壁を例に出したのには理由がある。人類がモンスターに対して長じている部分の一つが建築能力だからだ。

 その中でも城壁というのはある一定の基準を元に建築されている。宮廷庭師の息子だったカインは、父の手伝いで王宮の再建設計に携わった際に聞いたことがあった。


 曰く、城壁とは人類がモンスターに対抗する上での絶対防衛ラインであり、踏み越えられてはいけない防波堤でもある。城壁を前に一定以下のモンスターは為す術もなく門前払いを受ける。それによって民は城壁の内側で安心して暮らすことができるのだ。

 つまり、城壁を一撃で粉砕する。それの意味するところは国の安全を脅かす災厄級のモンスターであるということ。

 ロックスキンベアーが成長すると、そんな災厄へと成長する可能性を秘めているということに他ならない。


「ロックスキンベアー、そんな恐ろしいモンスターだったのか」


「あはは、そんなに心配しなくてもそこまで成長することは稀さ」


「そうなのか?」


「そうだよー。何故なら発見され次第、すぐさま国から討伐依頼が出されちゃうからね」


 グルグルと肩を回して立ち上がるアリー。

 その様子を見てカインは当惑した。剥製師アリーの下へ舞い込む依頼とは剥製の作成依頼だ。そして、剥製にする対象を手に入れるところからアリーは請け負っている。

 ということは、今からアリーはあの巨大なロックスキンベアーを殺すということ。果たして本当にそんなことができるのか。不意に不安がよぎる。


 アリーは不思議な女性だ。カインとそう年の変わらない見た目をしているが、物腰は柔らかく落ち着いている。ロックスキンベアーを前にしても彼女は自然体のままだった。どうしてそんな落ち着いていられるのか、カインには不思議で仕方なかった。



「今後、君にも仕事を手伝ってもらいたい。だから少しレクチャーしよう」


 アリーはまるで先生のように指を立てて話し始める。

 そんなアリーの声をカインは不安な心を押し殺して聞いた。


「一等級の剥製を作成するためには出来る限り対象の損傷が少ない状態で殺す必要がある。では、目の前にいるロックスキンベアーの場合、どうすれば一等級の剥製にできると思う?」


「えっと……、毒を盛るとか?」


 いきなりの質問にカインはとっさに思いついた方法を答えた。

 自分があのモンスターを殺すとなったら、毒を使うくらいしか思い浮かばない。とはいえ、あの巨体を倒すとなったら生半可な量では済まないのだろうが。

 さて、カインの答えを聞いたアリーは腕を組んで首を傾げた。


「ふむふむ、毒か。それだと死ぬ間際に暴れ回って自身の身体を傷つけてしまうだろうね」


「あぁ、たしかにそうか」


 そもそもの前提として一等級の剥製を作らなくてはいけないのだ。自傷によってボロボロになってしまえば、とても上等な剥製にはできないだろう。

 どうやら思った以上に繊細な仕事らしい、とカインはここにきて気付いた。しかし、気付いたところで、ならどうしたらいいのかとなると全然思い浮かばない。


「そもそも生物を殺す方法なんて、そう多くは知らないぞ。毒がダメなら剣や槍で心臓を突くとか?」


「あはは、四足の動物を相手に心臓を狙うのは難しいかな。まあ、ジークならやれるかもしれないね」


 引き合いに出される対象が王国最強の兵士長ジークだ。今まで剣の一つも振るったことのないカインには到底できない芸当ということだ。


「降参だ。何も思いつかない」


「おや、もうお手上げかい。では答え合わせだ」


 カインが参ったと両手を上げるとアリーは不満そうに答えた。もう少し考えて欲しかったのかもしれない。しかし、カインは生物の殺生とは無縁の生活を送ってきた。毒や心臓を狙うといった分かりやすい選択肢がハズレとなると最早他に思いつくものは無かった。


 答え合わせをすると言い放ったアリーは岩場の陰で迷彩となっていたテントからひらりと飛び出すとロックスキンベアーの眼前に姿を現した。

 いつの間にか右手全体を覆うようにして金属製の籠手が装着され、さらに腕と同じくらいの長さを持った針が握られていた。


 ロックスキンベアーがアリーに気付く。自身と比較すればずいぶんと小さな人間の存在を前にして、それでもロックスキンベアーは警戒の姿勢を見せた。四つの足でしっかりと地を踏み、姿勢を低くする。


「ほう、私を見て警戒するのかい。良い勘をしているね」


「グルルルル……」


 相手を称賛するような言葉を吐きつつアリーは笑みを浮かべる。対するロックスキンベアーは低い唸り声で答えた。

 警戒しつつアリーの動きを見ている。慎重な性格だ。もし、ここで猪突猛進に襲い掛かるような性格であれば、このロックスキンベアーはもっと短命だったろう。もっと言えば、アリーに依頼が入らなければ災厄級とまでは言わずともそれなりに強大な存在へと育つ素養もあったかもしれない。



 突然、強い突風が吹いた。

 砂岩の多い地帯だと岩と岩の狭間ではより一層強く風が吹く。そして、風は砂を舞い上げる。ロックスキンベアーはほんのわずか意識をそちらに向けてしまった。

 元々、もっと南方の大陸からこの砂漠地帯へ移動してきたロックスキンベアーは砂漠に適応している訳ではない。そのため風で舞い上がる砂が目や鼻に入り込むことに対しては、カインやアリーといった人間と同じように不快感があった。


 そして、その一瞬が命取りだった。次の瞬間にはアリーの姿が消え、ロックスキンベアーは左右を見回し、女性の姿を探す。直前まで眼前で気の抜けた笑みを浮かべていた得体のしれない女性はもうどこにもいなかった。

 結果、ロックスキンベアーはアリーを見失った後、もう一度彼女を認識することは無かった。一部始終を見ていたのはカインだけだ。


 風が吹き、砂埃が舞った瞬間、アリーは体勢を限りなく低くした後、ぬるりと地を這うような動きでロックスキンベアーに接近していた。

 そして、死角を縫うように背後へ回ると持っていた長い針を、硬質化した後頭部と毛に包まれた柔らかな首の境界付近へ向けて一刺しにした。キーンと針と籠手がぶつかり合う音が鳴り響く。

 直後、ロックスキンベアーの四肢から力が抜けていき、音を立てながら地面に倒れ伏した。


「分かったかい。正解は頸椎を一撃で貫く、だ」


 そう言って得意そうに笑うアリーをカインは複雑な表情で見返すのだった。

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モンスター剥製師アリー かなぐるい @kanagurui

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