第47話【幽霊メイド】

空を見上げて見れば夕暮れ時ぐらいだった。フワフワの柔らかそうな雲が夕日で赤く染まり始めている。そのような夕日を背に怪鳥の群れが飛んで行く。山にでも帰るのであろう。


俺は亡霊のトンネルを出るとファントムブラッドの町に戻った。たぶんトンネルに入っていたのは5時間ぐらいだったのだろう。思ったよりも長く戦っていたらしい。特に一般幽霊の群れと兵士の幽霊の群れが時間が掛かったのだと思う。トータルで数百体は倒したと思う。


そして、街の大通りでワオチェンたちと別れた。彼らは冒険者ギルドに帰ってトンネル開放の報告をしてくるそうだ。俺たちはショスター邸に向かう。


俺たちがショスター家の屋敷前に到着すると、玄関前の花壇でショリーンお嬢様がおかっぱ幽霊メイドのホーリーと仲良く二人でお花を摘んでいた。


ホーリーって幽霊なのに昼間っからお天道様の下で堂々と行動できるんだよな。なんか幽霊っぽくないよね。


それよりも――。


俺はチルチルとワカバを引き連れてショリーンとホーリーに近付いていった。俺に気が付いた二人が俺の骸骨顔を見上げる。するとショリーンお嬢様だけが温かく微笑んだ。ホーリーは大きく眼球を見開いて俺を見詰めている。その眼差しが怪奇でちょっぴり怖い。


ショリーンとホーリーの前に立った俺はチルチルに向かって手を伸ばした。するとチルチルが肩から下げている鞄からウロボロスの書物を取り出した。それを俺に無言で手渡す。


俺はウロボロスの書物を開くとクエストが書かれたページをホーリーに見せた。


【クエスト006・完了】

シャドーゴーストを退治しろ。

成功報酬【アンデッドボディー・声】or【シャドーファミリア・幽霊メイド】。

どちらかの報酬を選択してください。


ホーリーはウロボロスの書物を見るとゆっくりと立ち上がった。その脇にショリーンが縋るようにくっついている。メイド服のスカートをキュッと掴んで放さない。


そして、大きく見開いた眼差しで俺の髑髏面を見詰めながらホーリーが述べる。


『もしも骨の魔法使い様が、その契約を結ぶと言うのならば私はお受けしましょう。何せ幽体としてこの世に残れていたのは、その契約を果たすためでございます……』


感情の薄い冷え切った口調だった。まるで血の流れていない亡霊のようなしゃべりかたである。


あっ、ホーリーは幽霊だから間違いはないのか……。


それよりも。さて、どうしようかな。ウロボロスの報酬通りにホーリーをファミリアとして召喚するべきだろうか。それってショリーンちゃんとホーリーを強引に引き離すことになるのではないだろうか。それだとショリーンちゃんが可愛そうではないだろうか。


ここは妥当にもう一つの報酬である声をもらったほうが良いのではないだろうか。無理して幽霊少女をメイドとして略奪する必要も無いだろう。


そんな感じで俺が悩んでいるとホーリーが思い掛けないことを言い出した。


『骨の魔法使い様が望むのならば、我らシャドーファミリア10名は、喜んで骨の魔法使い様にお使いします。そうでなければ全員が成仏して天に召されます。それもすべて骨の魔法使い様の判断しだいでございます……』


えっ、10名だって?


『我々シャドーファミリアは父ジャック・シャドーに殺された者たち。私や母、それに町娘8名の魂で御座います……』


ウソ、10名も居るのかい。それって一気にハーレム拡張じゃんか。嬉しいやら何やらだな。でも、流石に10名は多すぎないか。大所帯に成りすぎるだろ。それに幽霊ばかりで多すぎるしな。


『ならば一度契約をしてから解雇してくださいませ。そうすれば成仏したい娘たちは自ら成仏を選ぶでありましょう……』


そ、そうなの……。なんかそれも勿体無いな。沢山釣れた魚をリリースする釣人の思いだよ。


するとホーリーの背後に9人の女性が浮かび上がる。それらが縋るように俺を見詰めながら祈っていた。どうやら彼女たちは成仏死体らしい。それが表情から伝わってくる。


もしも俺が彼女たちをファミリアとして迎え入れなければ、彼女たちはどうなるのかな?


『おそらく成仏も出来なくこの世を彷徨い続けることでしょう……』


うわ〜……。なんか俺の責任重大じゃんか……。重い。かなり重いぞ……。


んん〜、これは仕方無いか。ここは俺が大人に成ろうではないか。全員一度俺のファミリアに迎えてすぐに解雇だ。成仏したい人は成仏すればいい。長いことジャックに束縛されて泣き続けていたのならば捨てては行けないだろう。声も諦める。メイドも諦める。これで全部終わりだ。


それから俺はウロボロスの書物から報酬を選ぶ。それは勿論ながらシャドーファミリア・幽霊メイドだった。


するとウロボロスの書物が輝くと幽霊たちがメイド服に変わる。


そして、俺は音読アプリで述べた。


『ソれじゃあ、全員解雇ネ。成仏しタい人は早く成仏しナさい』


すると祈るように手を組み合わせていた幽霊メイドたちが次々と光の泡と変わって天に昇っていく。その顔は清々しく微笑んでいた。泣いている娘も居た。


これでやっと安心出来たのだろう。殺されてから30年。長かったと思う。


そして俺は天に昇っていく彼女たちを見送った。


それから―――。


『それでは御主人様。今後とも宜しくお願いします……』


あれれ、九人は成仏したのに一人だけ残っているぞ。どうしたの、おい?


『私の名前はホーリー・シャドー。豚肉解体場のホーリーで御座います……』


名乗るホーリーの身形は大きく変貌していた。純白だったエプロンが乾いた血糊でベトベトである。


爛々と輝く大きな目を見開いたおかっぱ少女の幽霊は、片手に大きな中華包丁をぶら下げながら怪奇に微笑んでいた。その微笑みは狂気。悪霊の微笑みだった。


な、なに……。自分で豚肉解体場のホーリーとかって勝手に名乗っているよ。こ、怖い。恐怖が強すぎる。


ほら、ホーリーの怪奇な笑みを見たジョリーンちゃんも逃げ出したじゃないか。


これはトラウマになっただろうな。南無南無。



【シャドーファミリア・豚肉解体場のホーリーがメイドとして使えることが決定しました】




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ゴールド商会に再就職。メイドさん好きな骨屋敷の御主人様は現代と異世界を行ったり来たりして金貨を稼ぐ。 真•ヒィッツカラルド @SutefannKing

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