第22話:ワサビと寿司の話
記憶の中にある握り寿司の一番古い記憶は、漆塗りの丸い桶に詰められた寿司を親戚たちと囲んでいる食卓である。おそらく冠婚葬祭かなにかで、仕出しをしてもらったものだろう。当時、子供はイクラと玉子だけ食べるものだと言われたものである。なぜなら、他のネタには例外なくワサビが塗ってあるためだ。一度、興味本位で他のネタをつまんでみたらワサビの刺激で大泣きしたことがある。
90年代に入ると、回転寿司やら「小僧寿し」チェーンなどのファミリー向けの寿司屋が急速に増えてきた。それらの店では1人分ずつの持ち帰りが可能で、「サビ抜き」のオプションも当然のように備わっていた。小僧寿しでは、とろろそばと二段重ねになったパックをよく買ってもらっていたのを思い出す。
ワサビを克服できたのはいつ頃なのか、はっきりとは覚えていない。遅くとも10代の頃だったとは思うのだが、同じ握り寿司でも昔のほうがワサビがきつかったような気がする。実際に量が減ったのか、店の個性の差か、それとも味覚の変化でそう感じるようになっただけなのかは、今となってはわからない。
気がついたら回転寿司ではサビ抜きがデフォルトというかサビ抜きオンリーになってしまい、ワサビはその都度つけるものになってしまった。加減が難しい(特に、イカのように淡白なネタは刺激を感じやすい)ので、食べる人に任せるという方向性自体は歓迎すべきなのかも知れない。コスト削減のために職人への依存度を減らすこと自体は当然の流れである。
さて、私は寿司屋で最初に注文するネタはイカだと決めている。特に、本日のおすすめに書いてあったりすると必ず注文する。淡白なネタから順番に楽しむというセオリーはもちろん、イカは鮮度の良し悪しが非常にダイレクトに反映されるので、見て食べてみれば他のネタの期待度もわかるというものだ。イカが不味い店で食うくらいならスーパーのパック寿司でも買ったほうがマシである。同様に、生のタコがあれば必ず頼む。これは専門店以外ではめったに食べられない代物である。
イカタコ以外では、アジやイワシなどの光り物があれば必ず注文する。これも鮮度が命であり、そもそも置いていない店も多い(実は昔ながらの個人店よりも回転寿司のほうが強いネタだと思っているのだが、近年は不漁で置いていないところも多くなった?)。
マグロはトロよりも赤身のほうが好みである。醤油漬けがあるとなお良い。もちろんカツオも大好きで、やはり血の滴るような半透明な赤身が良い。できればワサビではなくショウガでいただきたいところではあるが。
イクラは子供の頃は好きだったが、今は積極的に食べようとは思わない。おまかせ握りに入っていたら食べるくらいか。桶に入った寿司だとだいたい他の誰かが食べるというイメージがある。ウニは嫌いではないという程度で、自分からは注文しないが余ったらいただくというパターンが多い。
サーモンも、世間で人気の理由がよくわからない。回転寿司では一皿くらい頼んでみることもあるのだが、桶だとだいたい誰かの手によって真っ先になくなり、自分が食べることは滅多にない。しかし世間と好みがズレているということは、好きなイカなどを食べられる機会が多くて得をできるということでもある。また全体的に安いネタが好みということもあり、比較的良好なコストパフォーマンスで楽しめている。
食べたがり語りたがり 矢木羽研(やきうけん) @yakiuken
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