エピローグ


 家に帰ると、お母さんが夕飯を作ってくれていた。

「あ……お母さん、遅くなってごめんね。夕飯、私がやるからいいよ」

「いいのよ。私が何年ママをやってきたと思ってるの? 主婦はこのくらい、片手でも余裕なんだから」

 茶目っ気たっぷりにお母さんが言った。その笑顔に、私はふっと肩の力を抜いた。

 お母さんは膝にボウルを置き、卵を左手で割ると、器用に溶いていく。

「――ねぇ、お母さん」

 その姿を眺めながら、私はそっと声をかける。

 想いが込み上げ、潤んだ声で私はお母さんに宣言する。

「お母さん、私……京都には行かない。大学に行くよ」

 はっきりと告げると、お母さんは一瞬目を瞠った。その目が細められ、口角が上がる。

「そう」

「……私ね、京都に行きたいのは、お母さんのためなんかじゃなかった。実際はぜんぶ自分のため。私が……お母さんと離れたくなかっただけだったんだ。でも、それじゃダメだよね。私、ちゃんと自分の道を見つけたよ」

 それに、大好きな人も見つけた。だからもう、ひとりでも大丈夫。

「だから安心してね、お母さん」

 そう言って笑うと、お母さんは嬉しそうに微笑み、

「大きくなったね」

 と言って、泣いた。

 つられて涙を流しながら、私はしばらくお母さんと抱き合っていた。



 ***



 明日はどんなことがあるのだろう。

 どんな人と出会うだろう。

 考えたって、分からない。

 これから歩く道が明るいか暗いかなんて、生きてみなければ分からないのだ。

 だけど、どんなに辛いときでも、顔を上げればいつだって果てのない空が広がっている。太陽は必ず私をあたためてくれる。


 大切なのは、自分を生きることだ。


 私はもうすぐ、高校を卒業する。春になったら都内の美術大学に入って、絵の勉強をする。

 その先は、今はまだ分からない。

 ただ、お母さんのそばにいるべきなのは、今はまだ私ではない。それなら私は、お母さんを大切な人に託して、これまでお母さんが守ってきてくれた私自身を精一杯生きよう。

 新たに出会った大切な人に寄り添い、支え合いながら。

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離した手のひらは空に透かして。 朱宮あめ @Ran-U

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